持木永大
ただの生存確認
なんとなく空く。 占いを受ける。しかも、二回。 同じような事もあったけど、占いハマりそー とりあえず、来年の節分まで大きな事きめない。 そして、来年の夏までは闘争してったらいいらしい。 なんとなく、癇癪っていいなと思う。
友達と電話 楽しかったです。
一日空いた。 父入院 機材整理 友達とお茶 病院遅刻 そんな感じです。 バッジをシコシコ作る 余裕ができたら、売ってこう。
人のやな部分 は うしなってはじめてわかる
人を攻撃したくなるのを恐れすぎるきらいがある。 そのくせ、だれかがだれかを傷つけると安心するような嬉しいような気持ちになる。 それが正義なんて旗を持っていたらいっそう。 自分がキリストにでもなったつもりで大きく生きていたい。
あたまをいっこうちぬいたら あたまはきっと とびちるだろうと
SNS復活し、眠れぬことをいいことにぼーっとみてる。 友達の腕組みの写真をみて、あーそこにいたかもとおもう。 わかんないけど。 しばらくは、自分のスペースを。
美術の大事なところで「わからない」がある。 頭では「わからない」けど、身体で、何かしらの感覚でわかりあう。 デュシャンについて、ぼくがしってることなんてたかが知れてる。 デュシャンの名前も知らない人と一緒に生活をしている。 隣人もおそらく知らない。 わかちあうのって快感だけではない、痛い。 「わかちあえない」と「わからない」なにかしらのワードなのかな
SNSを少しずつ、復活をした。 ぼくが生きてきた世界は華やかだったような気がした。 くじけた人もそうでないひともふんばってる。 もっと泥臭く。 うー みなさんのやさしさがこわかったんだろうな。 福祉の当事者になって、わかったことを少しずつ消化していきたい。
生存確認 したいし、されたい。 去年の夏に診断をされた。検査をして。 軽度の発達障害と知的障害。 とても納得した。 つらかったねと言われたりした。 ありがとう。 去年の末から就労支援の施設に通所している。 診断を受けてから、初めて自分の話を聞いてもらった気がした。 施設で制度を教えてもらい、手続きをしています。 年金や医療費の手続き。 遅々と進んでる。 亀が走っても、うさぎには追いつけない。 うさぎがサボってくれるのを待ち遠しい。 課金してください。
わからぬのです。 今現在、朦朧としております。それは現実感の喪失であります。 朦朧と現実感を喪失してなかった時がない様にも思われます。 自分が何者か、社会のシステムなど何もわかりません。 わからぬままに芸術をやろうと思ってます。 ですが、私は無能です。無能と言いつつも何もできぬわけではありませんが、コンスタントな活動やリターンを社会やあなたにお約束することはできません。なのでそういうことにさせてください。 無能な私が芸術をやろうとすることで、同じような無能が芸術を
「生きにくい世の中ですねえ」と世間話のような思いが湧き、先週グネった足首が痛む。そんな感じです。