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立ちはだかる糖

 「HbAc1、9ですーー」
 それは、わたしを絶望させるには十分すぎる数値だった。

空腹時血糖の乱

 術前検査で血を採り、脂肪肝が発覚した。好き放題お酒を飲んできたうえに体重管理も怠っていたのだから当然の結果である。また、医師はこうも言った。

 「糖尿の値も少し高いですね。でもこれくらいなら食事のコントロールでなんとかなるでしょう」

 管理栄養士から食事指導を受け、食生活にはふんわり気をつけながら入院日を待った。お酒もやめたし夜中のストレス喰いも減った、きっとギリギリOKのラインまで下がっただろう。そして迎えた入院当日、早速測定した空腹時血糖に、わたしは眉をひそめることとなる。

 「268ですね」

 え?

 昨年の入院でステロイド内服をしていたとき、副作用で血糖が上がった。しかし今は、そのときの最高値を超えている。
 糖尿病内科の医師が来て、採尿と採血をオーダーして出ていった。なにかうすら寒いものが、背中をよぎった気がした。

脂肪肝と糖尿病

 内臓脂肪というのは厄介で、血糖値を下げるインスリンの働きを阻害するらしい。特に脂肪肝は良くないという。ろくに運動もできない身体のわたしを追い詰めるように、空腹時血糖は毎回異常値を示した。
 「継続した治療が必要ですね」
 下がっただろうと思っていたHbAc1(ヘモグロビンエーシーワン:過去数ヶ月の血糖平均の評価)は前回測定時の6.8から9へと跳ね上がり、わたしは立派な糖尿病患者となった。

糖尿病と感染症

 ここで一度、思い出してほしい。わたしはなぜ入院しているのだろう?

 そう、大腿骨頭壊死の治療のため、人工関節置換術を受けるためだ。

 ではそれと糖尿病はどう関係があるのか?そこには「体内に人工物を埋め込む」という事情が絡んでくる。端的に言えば、糖尿病罹患者は人工関節に細菌等の感染を起こしやすいのだ。
 元々、人工関節置換術は健康な人に施術する場合でも感染症を起こさないように厳重な衛生管理の下で行われる。主治医いわく、クリーンルームと呼ばれる手術室を使ったり、宇宙服のような術着を着たりするらしい。さらに術後しばらくは抗生剤の投与を行い、徹底して感染症に罹るのを防ぐのだそうだ。
 感染症は怖い。万が一タチの悪いやつに引っ掛かったら、壊死は骨だけでは済まなくなるかもしれない。だから血糖の管理が必要なのだ。
 生まれて初めてインスリン注射をした。血糖値がガクッと下がる感覚が恐ろしく、初回は軽い過呼吸を起こした。

糖尿病とアルコール

 実は、肝臓の値が良くないことがわかってから、わたしはしっかりばっちり禁酒をしていた。入院するその日まで、誓って一滴もアルコールは飲んでいない。その甲斐あってか、直前の採血でみた肝臓の数値は改善傾向にあった。ではなぜ、糖尿の値だけが大きく跳ねてしまったのか。これは素人の推測だが、もしかして、もしかすると、禁酒が関係しているかもしれない。
 体内に入ったアルコールは、分解に糖を使用する。乱暴な考え方をすれば、血糖値が多少高くても酒を飲めばその分はチャラになってしまうこともある。ただし身体はそんなに都合よくできていないので、〆に甘いものや炭水化物を欲して糖を補おうとするわけだ。
 わたしはというと、飲酒のあとに炭水化物や甘いものはあまり食べなかった。せいぜいおにぎり1個。しかも糖を含むお酒よりウィスキーなどの蒸留酒を好んだ。食生活が多少乱れていても、アルコールが血糖を食っていたのかもしれない。
 肝臓が悪いので、もう同じことはできない。わたしの膵臓は人よりかなり多くのインスリンを分泌してくれているらしい。それでもこんなに血糖値が高いのだから、言い訳の弁もない。インスリン注射を刺しながら、身体にごめんなさいをする日々である。

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