3/7 『すばらしき世界』を観た

面白かった。すばらしく。
もう終始、役所広司にひたすら魅入る2時間強だったと言っても過言ではない。主人公である三上正夫の造形は、一本気が過ぎるが根は悪い人ではなく、しかし根だけよくてもどうにもならんくらい悪い道を歩んでしまっててちょっともうどうにもならん、て感じで、そういうタイプねぇ~悪い人ではないってのはわかるけど僕はパスです、みたいに普段は思うものなんだけど、ちょっとこれに関しては、すっかり三上正夫という人間にいとおしみを覚えてしまった。もちろん実際こんな人が側にいたら絶対近づこうなんて思わないけれど。前途多難な新しい人生に右往左往し、ままならなさを抱えながらも、辛うじてできた人とのつながりを頼りに母親の痕跡を辿って、結局答えは得られなかったけど、母への思いに落としどころを設けられた瞬間。その涙ときたら。堪らなかった。

最期には、実にあっけなく、報われない結末を迎えてしまった三上。あまりにも切ない。はたして彼は幸せだったのか……どう頑張ってもそんなわけはない。せめて、幸せになろうとする道の上にいた、と言うぐらいが精一杯だろう。それぐらいなら言えるはずだ。何故ならば、彼が死ぬその前のシーン、元妻からの電話のシーンがあったから。あの電話が本当にあったことなのかは、はっきりしない。個人的には、彼が勝手に思い描いた夢か幻想の類だったのではと思える。あまりにも都合が良すぎるし、どうやって電話番号知ったのか不明だしな。介護施設でのいじめの現場を見過ごし、自分と自分の将来に都合の悪い現実から目を背けることができるようになった(すぐ頭に血が上って暴力的な行動に出てしまうより、そうする自分を思い描いて「それはまずい」と想像し判断できるようになったことは確かな成長である筈だ)三上にとって、そうした幻想を夢見ることは不可能ではなかったろうと思うからだ。ただそれでも、そうして見た夢が、「いつか何かでかいことやって人生一発逆転したる」みたいな何ら具体性のない荒唐無稽な夢ではなく、「別れた妻とその娘とともに、落ち着いていろいろ話がしたい」という、たとえありえないことだとしてもそれでも幾分か地に足のついた夢であったことは、彼がかたちのある幸せを追いかけている、追いかけられるようになったことの証左ではないかと思う。
それがしかし満足に果たされることもなく途絶えてしまった様を見て、どうか少しでも彼の思いに応えられないだろうか、と無性に思ってしまった。別に彼は俺や誰かに何かを託したりはしていないのだけど、一心に自分の幸福を追い求めていただけだったのだけど、それでも何か。俺だってまあ、彼ほど極端でないにしろ、周りに馴染めねえなあとか思うことがままあり、そうすると、俺よりよっぽど極端であった彼があんなに頑張って幸福を追い求めていたのだから、俺だってもう少しは、と思うのだった。

その他にも、うまく言葉として形にはならないが、とても印象に残るシーンが目白押しだった。
ヤクザ映画ということでこの前観た『ヤクザと家族 The Family』と必然較べ観るところがあって、『ヤクザと家族』はタイトルの通りヤクザと家族の話だったけど、本作において三上はその家族とも断絶されている。ヤクザでさえ家族になれなかった、というべきか。しかし代わりに、家族ではない、友達ができる話であった。友達、すなわり社会とのつながりだ。
元妻の娘と鉢合わせるシーンで、娘の年齢を聞いて指折り数え、自分が塀の中にいたときにできた子だから自分の娘ではないな、とわかって神妙な笑みを浮かべるところは、神妙というしかないえも言われなさだった。
最期、持病によって死を迎えてしまったわけだけれど、発作はそれまでにも度々あったのになぜあの時の発作がそのまま死につながってしまったのかを考えると、それはやはりあのいじめの光景を見逃してしまったからじゃないかと思う。そしてその後に、そのいじめられていた同僚から花をもらうという、親切を受けてしまったから。あそこできっと、三上は初めて罪の意識を覚えてしまったんじゃないか。今まで一度も心に沸くことのなかった罪という思いを。それがいつもよりひとしおの血圧の上昇を招いて、薬で抑えられるラインを越えてしまったと……だとすればあまりにも救いがないけれど。
ラストのラスト、「すばらしき世界」というタイトルが空に出て終わるのは、果たしてどういう意味なのか。結末だけ観ると、何が素晴らしいんだコノヤロウこれからじゃねえか、って感じなんだけど。でも、「堅気の世界は我慢の連続だけど、空が広い」と言われてたように、いろいろと辛いことはあっても、いまが幸せには程遠くても、空が広くて、そのどこかに、手に入れられるかもわからない自分の幸せがあるかもしれないと考えられることは、すばらしいと言ってもいいのかもしれない。「すばらしい」は何かの結論だったり収支報告ではないのかも。

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