「ソフト老害」にならないために

放送作家の鈴木おさむさんが書いた書籍に「ソフト老害」という言葉が載っていました。

「ソフト老害」は、40代の人も場合によっては組織の中で老害になっているよ、ということを表現した言葉になっています。
書籍の中で書かれていた具体的な事例の一つは、簡潔にまとめると、 「立場が上の人の思いつきを現場に下ろし、それを強制する」 という所作の事を指しています。

この辺は、本文を引用した方がイメージが付きやすいと思うので、書籍の内容を一部引用させていただきます。

僕自身も振り返ると、若い頃は老害による被害をいくつも受けてきました。若者たちが必死に作った企画書は秒でスルーされて、代わりに、「上の人」が飲み屋で思いついた一言を、「周りの大人」たちが持ち上げて、その成立してない企画を制作する「現場」に下ろしてくる。

「現場」の人たちは「こんな企画、成立してないじゃないですか」と言うが、大人たちは「上の人」の思いつきだから絶対成立させろと言う。
いざなんとか形にしてみても、結果ふるわず。すると「上の人」は「俺が思っていたのはこんなんじゃなかった」と言う。すると「大人たち」は、「お前たちがちゃんと作らないから」と言って、「上の人」がその場しのぎで言ったキーワードをまた押し付ける。

そもそも「大人たち」は、「現場」出身なのだから、成立してないのなんてわかっているのだが、そんなことはどうでもいい。「上の人」に気に入られればそれでいいのだ。
結果、「現場」の人たちが四苦八苦するが、どうにもならず、ソレがさらりと終わっていく。

https://www.gentosha.co.jp/book/detail/9784344042063/ より引用

IT業界でも似たような話があるな、と正直思ったりします。
現場を知らない、技術を知らない人がマネジメントレイヤにいたりすると、よく発生する気がします。
現場に素直にまかせておけばよいのに、「ドメイン知識」も「技術」もおぼつかないような「上の人」が意思決定をしてしまうことで、現場は混乱し、皆が尻拭いに奔走する。的な。

しかし、同情も肩入れもするわけではないですが、マネジメント専属になり、10数年現場の技術を触っていないみたいな人が、エンジニアリングマネージャーや、はたまた CTO というポジションにつく、ということも世間的には珍しくないわけです。
そういう人は、多忙な中、かなり強い精神力を持って最新の技術やITの業界の動向をキャッチアップし続け、研鑽をし続けなければ、ちょっと油断しただけで「使えない人」「ソフト老害」になるわけで、誠実な人ほどそのプレッシャーと戦いながら生きているのも事実でしょう。

実際、マネジメント専業でやっていたけど、ふとしたことで現場に戻された、みたいな人の悲哀を聞いたりもすることも何度もあります。
今までは組織の中での「立場」に守られていたのに、突然10年前に身につけた古びた技術スキルだけを手に、若いエンジニアと平等に扱われるようになり、能力的にまったく使い物にならず知らず知らずのうちに姿を消していく、みたいな。恐怖でしかないですね。


この記事では、自分が「ソフト老害」と呼ばれるような「上の人」の立場になったと仮定し、自ら手を動かして技術的な仕事をせずに全体のオーガナイズをするような立場になったとして、その上で役立たずな「働かないおじさん」にはならないようにするためにできること、するべきことを考えてみます。

「ダニング=クルーガー効果」に気をつける

よく聞く言葉な気がしますが、最近読んだ「エンジニアリングマネージャーのしごと」でも見かけました。

ダニング=グルーガー効果とは、理解度・スキルが水準に満たないのに(満たない人ほど)、やたらと声高に自信満々に意思決定をすること、を指しています。別名、「馬鹿の山」。本の中では、ジュニアクラスのエンジニアも、シニアクラスの社員も、ともに陥りやすい現象だと書いています。

ミーム的に敷衍している動画を使うと、以下の状態を指している、とされています。

ちなみに、英語では、「馬鹿の山」は英語では Mount Stupid
「やたらとマウントしてくる馬鹿」という意味ではありませんが、そういうふうに置き換えた方がかえって実情に近いかもしれません。

自分自身に過剰に自信があったり、謙虚さが無かったり、「他の人は俺より馬鹿だ」と周りを見下している人ほど、この状況に陥りやすいです。
もしくは、単純にドメイン知識がない、技術力がない、問題点を突き止める方法・メソッドについて習熟してない、物事を深く考える習慣がない、というスキル不足も要因となる事が多いです。

書くまでも無いですが、中途半端な理解度で意思決定したり、作業を進めても、得るものは限りなく少ないです。
そして、その程度の浅知恵は、他の人がずっと前に、何年も前にすでにたどり着いているような内容であり、今更そのレベル感で話を蒸し返しても周りにムダな時間と迷惑をかけるだけだ、と自戒することが必要です。

