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『Aaliyah』の赤い衝撃 ①

「レッド・アルバム」

 Aaliyahが2001年に遺したセルフタイトルド・アルバム『Aaliyah』(通称「レッド・アルバム」)は紛れもないプログレッシヴ・R&Bのマスター・ピースであり、その後の先鋭的なR&B及びダンス・ポップの青写真だ。
 Timbalandファミリーと作り上げたサウンドの果敢さ、完成度において、ある意味では後にも先にもこれを超えるアルバムはないと言える。ここ十年でAaliyahが参照された例は挙げればキリがない。パッと思いつくだけでもDrake, Frank Ocean, The Weeknd, Syd, Tinashe等、綺羅星のようなメンツが浮かぶ。またK-POPを見ても、音楽性とビジュアル・イメージのどちらにも00年代初頭の進歩的なR&Bに参照点があり、その台風の目たる彼女の痕跡は今日も偏在する。Aaliyahは今もなお特別であり続ける。


遺作『Aaliyah』のサウンド/声とビート

 Timbalandファミリーがこの作品のために拵えたトラックは、2023年の今聞いても/今だからこそ、度が過ぎるのではないかというくらい実験的だ。それでいて粗削りな印象はなく、ソングライティングとヴォーカル、トラック・メイキングの接合点がみえないほど自然でもある。
 AaliyahとTimbalandファミリーはUKガラージを参照したり、Trent ReznorやD'angeloとの共演を画策したりしながら結果的には自前のラボでアルバムのトラックを作り上げていった。ぶっ飛んだビートのアグレッシヴさとは対照的にメロディとヴォーカルはゆったりと構え、断片的なモチーフは現れては消る。このような立体的な設計のお陰で、ビートをメロディの束縛から解き放っている。さすがはD'angeloとの共演を望んでいたというだけのことはある、アヴァンギャルドな近未来ファンクアルバム。さながらケミカルでバキバキになった『Voodoo』という感じだ。
 両アルバムのオープニング・トラックを比較したとき、声とトラックが当価値で扱われ、インタラクティブであるという共通点が見えてくる。ヴァース、ブリッジ、コーラス、と規則正しく進行するのではなく、音楽的な要請に従ってヴォーカル・パートが引き出される。うねるようなビートにコーラス・ワークが呼応することで楽曲のダイナミズムが増幅されている。
 また両者とも、シンガーとして声の大きさではなく小ささを選んだことが音楽的成功に繋がっている。ロングトーンの長さのアピールの代わりに弱声のミルフィーユを作るという選択は、ビートを軸にした音楽としての模範解答だろう。

 R&Bという形式の美しさはトラックと声との関係性によって築かれる。声とトラックとがどんな風に交わり合い、アートを生み出すのかという点にこの音楽の最もスリリングな瞬間がある。これはゴスペルを出自に持つジャンルとしての宿命なのかもしれない。

『Aaliyah』の有機性 / 素晴らしきStatic Major

 アルバム『Aaliyah』は、トラックのサイバー・ファンクな音色にも拘らず随分と有機的な印象を与える作品でもある。総体としては前述の「声とトラックがインタラクティブ」であることが人肌の熱を生んでいるわけだが、注意深く観察するとさらにいくつかの細部が浮かび上がる。
 またこれは少々ギミック的な部分ではあるが、このアルバムにはグローバルなダンスミュージックのミクスチャーという側面がある。アラブ、ソウル、ラテンの参照、エレクトロニクスへの組み換えが盛んに行われたアルバムである。デジタル・サンバの「Read Between the Lines」、ほの暗いエレクトロブルース「Never No More」などは顕著な例。

 これだけだと、まあダンスミュージックによくあるミクスチャー感覚なのだが、ギミックに終わらせないだけの質を担保している最大の功労者がソングライターのStatic Majorだ。本作のメイン・ソングライターである彼は、Ginuwineのヒットシングル「Pony」のソングライトを担当、その後もAaliyahの傑作シングル「Are You That Somebady」を手掛けるなど、Timbalandファミリーのソングライターとしての実績を積んできた人物。本人もコーラス・グループのPlayaとして1枚のアルバムを残している。

 90年代後半~00年代前半のR&Bとしては珍しく、息の長いメロディを書ける才能の持ち主で、コーラス・グループとしての経験も手伝ってか『Aaliyah』ではカッティッング・エッジなトラックに対して美しいメロディとコーラス・ワークをあてがっている。シングル・カットされた「Rock the Boat」の、控えめにリフレインして誘惑するソングライティング等は素晴らしい出来。

また、いくつかの曲ではバックグラウンド・ヴォーカルに参加もしている。機材の進歩により1人による多重録音でコーラスを作るのが当たり前となった時代のR&B作品から男女の混声によるコーラスが聞こえてくるのは微かなしかし確かな衝撃だ。

Staticは突飛なトラックに対しても的確なメロディラインとヴォーカル・アレンジメントを充てがった。だからこそ本アルバムは同系統の「サイバーR&B」作品達よりも更に先にいる。先鋭的であろうとする意識と、メロディックであろうとする意識がなんの矛盾もなしに共存している。革新と伝統との二項対立の回避が、このR&Bの極現値に相応しいアートを生み出したといえる。

②に続く…

 



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