新型コロナウイルスのスパイクタンパク質はヒト細胞の核内に入る

新型コロナウイルスが出現してから3年近く経っても新しい&興味深い知見がまだ出てきている。
紹介する論文は査読前の段階のものであるが、
SARS-CoV-2のスパイクタンパク質を作る遺伝子とスパイクタンパク質は一緒に、感染した細胞の核の中に移行する、という報告である。
(査読前)Nuclear translocation of spike mRNA and protein is a novel pathogenic feature of SARS-CoV-2.
https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2022.09.27.509633v1

少し難しい話になるが、この論文に関するこれまでの知見は、
① SARS-CoV-2のスパイクタンパク質にはSARS-CoVには無い多塩基性開裂部位(furin切断部位)というアミノ酸配列を持っている(MERS-CoVや他のベータコロナウイルスは持っている)
※多塩基開裂部位は他のウイルス、例えばインフルエンザウイルス、も持っており、高病原性や高伝染性に関与すると言われている。SARS-CoV-2でもこの配列を欠損させると、ウイルスの複製能力が低下し、動物モデルでは病原性も低下することが報告されている。
② 多塩基性開裂部位があることでスパイクタンパク質は、ヒトが持つfurin酵素によって感染細胞から外に出る時点でこの部位が切断されて別の細胞に感染しやすくなっている。SARS-CoV-2の多塩基性開裂部位はこの反応が起こる場所としての機能しかないと考えられていた。
③ SARS-CoV-2ゲノムは複製時にきちんとパッケージングされるためにウイルス外殻を構成するヌクレオカプシドタンパク質と結合することは知られていたが、スパイクタンパク質が結合するかは知られていなかった。
様々なウイルスのタンパク質が核に移動することは知られているが、スパイクタンパク質のような糖鎖修飾を受けているタンパク質の核への移動はあまり知られていない。

で、この論文で新たに分かった知見は、
① SARS-CoV-2のスパイクタンパク質の多塩基性開裂部位の機能として、furin酵素によって切断されるだけでなく、核へ移動するために必要な機能も持ち合わせている。他のコロナウイルスのスパイクタンパク質は多塩基性開裂部位を持っていてもこの機能はない。
② スパイクタンパク質とスパイクタンパク質を作るmRNAは核に存在する。
③ スパイクタンパク質はスパイクタンパク質を作るmRNAと複合体を形成して核に移動する。
④ スパイクタンパク質を作るmRNAは核の外でもスパイクタンパク質と一緒に存在する。
⑤ スパイクタンパク質は細胞質で合成され、約75%は核以外の場所(細胞表面や細胞質など)に存在するが、15%程度は核に移動する。細胞質で複製されたスパイクタンパク質を作るmRNAの約1%が核に移動する。
⑥ SARS-CoVのスパイクタンパク質は核に移動しない。

したがって、SARS-CoV-2の多塩基性開裂部位はウイルスが複製された後はfurin酵素のよって切断される部位として機能し、細胞の中でウイルスが複製されている間は核に移動するための部位として機能する。

スパイクタンパク質が核に移動するという点は、他の病原性コロナウイルスには見られない新規の特徴であるが、論文で指摘されている未解明な点は、
① 作られたスパイクタンパク質の一部が核に移動するということは、細胞表面に存在するスパイクタンパク質の量が減ることになるが、これがヒトの免疫を回避することに貢献しているか。また、SARS-CoV-2の病態生理と関係しているか。さらに、ワクチンの効果を低下させることに影響していないか。
② スパイクタンパク質とスパイクタンパク質を作るmRNAは複合体を形成するが、お互いが直接結合しているか。

※ SARS-CoV-2の遺伝子がヒトのDNAに組み込まれるかどうか、という議論に貢献する知見ではない


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