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本と人と――帝京大学出版会顧問のコモンせんす(1)

◎ 大作家と財界総理が語りあう「本は読み返せ」
今回の本:城山三郎・平岩外四著『人生に二度読む本』(講談社・2005年2月第1刷発行)
 
「経済人で本をよく読む人といえば誰ですか」。そう聞いてきたのは経済小説の大家だった城山三郎である。
 1997年の師走。神奈川県茅ケ崎市の仕事場を訪れて取材をした後、近くのカフェに場所を変えての雑談の第一声だった。
 その問いに対し、新聞社の経済記者の経験から脳裏に浮かんだのが、元経済団体連合会(経団連)会長で元東京電力会長・社長の平岩外四である。
 温厚な人柄ながら言動の座標軸がぶれず、福島での原発事故前の東電における平岩の経営トップとしての存在感と、「財界総理」としての指導力・調整力は、記者から見ても際立っていた。
 「やっぱり…」という表情で城山はうなずいた。
 平岩は読書人として知られ、蔵書が少なくとも3万冊。名を成した経済人の割には質素な自宅の床が、本の重みで傾くほどだった。取材で招かれた東電の会長室では、執務机とは別の机に、横積みの本がうず高く積まれていた。
 読書家としての平岩のエピソードには、こんな話がある。1980年代、日米貿易摩擦が両国の最大懸案となっていたころ。米側の政治家、官僚、経営者らとの話の中で、ジェイムズ・ジョイスの大作『ユリシーズ』に及び、平岩が難解なその作品を原書で読んでいることがわかると、相手側は押し黙ってしまった、という。
 さて、城山がどのような経緯で平岩に働きかけたかは不明だが、二人の対談形式による『人生に二度読む本』が、月刊『小説現代』で2004年1月号から12月号に連載された。城山からの問いへの答えが形となったと思い、私は嬉しかった。対談はまとめて翌年、刊行された。
 採り上げた作品は、『こころ』(夏目漱石)『老人と海』(ヘミングウェイ)『人間失格』(太宰治)『変身』(カフカ)『山月記・李陵』(中島敦)『車輪の下』(ヘッセ)『野火』(大岡昇平)『ダブリン市民』(ジョイス)『ダロウェイ夫人』(ヴァージニア・ウルフ)、など12である。
 教科書でもおなじみの作品から難解なものまで、いつごろ出会い、いつ読み返したか。そのたびにどう感じたか。また、どう違ったか。
 「一度は読んでみようと思ってただ読んだだけの小説は心に残っていない。今読み直して初めて意味がわかってくる」(平岩)
 「いい本は別の世界に連れ込んでくれ体験できない世界を生きることができる。読書しない人は損していると思う」(城山)
 「読書の巨人」二人による各作品に対する向き合い方と背景解説に触れると、もう一度読んでみたい、という気持ちがふつふつと湧いてくる。
                          (敬称略)
                          (望月義人)


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