このような状態に陥らないようにするためには、以下が肝要と思います。

・謙虚になる
・詳しい人の助言を得る。もしくは詳しい人に作業をお願いする
・課題を深掘りするための場作り、プロセスを整理し、実践する習慣をつける

「センメルヴェイス反射」に気をつける

この言葉は、これも最近読んだ「戦略ごっこ」という本で見かけました。

Wikipedia に記事があるので、その内容を引用します。

センメルヴェイス反射(Semmelweis reflex)は、通説にそぐわない事実を拒絶する傾向や常識から説明できない事実を拒絶することを指す。

「センメルヴェイス反射」の謂れとしてよく語られるエピソードが以下。
衛生の概念が定着していなかった時代に手洗いを提唱し、出産直後の子供の死亡率を大幅に低下させることに成功した医者が、「当時の慣習にそぐわない」という理由だけで周りから糾弾され、最終的に死に追い込まれる、という話。

そこまで大事ではなくとも、前例主義が行き過ぎ、「今までこうやってきたから」「これが常識だから」と、あまり吟味をせずに過去の因習に無思慮に乗っかって行動をしたり意思決定をすることは我々の生活の中でも多いです。
もちろんそれで大体うまくいく、ということもあるのですが、思い込みの結果「みんなが間違っている」ということも、結構な頻度で起こっている印象です。
このような意思決定がまさに上述の「ソフト老害」的な振る舞いに結びつく事も多いです。

個人的にも陥りがちな現象ではありますが、回避策として、以下のような取り組みはするようにはしています。

・自分自身の思い込みはいったん棄却する
・思い込みの少ない新人や、ステークホルダー外の人に意見をもらう
・そこで想定外の意見が出た時に、一度飲み込んでみて、時間をかけて考えてみる
・最後は、エビデンスを調べ、事実に依拠して判断する

余談ですが、捻くれ者なのか天然なのか、「空気を読まない」発言をする人って職場の中にも結構いますよね。そういう人はよっぽど周りから信頼されてないと意見が通りにくい印象ですが、周りに追随するという楽なスタンスを取らずに敢えて伝えようとするその姿勢が結果的に「斬新な視点」を提供してくれることが多いとも感じます。
なので、一度は意見を傾聴することにしてます。その意見を採用するかどうかは別の話ですが。

データをとにかく重視する

広く組織を見るマネージャー格の人は、ある意味コンサルタントに近い職能が求められるな、と感じます。すべての出来事について深堀りして把握することは現実的には難しいが、広く網羅的に「組織で何が行われている」かは把握する必要がありますし、問題や課題にぶつかった時に本質的な洞察に基づく意思決定を行う必要があります。

そういう状況に置かれた際に、的確に起こっている事を把握し、何が確からしいかを判断するための最善の味方は、データ。データ、データ、とにかくデータ。社員は嘘をつきますが、データは嘘をつきません。

たとえばシステムの状況を把握するために、サービスのアクセス数やエラー数、サーバーの各種メトリクス、SLA/SLI/SLOなどをウォッチするのは当たり前の所業ですし、ビジネスの進捗などを見るためにBIツールを駆使するのも必須だと思います。
IT化が進んでいる会社であれば、たいていの情報はWebブラウザベースで閲覧でき、やる気さえあればかなりの量を網羅することができます。情報共有が進んでいる組織であれば、平社員であろうと経営的なKPIの進捗やキャッシュフロー、PL/BSまで見ることができることも珍しくありません。
人とのコミュニケーションは同期的に発生しがちですが、データの閲覧や解析は非同期に行えることが多いのも、「忙しい人の味方」と思う所以です。

以前、エンゲージメントの測定について記事を書きましたが、社員の活動・アクティビティなどもデータを基に指標を定めることで、ある程度のところまでは定点観測することが可能です。ヒューマンリソースを管理するのであれば、個々人のアクティビティもデータ解析対象にして状況を把握するのが良いと思います。

私がよく行っているのは、Slack API を使って、Slack 上のアクティビティを集計し、組織の活動状況を一定の指標で判断すること。
事例として、ある特定の部署が「パフォーマンスが悪いのは多忙のせい(だからしようがない)」というストーリー・ナラティブで思考停止しかけていたことがあったのですが、その部署の Slack Workflow のデータを1年分くらい引っこ抜いて、1時間くらいかけて解析してみました。
結果、「忙しいというより、特定の業務が一人の人に属人化している」「特定の業務をやりたがらない人がいて時間がかかっている」という状況であることがわかりました。データを元に可視化できたことで、より本質的な課題に向き合うことができたりしました。

僕の個人的な私見ですが、優秀なマネージャークラスの人ほど「データ」を重視し、よくウォッチしている印象があります。僕も、新しい組織に移った時は、まずデータを集め、データの分析環境を使いこなせるようにしてはいます(僕が優秀かどうかはわかりません)。
逆に、データを軽視する、もしくは全く見ないような人は、僕はリーダーとしては信頼しないです。

本、ニュース、勉強会発表をできる限り見る

この辺の話は新味が無いですが、「インプット」はとても大事だと思いますし、僕もできうる限り限界まで行うようにはしています。
以下の書籍で、「インプットを増やすことでアウトプットが増えた」というエピソードが紹介されていますが、個人的にも納得感が強いです。

