階段日差し

新宿方丈記・3 「エアポケット」

私の住んでいるのは昭和産まれのマンションだけれど、比較的広い道路に面していてそんなに古めかしい感じもなく、それなりに今の景色に馴染んでいる。もちろん近くで凝視したら、古い。廊下の階数プレートはずいぶんクラシックな書体だし、照明器具は筆記体で「Toshiba」だし。結構な年代物に相違ないが、でもそこが気に入っているのだけど。

ある日、目的なき散歩で、賑やかな方とは逆方向に歩いてみた。今はいわゆるシャッター商店街の、典型みたいな道。かつては賑わっていたであろう痕跡を追って歩く。元食堂や元酒屋のビニールテントの庇屋根。保険代理店の細長い看板。昭和の、それも私が子供の頃にすでに存在したような、懐かしい建物が次々に現れる。ツヤツヤした青い瓦の屋根と窓用クーラー。お勝手口の木の扉。磨りガラス越しに紺色の暖簾が見える。二階の西向きの窓には陽に焼けたカーテンが下がっている。ひっそりと。雨に打たれ陽に晒され、すっかり色を失くした戸袋から一枚ずつ雨戸を引き出し、ゆっくりと滑らせるおじいさん。夕方になると手ぬぐいを入れたカゴを手に、風呂屋に向かう人たちも多い。内風呂のない家がまだ残っているのだ。だから風呂屋も点在する。一歩裏道に入っただけで、時間の流れる速度が明らかに違う。取り残されたというよりは、周りがせかせかしすぎてるんじゃないの。そんな景色が普通にある。

そしてさほど遠くない場所にそびえ立つタワーマンション。その向こうには副都心のビル群。夜になるとキラキラ綺麗な、見上げる夜景たち。歩いて行ける距離に、どちらも存在する。新宿にはどうも不思議なエアポケットが、まだ幾つもあるような気がする。


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