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新宿方丈記・8「映画館」

父に連れられて、3歳から映画館に通っている。今よりもっともっと、娯楽としての映画のポジションが確立されていた時代だ。というより、今ほど娯楽が多くなかったし、選択肢が少なかった。休日に家族で出かける場所といえば、デパートか遊園地か映画、くらいしかなかったのだ(少なくとも私が暮らしていた地方都市には)。それにしても3歳児には少々早すぎると思われるのだが、よく映画に連れて行ってもらった。始めて観た映画は「バンビ」で、そのあとも随分ディズニー映画は観た。当時のディズニーは併映で必ず実写の短編がくっついていて、タイトルも何も覚えてはいないが、これはこれでまた楽しかった。そのうち今度は全盛期のサンリオ映画やら何やら、いい映画が次から次に出て来たおかげで、映画好きな3歳はそのまま大きくなり、挙げ句の果てにとうとう自分で映画を作り始めてしまったのだ。三つ子の魂百まで。

大学生の頃はとにかく、1本でも多く映画を見ることに邁進していた。平日の昼間の名画座なんてガラガラで、午後から授業がない日にパンとコーヒーを買い込んで、夜まで3本立てを観たりした。しかも学割で850円とか1000円で観ていたのだから、幸せなことこの上ない。東京の日比谷シャンテや岩波ホールでかかるような映画ばかり上映するところが町の外れにあって、ここは本当によく通った。あそこで観た映画は、今でも大好きな一本として数えられるものばかりだ。地方都市で、あんな地味な名作ばかりをスクリーンで観る事ができて、私はラッキーだったと思う。ただ、私が東京に出てきた頃に静かになくなってしまった。涙が出た。

さっき調べてみたら、私の通った映画館、というより子供の頃からあった映画館がほとんど、閉館していた。初めてバンビを見た映画館、父が若い頃から通った映画館、友達とアニメを見に行った映画館、デートで行った映画館、飽きもせず3本立てを観ていた映画館…。みんなみんな消えてしまった。今はもう、シネコンばかりが並んでいる。シネコンだって嫌いじゃないよ。椅子はフカフカだし綺麗だし。だけど優等生みたいで窮屈だなって、少し思う。昔の映画館は入れ替え制じゃなくていつでも出入りできて、食べ物持ち込んでも怒られなくて、上映の合間にポップコーンとかアイスクリーム売りにきたりして、トイレは薄暗くて一人で行っちゃいけませんとか親に言われてて、椅子はお世辞にも座り心地いいとは言えなくて。何と言っても大人の場所だったし、子供はそこにお邪魔させてもらってた。お客さんの映画に対する思いが今よりもっと純粋だったし、素直に楽しみに来ていた。映画館ってそういう場所だった。たまに昼間からいびきかいて寝ているおじさんや、何してるのかわからない怪しげな人もいたけど、それも含めて大人の場所だった。この感覚って、若い子には伝わらないんだろうなあ、もう。

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