ニュースは、接したニュースについて自分なりに咀嚼し、自分の頭で整理分析するプロセスが大事だと思っています。こういう日々のプロセスが、仕事の場で課題に遭遇した際のシミュレーション・素振り的なトレーニングになります。
ニュース記事にコメントがつけられるようなサービスは、声の大きい間違っているかもしれない意見に思考が引きづられて良くないので、そういうノイズが存在しない「スマートニュース」を僕は重宝しています。

勉強会やカンファレンスも、コロナ以後は、オンラインでの配信がとても増えたのはありがたいです。オンラインで仕事の合間にでも拝聴し、共有された資料を読み漁ることで、今のIT業界の活力や潮流を把握することができます。
connpass とかだと資料が登録されるたびにメールで通知されたりするので、勉強会に参加しないとしてもこういう機能を使うと情報を網羅できて便利です。

どうしても上の立場になればなるほど、広範囲な話題や課題に直面することが多いですが、それらについての情報や解決策について「知ってる」「どこかで聞いたことがある」というだけで、取りうる選択肢や意思決定も大きく変わってきます。なので、インプットはできる限り増やし、咀嚼し、自分の中の情報の畑を耕すことが大事だと思います。

「アリバイ」で仕事をしない

ここでは、自分が得をするために、もしくは自分が仕事をしていることをアピールするために、さほど重要でも無い仕事を「アリバイ」的に仕立て上げる事、とします。

自分が提唱した、検証・検討はほとんどしてないが耳障りだけは良い「ストーリー」「ナラティブ」を成立させるために、「アリバイ」的なタスクは仕立て上げられる事がとても多い印象です。
そして、たとえば「この日までにやる」と締め切りについて公言してしまい、どうしても期日までに何かしら形にしないといけない、というタスクを抱えている状況下において、自らの「私利」のためだけに作業が動き出すことが多い印象です。

実際のところ、締め切り直前までほったらかしにされているようなタスクは、概ねその組織の中ではたいして重要でないタスクであることがほとんどです。素直に「ごめんなさい(テヘペロ」で許されることも多いと思います。
自分ひとりで作業を完結させるだけならまだマシですが、その作業を他の人に押し付けたり、立場を利用して周りに「ストーリーの正しさを」を認めるよう強制したりすると、まわりは迷惑なだけですし、組織にとっても不利益しかもたらしません。

こういう人は立場にかかわらず一定数いる印象ですが、「上の人」がこういう振る舞いをすると、概ね「ソフト老害」的な振る舞いとなりがちです。
回避策として考えられるのは以下。

・謙虚になる
・常に誠実に、正直に。自分の過失は素直に認め、本質的なアプローチを優先する
・私利で行動せず、他利、メンバーや組織が得をする行動はなにかを常に意識する
・他人に責められる事を必要以上に怖がらない。自分を守りすぎない。正当化しすぎない

優越的な地位を悪用しない

上の立場になればなるほど、周りの人たちと対等な立場で話すことが難しくなります。反対意見を聞く機会も少なくなりますし、他人から問題点などを指摘されることも減ります。立場の差があると、意見の正しさ・妥当さとは関係なく「下の人は上の人の決定に従う」という重力に引きづられがちです。
なので、自分を律することがとても難しくなり、自分を律することができないと結果的に意思決定を誤る事が多いです。

そのための防御策としては、今まで述べてきた、安易な理解や思い込みを排除すること、データを重視しインプットを増やすこと、なども一つの案として挙げられるとは思います。
一方、「優越的な地位」に「安住」する人も、少なからずいます。こういう人の多くは、鈴木おさむさんの言う「ソフト老害」の闇に陥る人だと思っています。

この辺は、「エンジニアリングマネージャーのしごと」の本の中でも「社内政治」という章で紹介されています。

取り上げられている項目を箇条書きで記すと以下。

・政治をネガティブに使う
・権力の乱用
・階層を飛ばす
・プロフェッショナルでない
・自分勝手に行動する
・私利

「社内政治」という章ですが、紹介されている内容は「社内政治」というより権力を持っているが他人への共感力がなかったり自己愛だけが強いリーダーの振る舞い、という印象を持ちます。

信頼について、「エンジニアリングマネージャー〜」の本ではエネルギーゲージで例えられていましたが、日本だと「信頼貯金」「信頼残高」という言葉で敷衍して伝わっている気がします。
信頼残価を増やす方法としては、以下の6つの習慣がよく語られており、これらを意識して行動することが、優越的な地位を悪用するような状況に陥らないための回避策と思います。

1.相手を理解する
2.小さな気遣いと礼儀を大切にする
3.約束を守る
4.期待を明確にする
5.誠実さを示す
6.信頼残高から引き出してしまったら心から謝罪する

https://bookplus.nikkei.com/atcl/column/082300116/082300003/ より引用


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