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不妊治療の日々と神様を捨てた日

まだ妊娠前の胚盤胞移植の日。  
何倍にも拡大表示されたモニター画面の中で最後の受精卵が管の中にふわふわ吸い込まれていくのを、なんだか楽しげな感じだなぁと思ってぼんやり見ていた。
胚盤胞はすでに孵化しかけていて雪だるまのような形になっていて、上下に揺れながら管に吸い込まれていくのがまるで風に揺られている気球みたいだった。
あの時は、今回ダメだったら次はまた採卵からだな、としか思ってなかった。通算8回目の移植。期待するのも疲れていたあの時、あの瞬間に吸い込まれていった胚盤胞が今現在お腹にいるお子なのか、と思うと不思議でなんだか感慨深い。 
いつか子に、これがあなただったのだよ!と言って胚盤胞の写真見せてあげる日が来るのかな。体外受精じゃなかったらそんなことできないからね。特権だよね。
不妊治療中はひたすら、ことあるごとに自分と対峙しなくてはならない孤独な戦いだった。  
まず、辛かったのは注射。採卵に向けてあらゆるところに注射を打ちまくったのだけど、もうこれが本当に涙が出るほど痛くてしんどくて。 
初めて二の腕に打った時には正直、インフルエンザワクチンの時のような一瞬のチクッとした痛みを想像していた為、まずその痛みの長さに驚いた。え、電気流しました?今?ってくらいのビリビリした感覚に数秒耐えなくてはならないことに衝撃を受けたことを覚えている。一日おきという頻度で打たなければいけないのも辛かった。その後、転院した病院では今度はお腹に注射を打ったのだが、打つ前に看護師さんに「劇薬でびりびりするし長いけどがんばってね」と言われるまま、服を捲り上げた状態で、体感で20秒くらいビリビリした痛みに涙を滲ませながら耐えた。あの注射が1番辛かった…。その時思っていたのは、「これを耐えれば赤ちゃんに会える!」という一心のみ。


あの痛みを誰かに伝えたくて、夫に「本当に顔がぎゅっと歪むくらい痛い。ひょっとこに鬼の形相足して2で割った感じの顔にならざるを得ない」と話したが、ピンと来ないようでただの笑い話にしかならなかった。
こんなの続けてたらいつか頭がおかしくなる。そんなことを思っていた日々の中、結果的に妊娠し、それが今の今まで継続できている。一方、結局妊娠できないまま治療を終えた可能性もあり得たわけで、その時に私は自分と真摯に向き合うことが出来たのだろうか、と今もたまに考えてしまう。 

流産した時は、会社の同僚が妊娠した時もSNSですでに子供がいる友達の投稿を見る時も、特になんとも思わなかったけど、やっぱり親しくしている友達からの妊娠報告はかなりしんどいだろうなと思っていた。その子がもし妊娠したらちゃんと「おめでとう」って言えるのか、と。すごく卑屈な考え方で自分が嫌になってしまうけど、でも自分にはどうしても自信がなかった。周りの仲の良い独身の子達も私が不妊治療をしていることを知っていたので、皆で会うとなった時に気を使わせてしまうだろうな、とも思った。そうなったら嫌だからやはり今後は疎遠になってしまうのかな…という考えもよぎり、そうなっても仕方ないな、と正直思っていた。

結果的に最後の移植は順調に進み、心拍確認できた後、直接報告したくて年明けに友達に連絡した。するとなんと、その友達も同じタイミングで妊娠しているというミラクルが起きていた!!



妊娠報告は会ってからしようと思っていたのだけど、その友達が先に「妊娠した」と報告してくれて、彼女は私が不妊治療してて流産も経験してるのを知っていて、それでも変な気遣いをせず教えてくれたことが何より嬉しかった。 この数年の間に私は神頼みするのをすっかりやめてしまった。特定の宗教に傾倒してはいないが事あるごとにお願いはしてきた。会社近くの神社にもよくお参りに行っていた。けど奇跡は起こらないし、神様はいないということを理解した。頼れるのは自分だけ。奇跡を起こせるのは自分の体(夫には不妊の原因はなかった為)だけ。そう思うようになった。夫は良き理解者で寄り添ってくれるけど、夫と私は別の肉体をもってそれぞれ生きていて、それは死ぬまでそうだと、生きることの本質が孤独であることを実感した日々だった。それは10代20代の頃にふとした瞬間に感じていた孤独とは全く別の性質のもので、真の孤独だった。
でも、この友達との同じ時期の妊娠はただの偶然とは言えないような気がして。自分が積み上げてきたものが急に形となって現れたような、うまく表現できないけどそんな不思議な気持ちになった。 

ちょうど2年前の今頃、赤ちゃんの心拍が止まっている、と病院で言われた時、実感が湧かなくてずっと平気な顔をしていたけれど、後日、自然排出がうまくいかなくて手術をすると決まった時、なぜかそのタイミングで家に帰ってきた途端、トイレの中でわんわん泣いた。今まで無理やり止めていたものが急に溢れ出てきたような感じだった。
在宅勤務の夫がすぐに気づいて駆けつけてくれて「もちこちゃんは悪くないよ」って言おうとしたのが「もちこちゃんは悪いよ」と言い間違えて思わず泣きながら笑ってしまって、その一言が視点をずらしてくれたことで一気に救われた。夫には本当に感謝している。 


あの時の気持ちはまだどこか心の奥底に残ってる気がするけど、あの日神様を捨てた私にもついに赤ちゃんが来てくれようとしている。誕生まであと少し。お腹は重いし恥骨は痛いし、胎動はお腹を突き破りそうなほど激しくなってきてるけど、どうかこのまま、無事に生まれてきて抱っこさせておくれ!

妊娠


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