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ぼくはベロバーの話がしたいんだ!

子どもと関わる仕事をしている。

ある日、設定された目標に向かって粘土制作をする時間があった。

その日は「魚」がお題で、子どもたちはそれぞれ海の生物の図鑑やインターネットを使って、作りたい魚を決める。

私がたまたま近くにいたその子ー仮にCくんとするーは、魚のページを通り越して色鮮やかな珊瑚を眺めていた。

しばらくして、Cくんは私に向かって「これにする」とひらひらとした黄色い珊瑚を指さした。

Cくんは手先があまり器用ではない。単純な形を作るのでさえ、いつもフチがふにゃふにゃと曲がってしまう。

もっと単純に作れる形の珊瑚や魚を図鑑の中から紹介するという手もあったのかもしれないが、ここはCくんの選択を尊重すべきだと思った。

「わかった。そしたら、この珊瑚のひらひらはどうやって粘土で表現したらいいかな」と問いかける。

Cくんは鉛筆持ちかどうかも定かではない右手の竹串で、粘土にぐるぐると黒電話の受話器から伸びるコードのような線を刻んでいく。

それがそのまま珊瑚のフチの形になるのだとしたら、大きさも幅もまちまちで、珊瑚というよりブロッコリーみたいだった。

「もっと大きく描いてもいいよ」と誘導しようとするが、Cくんの動きに変化はない。

Cくんはそもそも、粘土制作に全く興味がないという様子である。

竹串を持つ手に力はこもっていないし、全体への説明があるときにも粘土をいじって水をつけたりして注意を受けている。

一応、指示通りに魚の図鑑から好きな造形を探して言われた通りに制作を始めるが、ぐるぐると線を描きながらも「ぼくはね、〇〇先生が1だよ。1番好きってこと。△△先生は何番だと思う?△△先生は7だよ。7番目に好き」と全く関係ないおしゃべりが止まらない。

そのうち、粘土に竹串をぷすぷすとさしながら「ベロバーベロバーベロベロバー」と歌い出してしまった。

それまで「うんうん」と話を聞きながら見守っていたのだが、このままでは制作物が取り返しのつかないところまでぐちゃぐちゃになってしまうと思った。

まずは注意を呼びかける。

「ぷすぷすしたら穴開いちゃう。穴が開かないように優しく竹串を持って絵を描いてあげて」

しかし「ベロバーベロバー」は止まなかった。

「Cくん、先生はCくんと粘土のお話がしたいんだけど」

せっかく粘土制作の場にいるなら、不器用でもCくんの作品を仕上げて欲しい。

Cくんは竹串を粘土に突き刺す手を止め、私の方を向いた。

「ぼくはベロバーの話がしたいんだ!」

そう言って舌先をチロっと出すと、また粘土に向き直り、竹串でササッと線を描いて「できた」と言った。

ベロバーの話がしたいのか。だったら先生とCくんは方向性が全然違うね。

私は返す言葉が見つからず、マスクの中で「そうか・・・」と言って粘土に水をつけるCくんを眺めることしかできなかった。

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