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ニュース解説|ROIC<WACCだとなぜ価値破壊が起きるのか ~EVAとDCFが一致する証明

ダイアモンドの記事の解説です。高校レベルの数学を使います。

予備知識の整理

さて、この記事は多くの前提知識を必要としていますが、その中でも、初学者の方に特にわかりづらいのは、下記の点ではないかと思います。

なぜ、ROIC<WACCだと価値破壊につながるのか?

私が、エコノミック・プロフィットという概念を初めて知ったのは、大学2年生のときでしたが、少なくとも当時の私はよく理解していませんでした。

いまは少しわかるようになったので、解説します。

一連の解説の目的は、下記のとおりです。

・EVAの定義と計算方法を理解する
・EVAとDCFが、数学的に同じものであることを理解する
・ROIC>WACCと企業価値>投下資本が、同じであることを理解する

ROIC<WACCだと、なぜ価値破壊になるのか

背景にあるのは、DCF法という理論です。

DCF法については、過去にもたびたび扱ってきているので、ざっくりとは理解されているという前提で書きます。

ROICとWACCの関係が、なぜDCF法から導き出せるのかを、4つのステップで解説します。

ステップ1 用語の定義の確認
ステップ2 EVAと価値破壊
ステップ3 中間まとめ
ステップ4 EVAとDCFの比較

定義1|NOPATとは

NOPATは、Net Operating Profit After Taxの頭文字をとったものです。日本語では税引後営業利益と訳されます。

NOPATは、下記の式で計算できます。

NOPAT = 営業利益 ×(1-税率) (数式1.0)

NOPLATという表記もありますが、基本的には同じ意味です。

コンサル業ではNOPLAT表記、金融業ではNOPAT表記が一般的なように思います。

私は金融業の人間なので、以下はNOPAT表記で統一します。

定義2|投下資本とROICとは

投下資本とは、事業のために準備されたお金のことです。

数式としては、下のように定義されます。

投下資本 = 自己資本 + 有利子負債 (数式2.0)

投下資本の英語表記は、Invested Capitalなので、以下はICと書きます。

ROICは、Return on Invested Capitalの頭文字です。NOPATとICの比率で定義されます。

ROIC = NOPAT ÷ IC (数式2.1)

ROEのようなものですね。

定義3|エコノミック・プロフィットとは

エコノミック・プロフィットは、企業が将来に生み出す付加価値のことです。

経済的付加価値またはEconomic Value Added("EVA")という表記のほうが一般的だと思います。表記のゆれがいろいろ出てきているので、文末にまとめますね。

EVAは、アメリカのコンサル会社の登録商標なので、あえてエコノミック・プロフィットという表記にしたのだと思います。

EVAは、下の数式で定義されます。

EVA = NOPAT - IC × 資本コスト (数式3.0)

EVAは付加価値なので、企業価値を計算するときは、現在の価値に足して算出します。

EVA方式の企業価値評価
企業価値 = IC + 将来のEVAの合計 (数式3.1)

将来のEVAの合計とは、1年後、2年後、、、のEVAのことです。

企業価値
= IC + 1年後のEVAの現在価値 + 2年後のEVAの現在価値
+ ・・・ (数式3.2)

定義4|資本コスト

厳密な話をすると、すごく難しくなってしまうので、ここでは、資本コスト=WACCと考えます。

数式3.0は、次のように修正できます。

資本コスト = WACC (数式4.0)
EVA = NOPAT - IC × WACC (数式4.1)

WACCは、DCF法で使われる割引率と同じです。

価値破壊1|ROICとWACCの関係性

今までの定義式を整理していきましょう。

ROIC = NOPAT ÷ IC (数式2.1)
EVA = NOPAT - IC × WACC (数式4.1)

この2つの数式を整理していきます。

まず、数式2.1を変形して、NOPATをROICと投下資本で表します。

NOPAT = IC × ROIC (数式5.0)

この式を、数式4.1に代入すると、EVAとROICの関係が導けます。

EVA = IC × ROIC - IC × WACC (数式5.1)
EVA = IC ×(ROIC - WACC) (数式5.2)

