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02.究極の二択

何だか大変なことになったと思いつつ、クリニックを後にした途端、わたしの動揺は高揚に変わった。完全なるバグである。いわゆる吊橋効果により、緊張や不安が未知へのわくわくと入れ替わってしまい、おめでたい感じになってしまった。
受け取った紹介状はかばんにしまわず、そのまま手に持って歩いた。なんだかすごいものを手にした気分だったのだ。「見て!紹介状もらっちゃった!」という、だいぶヤバイ状態である。
 
紹介状を握りしめ、おめでたい状態で歩くこと3分。会社に到着である。ぱっぱらぱーな状態のわたしが野放しになる時間が最短で済む、素晴らしい立地条件に感謝したい。
エレベーターを降り、靴を履き替え(土足厳禁なもので)、わざわざ総務部に立ち寄る。もちろん、T病院に行かなければならないことは話す必要があるのだが、まだ予約も取っていないのだから予定は未定である。しかし、誰かに話さなくては気が済まない。なぜならわたしは紹介状を与えられし者なのだ。
 
「Oさん、なんかね、紹介状もらっちゃったの!なんかね、大きい病院で検査しなきゃダメになったの!」
 
実に頭が悪そうな報告である。わたしは元来、社内で敬語が使えない病だが、拍車をかけてひどい。(自分を擁護すると、弊社は非常に小規模で、非常にアットホームなため、ついつい敬語を封印してしまう。決して褒められたことではないが…。ちなみに、オフィシャルでは実に正しい敬語を使いこなしている。自称。)
わたしの、ぱっぱらぱーな報告を受けたOさんは、ぱっぱらぱーに潜む「大変なことになった」の部分を理解してひとしきり心配してくれた。わたしは、心配してもらえたことと、紹介状をもらったというスペシャルな出来事を報告できたことで、ほくほくとうれしい気持ちになった。
 
会社に着いて早々、まずは業務そっちのけでT病院に予約の電話をかけるも、予約が取れたのは、翌日の午後だった。今日、この足で行く気満々だったため、少々肩透かしを食らうが仕方がない。この辺りでだいぶハイ状態が落ち着いてきたこともあり、上司に経緯を説明し、大人しく業務にあたった。
 
◇ ◇ ◇
 
翌日の午後、会社からT病院へ向かった。13時過ぎの予約だったが、さくっと終わるだろうと昼食をとらずに出向く。全部終わってからゆっくり食べよう~。そう思っていた。
方向音痴を炸裂させつつなんとか到着したT病院は、大きくて新しくてとてもきれいな病院だった。大きな窓から自然光がたっぷりと入る外来ロビーは病院らしさがなく、まるでオフィスフロアのよう。わたしはこの日が初診のため受付で手続きをたが、一度かかって診察カードをもらっていれば、入口の機械で自動受付ができる。
 
受付を済ませ、K先生の診察室へエレベーターで向かった。外から見て大きな病院だと思ったが中も広い。着いた先は、窓から離れた分やや暗い印象だったが、回廊のような雰囲気もある。というと褒めすぎな気もするが、実際アートが飾られている場所も多く、病院特有の無機質さは少なく感じた。
てっきり口腔外科か何かだと思っていたのだが、舌は頭頚部外科らしい。
トウケイブゲカ。
生まれて初めて聞く単語である。頭でも首でもないのに?と思いながら診察室の前で待っていると、ややしばらくして番号(外来は名前ではなく受付番号で管理される。銀行スタイルだ)が呼ばれた。恐る恐る診察室を覗くと、理系を絵に描いたような先生が座っている。医者でなければ研究者か、はたまたエンジニアか…それがK先生の第一印象だった。促されるままに診察用の椅子に座り、K先生に口内炎の説明をした。急かすことも、遮ることもなく最後まで聞いてから、口の中を覗いた。
 
「あぁーここですね。ふんふん。ちょっと押しますよ」
 
などとしばらく舌と口の中を診たあと、鼻からカメラを入れてのども診た。内視鏡が大の苦手なので辛かったが何とか乗り切る。その後、K先生はもう一人先生を呼んできた。K先生より大柄で、K先生よりおしゃべりが得意そうな先生だった。二人の先生はわたしの舌を診ながら
 
「ここがこうなんですよね」
「あぁなるほど。たしかにそんな感じですね」
 
わたしは口を開けたまま、医者にしかわからない会話を不安に思いながら聞いていた。ようやく口を閉じた後、診察室の医者はまたK先生だけになった。そしてくだされた診断はこちら。
 
わからない
 
えぇ!そんなことある!?うろたえるわたしに、先生は続ける。簡単にまとめるとこうだ。

・舌を診ただけでは判断できない
・がんの可能性もなくはない
・診た感じ、舌白板症の可能性もある
・がんかどうか調べるには、患部の組織をとって調べる必要がある
・舌白板症だったとしても、放っておくとがん化する可能性が高い
・いずれにせよ、放っておいていいことはないから切除した方がいい

 一通り説明を終えた先生から提示されたのは、

・舌の組織をとってがんかどうか調べる
・患部を切除する

という2択だった。麻酔をするにせよどちらも痛いし、どちらも怖い。話になんとかついて行きながらも、「わたしの人生でこんなことが起こるなんて!」という思いで頭がいっぱいになる。
 
「一度持ち帰って検討します!」と言おうと先生を見ると、明らかに選択を待っている。あ、これ今決めなくちゃダメなやつなんだ…どうしよう。
「えぇ…どうしましょう…?」と先生を見るも、当然ながら決めてくれない。こんな重大なこと、今すぐ一人で決めなきゃダメなの?と内心先生に八つ当たりしつつ、どっちも痛いですよね?だの、それ以外の選択肢はないんですよね?だの、しょうもない質問をしながらうだうだと悩んだ。K先生は、そうですねぇ、ないですねぇと、返しながら気長に付き合ってくれたが、特にわたしの心を軽くする追加情報はくれなかった。(だってないのだもの…)
そのうちに悩むのにも疲れてきたので、「どっちを選んでも痛い思いをするなら、せめて1回だけにしたい」という理由で手術することに決めた。ビビリのもっこ、思い切った選択である。(いや、ビビリだからこその選択。)
 
後に冷静になって考えると、病理検査をしたところで、もしがんだったら結局手術だし、がんじゃなかったとしても放っておいたらがんになるかもしれないから切除した方がいいのだ。理由はさておき、手術を選んだあのときのわたしは素晴らしいと思う。よくやった。
 

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2022.09中旬のお話です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
よろしければ、また別の記事でお会いしましょう!


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