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「ひとり暮らしの犬って、いないのかなあ」

「ひとり暮らしの犬って、いないのかなあ」

すっかり日課となったお散歩の途中、恋人がこんなことを言いだした。
思わず吹き出す。

「ちょっと、どゆこと。それ、のら犬じゃないの?」

「いや、のらじゃなくて、ひとり暮らし」

「人間の家に住んでいるの?」

「うん、それで、ふらっと行ったらなで放題なの」

……なんてメルヘンなんだ。そんなにつかれてるのかな。
でも、なんだか絵本みたいで、素敵なかわいい世界だ。


きっとここは、静かな森の中。

『わあ、おいぬさん、今日も元気?あら、うさぎさん、こんにちは』

ひょっこり顔を覗かせてくれる動物たちに挨拶をして、小鳥と一緒に歌をうたって。小さな野花を摘んで、リースを編んで、ちょっと最近元気のないリスさんにプレゼントしてあげようーー


「ちがう!ちがうの!俺はそんな絵本とかそういうのじゃなくて、もっと殺伐とした動機なの!!」

なによもう、せっかく楽しい童話の世界に行ってたのに。

「俺は、犬と触れ合いたいの!でも飼い主さんが邪魔なの!!!」

そうでした、この人、知らない人と話すことが超苦手なのでした。
食券機ないお店に一人で入れないくらい、苦手。だから、犬と触れ合いたくても、飼い主さんと話すことが無理で、もどかしく思っていたそう。

「えー、でも、そんな”ひとり暮らし”してる犬なんていないよ」

「猫だったらいたもん!!」

そうでした、この人、中学校時代に猫たちに異常にモテていたのでした。
学校から帰ると、家の庭に猫がたくさん。毎日彼の帰りを待っては、彼を中心に輪を作り、猫会議。道を歩けば、のら猫がどこからともなくやってきてついてくる。

ある出来事をきっかけに猫に異常にモテるようになり、家族からは「猫と話せる」とまで思われていた彼。またある出来事をきっかけに、ぴたりとモテ期は終わり、普通の人に戻ってしまったのでした。

((この話、なんと実話です。何度も書こうとしているのだけれど、あまりに嘘みたいな話すぎて、本当に嘘みたいに見えちゃって、難しい))



「えー、でもあんたんとこに来てた猫たちは、のらだったんじゃないの?」

「飼われてる猫もいたよ」

どんだけ猫寄せ集めパワー持ってたの。体臭がマタタビだったのかな。

「とにかく、俺は犬と触れ合いたいの!!でも飼い主がいてできないの!!!だからひとり暮らしの犬がいいの!!!」

そんなことを言いながら、すれ違う散歩中のわんちゃんを目でずっと追いかける始末。

私の家の前まできた。私らのお散歩はおしまい。
ーーと思いきや、速度を落とした歩みを、またゆっくりと早めていく彼。手を引かれて歩かされる私。そのまま、家を通り過ぎた。

「まだ歩きたいの?」

「うん」

困ったお散歩好きのわんちゃんだこと。

「ねー、はなもひとり暮らしの犬欲しいでしょ!」

まだそれ言うのね。

うーん、いたらいいかもだけど。
でも隣にでっかい大型犬が一匹いるから、まあ別に、いらないかもな。


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