数式5.2は、あくまでNOPATとEVAの定義を整理したものです。

EVAが正になるかどうかが、ROICとWACCの大小関係によって決まるということが分かります。

なお、これを初見で理解するのはすごく難しいと思いますので、自分で数式の展開や変形をやってみてください。

なんとなくわかるようになると思います。

価値破壊2|企業価値とROIC

さて、EVAを使った企業価値評価は、数式3.2で確認しました。

企業価値
= IC + 1年後のEVAの現在価値 + 2年後のEVAの現在価値
+ ・・・ (数式3.2)

DCF法の価値計算に似ていますね。現在価値に割り引くときは、WACCを使います。

毎年のEVAが一定だと仮定すると、、、

企業価値 = IC + EVA ÷ WACC (数式6.0)

さて、EVAが正の値になるかどうかは、ROIC>WACCかどうかで決まりました。

今までの議論を整理すると、下記のようになります。

ROIC>WACCのとき
EVAがプラスとなるため、企業価値は、投下資本より大きくなる

ROIC<WACCのとき
EVAがマイナスとなるため、企業価値は、投下資本より小さくなる

これが、ROIC<WACCのときに、価値破壊が起きるという根拠です。

中間まとめ

少し複雑になってきたので、今での流れを整理しましょう。

ステップ1
EVAは、IC ×(ROIC - WACC)と定義される
ステップ2
企業価値を、IC+将来のEVA と定義する
ステップ3
このとき、企業価値が投下資本より大きくなるかどうかは、ROICとWACCの大小関係に依存する

ここまでの内容は、学生時代の私でも、知識としては持っていました。

しかし、どうも腑に落ちず、漠然とした疑問が起こるはずです。

―― そもそも、EVAの定義は妥当なのか?
―― ROIC>WACCと言いたいがために、こう定義したのでは?

後半は、この点について解説します。

DCFとの比較1|DCF法の概要

DCF法は、アンレバード・フリー・キャッシュフロー("UFCF")を、WACCで割り引いて企業価値を求める手法でした。

将来のキャッシュフローの価値こそが企業価値であるという、金融理論に忠実な手法です。現実的な手法の範囲では、最も純粋理論に近いといってもよいでしょう。

UFCFが将来にわたって一定だと仮定すると、DCF法による企業価値は、次のように整理できます。

企業価値 = UFCF ÷ WACC (数式7.0)

DCFとの比較2|NOPATとUFCFの関係

さて、EVA法では企業価値をNOPATで計算しており、DCF法ではUFCFで計算しています。両者の関係を見ていきましょう。

いま、営業利益が1,000億円で一定だと仮定しましょう。

日本の法人税率は、だいたい30%ですから、数式1.0にに当てはめると、NOPATは700億円になります。

このような、売上や利益が成長しない(または安定的に成長・衰退している状態)を定常状態といいます。

定常状態では、特別損益は発生しないと仮定するのが妥当です。また、定常状態では、減価償却費と設備投資費は一致し、運転資本も一定になると考えるのが妥当だといえます。

以上をまとめると、NOPATとUFCFが一致します。

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DCFとの比較3|DCFとEVAは一致する

企業価値についての数式を再掲します。

EVAによる企業価値 = IC + EVA ÷ WACC (数式6.0)
DCFによる企業価値 = UFCF ÷ WACC (数式7.0)

これをもう少し整理しましょう。数式6.0を整理していきます。

まず、EVAの定義を代入すると、投下資本が出てくるので、投下資本でくくることができます。

EVAによる企業価値
= IC + EVA ÷ WACC
= IC + IC ×(ROIC - WACC)÷ WACC
= IC + IC ×(ROIC ÷ WACC - 1)
= IC ×(1+ ROIC ÷ WACC - 1)
= IC × ROIC ÷ WACC

だいぶんスッキリしました。投下資本は、NOPATとROICで表現できるので、

EVAによる企業価値
= IC × ROIC ÷ WACC
= NOPAT ÷ ROIC × ROIC ÷ WACC
= NOPAT ÷ WACC

式をすごくいろいろと変形していくと、EVAによる企業価値評価は、NOPAT÷WACCに行きつきます。

定常状態では、NOPATとUFCFが一致することを踏まえると、実はDCFの公式とまったく同じになります。

EVAによる企業価値 = NOPAT ÷ WACC
DCFによる企業価値 = UFCF ÷ WACC
NOPAT = UFCF (ただし、定常状態に限る)
EVAによる企業価値 = DCFによる企業価値

