入院前夜

朝起きて活動を始めるまでの、暗い寝室で過ごす時間をわたしは夜と定義している。
震える指でキーを叩く今は午前4時半。まだ、夜だ。

昼をまわったら車で5分の病院へ向かう。残念ながら希望の4人部屋ではなく、豪華な個室をご用意されてしまった。差額ベッド代に思いを馳せながらわたしはまた次の夜にこうしてキーを叩くだろう。

怖い。

指はもつれ、得意のブラインドタッチがままならない。
起床までまもなく3時間を切るが、顔がこわばり、胃はくしゃくしゃのまるまるに縮こまった。
そこへ無理やり流し込む、抗不安薬。

これから自分の身に起こることのすべてが、怖い。

食いしばった歯を解いたら、大声で泣いてしまいそうな気がして。
たったひとり病室で過ごす祈りの日々がまた、始まる。
痛みをとるための痛み、絶望と無力感と、襲いくる理不尽への憤りに、わたしは毎日祈りを捧げる。
きっと大丈夫だと言い聞かせるのもまた、わたしである。

準備した荷物は前回の半分ほどになった。何が必要で何が過剰か、既に知っている。
めまいがするほどの緊張は、足りない覚悟への叱咤であるか。
けれど誰だって、痛いのは嫌だろう。何度も、いつまでも痛いのは。

いやだ。

抱きしめて手を握っていてほしい。喉が熱くてカラカラになる。ずっと背中をさすって、わたしを笑わせていてほしい。
抱きしめて、抱きしめて、抱きしめて、子どものように。
そしてそれが叶わないと知るから、ただ目を閉じて静かに祈る。

2日後、右股関節の人工関節全置換術を受ける。

知らないことより、知っていることの方がはるかに怖いときもある。
どうか祈りを、どうか。

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