冬の匂いが連れてくる古い思い出たち。

季節や天気、時間帯の「匂い」が何とも言えず大好きだ。
太陽が香るような夏の匂い、濡れた地面から漂う雨の匂い、しんと静まり返った夜の匂い…。
朝、家を出たときに感じる匂いで、やってきた季節を感じ、その日の天気を実感し、朝を再確認する。
(※マスク生活中の今は、外を歩くときに少しずらして深呼吸している。)
中でもわたしが好きなのは、冬の匂いだ。

冬は他の季節と比べて、一層匂いの種類が多いような気がする。
匂いと思い出は密接に関わり合うものだが、冬は鼻先のかおりでタイムスリップした気分になることが多い。

例えば、雪道を走る自動車の排気ガスの匂い。
冬でなければ思わず顔をしかめるであろう排気ガス臭も、キンと冷えた空気に漂うとさまざまな思い出と結びつく。
家族で毎年行っていた雪まつりは、その代表的なものだ。
ソリに乗せられ引っ張ってもらっていた大きな雪の滑り台がある会場も、あらゆる雪像が並ぶ全国的に有名な会場も、冷え切った空気と雪景色の中に排気ガスの匂いが漂っていた。
いい匂いではないけれど、いい思い出とともにあった匂いは、わたしの好きな匂いだ。

例えば、寒空に漂うタバコの匂い。
情報誌を作る人だった頃、同僚たちと話がしたくて喫煙所に同行しているうち、自分でも吸うようになった。
(本当に吸い込むとむせるため、煙をふくだけの浅いものだったから、辞めるのは簡単だった。今は全く吸わない。)
雪がしんしんと降る中仕事終わりに行った居酒屋、アポ前に同僚と休憩したコンビニ前の喫煙スペース、一番仕事が楽しくて仕方がなかった当時のことがいくつも思い浮かぶ。
寒空の下で吸ったタバコではないのに、冬+タバコで引き出される思い出は、戻りたくはないけれどかけがえのない時間だったと改めて思わせてくれるのだ。

例えば、冬の夜の街中に漂う料理の匂い。
鍋や揚げ物、焼き肉、さまざまな匂いがごちゃごちゃに混ざって、冷えた空気に溶け込んでいる。
夜の街で嗅ぐこの匂いは、忘年会の思い出を連れてくる。
そもそもお酒が飲めないから、忘年会はあまり好きではない。
そして夜や複数人での会食が苦手だから、できれば参加したくない。
けれどもそういうわけにもいかない。
折衷案的に、毎度一次会だけ参加している。
(上司に呼び止められようと、社長に残念がられようと、「わたしは帰りますよー!」と一次会で帰るキャラを確立させている。)
過去いろいろな会社で忘年会はあったけれど、この匂いで思い出すのは今の会社の忘年会。
このご時世で、去年一昨年と開催しなかったが、その前のものはよく覚えている。
大して楽しみにもせず、めちゃくちゃはしゃいだということもない。
けれど、あまりにギャップの大きい面々ばかりだからか、ささいなことまで記憶してしまっているのだ。
今年、もし再開したら、うんざりしつつも参加して二次会をパスした帰り道に「結構楽しかったな~」と思うのだろう。

例えば、雪が降ったあとの良く晴れた日の匂い。
厳密にいうと、無臭なのかもしれない。
ただ、新雪と太陽が織りなす何とも言えないすがすがしい匂いは冬の匂いの中でも特段好きだ。
この匂いで思い出される情景は、不思議なことに家の中で起こる日常のこと。
ただその家は、幼いころ住んでいたマンションで、平日の昼間に母が家事をこなしているという景色だ。
ベランダに面する大きな窓から斜めに光が入り、家の中はストーブのおかげであたたかい。
わたしは白いトレーナーに紺色のコーデュロイを使ったオーバースカート、分厚い白タイツという姿で遊んでいる。
ただのそれだけ。
しかも、本当にこんな日があったのか、まったく記憶にない。
けれども大変に幸せな思い出を含んだ匂いである。

例えば…

冬の匂いが呼び起こす思い出はまだまだある。
ここに書き記したもの以外は、中学生くらいまでのものが多い。
思い返せば、冬に外遊びしていたのは、だいたい中学生くらいまでだったように思うから、冬に屋外にいた時間と思い出の量は比例するのかもしれない。
果たして今後、冬の匂いにいくつの思い出が絡まってくれるだろうか。

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