全体解説1|議論のまとめ

さて、今までの議論をまとめます。

ステップ1
EVAは、IC ×(ROIC - WACC)と定義される
ステップ2
EVAによる企業価値は、企業価値 = IC + EVA ÷ WACC となる
(将来のEVAが一定のとき)
ステップ3
ステップ2の式を変形していくと、企業価値 = NOPAT ÷ WACCになる
ステップ4
定常状態のとき、NOPAT = UFCFとなるから、
EVA(NOPAT ÷ WACC)と、DCF(UFCF ÷ WACC)は一致する

全体解説2|EVAは何を示しているのか

DCF法は、純粋理論に沿った企業価値評価の方法ですが、価値が上がっているのか下がっているのかはよく分かりません。

今いくらの価値があるのか?しか判断できないのです。

EVAは、数式的にはDCF法と同じである一方で、企業価値を、現在の投下資本と比較することができます。

言い換えると、現在の投下資本と比べて、価値が増えるのかどうかを明らかにしながら、企業価値を算定する手法がEVA法なのです。

価値が増えるかどうかの基準が、ROIC>WACCという不等式なのです。

たまたま式変形をすると、DCFとEVAが一致するのではありません。

企業価値の増減を、WACCとROICという指標に集約しようとして、DCF法の数式を整理していくことで、EVAにたどり着くわけです。

全体解説3|記事の解説

最後に、当初の目的に戻ります。

冒頭に掲げた記事では、日本企業では、ROIC>WACCとなっている企業が約3分の2あり、これは5年前と比べて大きく増えているということです。

この記事の主題は、ROIC>WACCである「価値創造企業」が増えており、日本の企業の業績が改善されているという話です。

そして、ROIC<WACCである「価値破壊企業」は、売上その他の改善の前に、価値創造企業に転換しなければならないという話です。

総括

少し難しい議論ではありましたが、以上が、ROIC>WACCでなければ企業価値を創造できないというお話でした。

1回読んで理解するのは難しいと思いますので、手元で数式を書いてみたりしながら、2~3回、読んでみていただけるとうれしいです。

このように、ちょっとした経済ニュースを理解し、世の中に明るくなるためにも、企業金融は非常にすぐれたツールです。

一方で、とても論点が多く、勉強するのには長い年月がかかる分野です。

私もかれこれ5年以上勉強していますが、まだ終わりは見えません。

興味を持っていただけた方は、一緒に勉強していきましょう。

おまけ|表記のゆれなど

初心者のうちで一番つまずくのって、表記の揺れなんですよね、、、

エコノミック・プロフィット
EVAという表記が最も一般的だと思います。Economic Value Addedの頭文字です。これを和訳して、経済的付加価値と書いているケースもあります。

投下資本
投下資本という表現がもっとも一般的だと思います。記事中では投下資産と書いてありますが、ほとんど見かけません。

NOPAT
金融業ではNOPATが一般的です。NOPLATのほうが正確だとかそういう理由で、アカデミックな分野ではNOPLATが使われているようです。NOPLATは、Net Operating Profit Less Adjusted Taxesの頭文字です。

資本コスト
WACCは、資本コストの一種に過ぎないのですが、現代では資本コストといえばWACCです。WACCは、Weighted Average Cost of Capitalの頭文字で、日本語では加重平均資本コストと書かれることもあります。まあ、WACC表記で必ず通じます。

ROIC
基本的には、NOPAT÷投下資本で計算されます。ときどき、純利益で計算されていることもありますね。投下資本には負債も含まれているので、利払い前の利益(NOPAT)を使うほうが、理論上は正しいはずです。

UFCF
Unlevered Free Cash Flowの頭文字です。ときどき、DCFの説明で、単にFCFって書いている人がいますが、あれは間違いです。UFCFである必要があります。
ただし、専門家でも、省略して「キャッシュフロー」と呼ぶこともあるので、省略なのか間違いなのかは文脈次第です。

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