舞台「剣が君」について、オタクの私と運営の私がせめぎ合っている ※6/14追記

昨日、乙女ゲームが原作の舞台「剣が君」の実施と、座席数の調整によるチケット払い戻し・再抽選が発表されました。
2.5次元界隈に拘らず、舞台観劇を嗜んでいる方々にとっては、待ち遠しくもあり、不安にも感じるニュースだったことでしょう。
ただ、この実施に関しては賛否両論あります。
他の方の意見をまとめながら、「オタクとしての私」と「コンテンツホルダー(運営サイド)としての私」という二つの視点で考えを綴りたいと思います。

■公演概要

演目:舞台「剣が君 -残桜の舞-」
期間:2020年7月8日~7月12日 全9公演
会場:シアター1010(約700席)
価格:全席指定9,000円 当日券9,500円
   千秋楽のみ10,000円、当日券10,500円
リピーター特典(3回、6回、全通)あり
本編では、メインキャラクター6名(九十九丸、螢、黒羽実彰、縁、鷺原左京、鈴懸)の日替わりルートが2シーンあり、どのキャラクタールートの組み合わせになるかは、公演日ごとの前日に抽選により発表。
※公式サイト
http://www.39amipro.com/kengakimi/

■公演実施にあたり行われる措置

・入場時の検温、アルコール消毒
・スタッフのマスク着用、物販スペースでのビニールシート使用
・開場時間を早めて密を防ぎ、整列についても間隔を確保
・客席通路を使用した演出は行わない
・キャストへのお手紙、プレゼントは辞退
客席を半数以下に変更(1席ずつ間隔を空けるものと思われます)
・客席数変更に伴い、販売済のチケットを一度払い戻し、再度抽選販売を行う
・客席減のため、チケット価格を5,000円上乗せ
※詳細は下記公式pdfをご確認ください
http://www.39amipro.com/kengakimi/kengakimi_news_20200609-1.pdf

■そもそもの問題点

この公演が発表されたのは、コロナのニュースが連日報じられ、緊急事態宣言なるか?という【4月2日】でした。「3密を避けましょう」と叫ばれ始めていた頃合いです。
そんな中で、原作のRejetが運営する自社通販サイトにて、最速先行のチケット販売が行われました。
そして緊急事態宣言下の【4月30日】、キャストとチケット販売の詳細が発表されます。
チケットはリピーター特典があり、物語中にはメインキャラの日替わり演目も行われるとのこと。これは複数回観劇を目的としたよくある戦略です。
先行抽選販売の申込期間は5月6日まででした。緊急事態宣言の解除を見越しての期間設定だったのかもしれません。
しかし、緊急事態宣言は1ヶ月延長されることになります。
それでも滞りなく当落が発表され、多くのチケット保有者が生まれました。

ここまでの経緯をお読みいただくと分かると思うのですが、公演の発表やチケット販売が行われたのは、既に感染症への危機感を募らせていた時期であり、
ライブハウスでのクラスター発生や、宝塚歌劇団が一時公演を再開してバッシングを受けたことなども報道されておりました。
その中で、通常通りの公演ができると見越した販売戦略を設定し、公演の発表を行った点については理解しがたいものがあります。

■SKiT Dolce先行チケット問題

今回一番問題になっている対応はこちらかと思います。
キャスト発表前に行われたチケット販売が、前述しましたRejet自社通販サイト「SKiT Dolce(略称スキドル)」での先行抽選でした。
限定特典付きで1枚【12,000円】と通常価格より高めの設定となっていました。
今回の払い戻しに際し、このスキドルチケットは対象外です。
スキドルでのチケット申し込みはクレカ支払いのみ、チケットは郵送のため、単純に払い戻しと再抽選の措置に手間がかかりすぎることが理由だと思われます。
ただ、客席数減少に伴う価格の上乗せについて言及されておらず、
・特典付きチケット 12,000円
・再販売分チケット 14,000円
と、明らかな不平等が生まれてしまっています。
再抽選の実施によりチケットの確保が難しくなることが予想される中で、チケット確保済のうえに価格でも優位にある状況は、さすがにいただけないと感じております。

■オタクとしての私

原作ゲームが好きなので、舞台化はとても嬉しいです。キャストさんも魅力的な方ばかり。
観劇オタクの一人としても、早く舞台が上演できるようになることは大歓迎です。
客席を半分に減らしたら収入も半分になってしまう。収入が半分の中で何かを作ろうとしたら、当初予定していた演出や舞台美術ができなくなります。だから値上げするのも分かります。私は、お金出すので席をご用意してほしい派です。
でも前述の通り、そもそもの公演発表タイミングや販売戦略には首をひねってしまいますし、チケット価格に差が生まれてしまう状況にも納得いきません。
キャストファンの方はほぼ全員再抽選に回るでしょうから、より一層不満をお持ちかと思います。
また、今も「不要不急の外出自粛、特に都道府県をまたぐ移動は控える」ことが叫ばれる中、リピート観劇を誘発する戦略を維持し続けているのはどうなのでしょうか
物語中の日替わり演目もそうです。前日の抽選で決まるというシステムでは、お目当てのキャラや役者さんの回を見るために、何度も足を運ぶことになるかと思います。(もしかしたら抽選結果によってはチケットが転売され、感染経路が主催側で追えなくなるリスクもあるかと)

オタクとしての私が出した結論
「公演実施は賛成。でもチケット価格の不平等などで不安の残る実施方法なので、運営には一回考え直してほしい」

■運営サイドとしての私

私はとあるゲーム会社に勤めており、版権管理なども行っているので、その観点から見た本件について所感を書きます。
まず「よく実施に踏み切ったな」というのがあります。不安渦巻く中で実施するのは、必ず世間からのバッシングを受けます。仮に自分が今の状況下でイベントなどの実施を決めることになったら、実施の選択はできないと思います。
今のエンタメ業界は「いつかは再開しなければいけない。どうしたら感染リスクを抑えたうえで、キャスト・スタッフ・観客が満足いくエンターテインメントを作れるか」という大きな問題を抱えています。その問題を解決するために、厚生労働省などから出された指針を基に対策を考え、大きな一歩を踏み出した運営には敬意を表します

次に値上げ幅についてですが、私は妥当だと思います
普通チケット価格は、キャパ8割で利益が出るように計算して設定されることが多いです(もちろん各公演ごとに割合は異なります)。今回の客席数減と値上げによる収益をざっと予想すると
------------------------------------
【変更前】
価格:9,000円→手数料など除き実利6,000円程度と見込み
席数:700席の8割→560席
公演:9回
収入:3,024万円

【変更後】
価格:14,000円→手数料など除き実利9,500円程度と見込み
席数:350席(満席想定)
公演:9回
収入:2,992万円
------------------------------------
となります。
変更前の試算は、客入り8割での想定なので、満席になればそれだけ利益になります。一方変更後の試算は満席想定のため、これ以上の利益を上げるには物販しか方法が無いというのが実情です。
つまり、これ以上価格を下げての実施は難しいのです。
メインキャラのビジュアルが出ていることから、衣装やカメラなどで先行投資が既にされており、中止という決断はできなかったのだと思います。
延期についても、会場やキャストの確保に加え、見えない世の中の動きを考えると、難しい選択なのかもしれません。
利益を求めるのが企業のあり方ですので、これは仕方ないかと。

最後に、上にも書いた、不誠実とも思われかねない払い戻し対応や、複数回観劇を誘発する戦略については、運営サイドとしての私も疑問を持っています。

運営サイドとしての私が出した結論
「公演実施に敬意を表する。価格や感染症対策についても十分に検討された結果と考える。一部の対応は改善した方が良いのではないか」

■最後に

今回剣君が荒れているのは、主にスキドルチケットと多ステを誘発する販売戦略の件であって、公演の実施についてはそこまで否定的な意見は見受けられないように思います。(あくまで私が見た範囲の話です)
確かにいくつかの対応に疑問符はつきますが、少しずつ【元の日常】に近づくことは喜ばしいことではないでしょうか。

正直、運営サイドはお金が無いと何もできません。お客様のお気持ちはすごく嬉しいです。応援や感想のお手紙をよくいただきますが、何回も読み返して、本当に励みになっています。でも、利益が出なかったらコンテンツを続けられないんです。
オタクにできる一番のことは、できる範囲でお金を落とすこと。これは自分がオタクであり運営の立場でもあるから言えることです。(もちろん身の丈に合わない無理なことはやめてくださいね。さすがにそこまでして応援してもらうのは本意ではないです)
オタクも運営も、コロナ禍で大変ですがこれからも頑張りましょうね…!

■6/14追記

​この記事を公開してから様々な動きがあり、記事の内容から変更されたものもありますので、追記をいたします。

・日替わり演目の件

本編では、メインキャラクター6名(九十九丸、螢、黒羽実彰、縁、鷺原左京、鈴懸)の日替わりルートが2シーンあり、どのキャラクタールートの組み合わせになるかは、公演日ごとの前日に抽選により発表。
(本記事上部「■公演概要」より)

お問い合わせが多かったのか、日替わりの組み合わせに関して発表がありました。
なお、SNSを見ていると勘違いをされている方が多いのですが、本公演における「日替わりルート」は、乙女ゲームにおける【エンディングを誰と迎えるか】ではなく、途中の【夕餉の後どうやって過ごそう?】のような、合間の個別イベントに相当するものだと思われます。
ゲームではその個別イベントで好感度を上げ、最後に結ばれるキャラが決まりますが、本作はどうなるんでしょうね…
お稽古が大変なので、大筋やエンディングは変わらずにそのイベント部分だけの日替わりになると思いますが。

・SKiT Dolceチケットの件

今回の払い戻しに際し、このスキドルチケットは対象外です。
~中略~
客席数減少に伴う価格の上乗せについて言及されておらず、
・特典付きチケット 12,000円
・再販売分チケット 14,000円
と、明らかな不平等が生まれてしまっています。
(本記事上部「■SKiT Dolce先行チケット問題」より)

はあ~こんな裏が…!と驚きました。
スキドルチケットをお持ちの方からすると「Rejetさん太っ腹!」のような気持ちかと思います。いや、ほんとすごいですね。
ただ、一般で購入した方の中にもスキドルチケットが落選した原作ファンはもちろんいらっしゃるでしょうし、キャストさんファンは基本一般からの購入ですので、購入ルートや時期が少し異なっただけでこれだけ待遇が変わってしまうのは、批判が出てもおかしくないと思います。

また、SKiT Dolceチケットは、前列確保のものではないと思われます。
スキドルの販売ページには

「舞台 剣が君~残桜の舞~」のチケットに「SKiT Dolce限定」のスペシャルグッズがセットになった豪華プレミアムチケットセット
SKiT Dolce「舞台 剣が君」プレミアムチケットセット販売ページより)

としか書かれておらず、良席・前列である確証はありません。
こうしたグッズ付きチケットが前方席確約のものではない例は多々ありますので、本作も同じように考えることができます。

■一般チケット  7,900円
■非売品オリジナルグッズ付チケット  9,900円
※座席は一般チケットのお客様を含めた指定席です。前方席の確約ではございません。
非売品オリジナルグッズ特典:「悌太先生描き下ろしイラストトートバッグ」と「コメント付きキャストブロマイド」を セットにしてプレゼントします。
舞台「百花百狼 ~月下丸の章~」チケットページより)

舞台剣君のTwitterでは

総キャパの90%以上(1公演あたり約300席)が再抽選、前列・良席も用意があるとのことです。
仮に1公演あたり50席が確保済で、かつ前から埋めていった場合、1席空けで5~6列目まで埋まる計算になります。
(参考:シアター1010 劇場客席図
完全に余談ですが、私は1010なら中通路より後方のほうが舞台全体が見やすくて好きです。

・値上げの件
ここからは運営の気持ちもなんとなく分かる私個人の気持ちが大きいので、読まなくても大丈夫です。

一部ですが本件の値上げに際し「オタクから金を巻き上げることしか考えていないのか」といったご意見を目にしました。
申し訳ないですがその通りです。
運営側も経費削減の企業努力は行います。ですが、元々想定していた客数の半分で利益を出すには客単価を上げるしかありません
舞台制作には多くの人が関わっています。脚本、演出、キャスト、メイク、衣装、小道具大道具、音響効果、宣伝、制作進行……加えて原作ものでは、原作サイドに払う許諾料があり、監修の手間も発生します。
上で引用した岩崎さんのツイートにもある通り、「中止なら破綻」「関わる人たちの生活もかかっている」状況。業界を取り巻く環境は3月頃から厳しくなり、約3カ月が経過した今、いつ倒産するか分からないような企業もあると思います。
とっても余裕のある会社や石油王ではない限り「ファンの皆さんのために赤字部分は我々で補填しよう」という理想は難しいのです。

【変更前】
価格:9,000円→手数料など除き実利6,000円程度と見込み
席数:700席の8割→560席
公演:9回
収入:3,024万円
【変更後】
価格:14,000円→手数料など除き実利9,500円程度と見込み
席数:350席(満席想定)
公演:9回
収入:2,992万円
(記事内上部「■運営サイドとしての私」より)

記事内で値上げに際してのおおまかな試算を出しましたが、5,000円の上げ幅でも正直ギリギリ赤字を回避できるかどうかのラインです。
「14,000円に見合う舞台の内容なのか」
というご意見が出るのは尤もですし、不安もあると思います。

でも、もし少しでも、作品やキャストさん、関係者の方々を応援したい気持ちがあるなら、ぜひ観劇に行ってください。
地方にお住まいで東京への遠征が難しい方。DVDやグッズが通販された際はぜひ買ってください。
やはりこの状況では応援・賛同できないと思う方。仕方ありません。オタク活動は強制されてやるものではありません。お金も時間も自分のものです。自分が納得いく形で使ってください。
感染症の影響でご自身も大変な状況下にある方。お疲れ様です。まずは自分の生活を第一に考えてください。そして、余裕ができたら、またオタク活動に帰ってきてくださると嬉しいです。

一日でも早く、安心してオタク活動ができる日を祈って。

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