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『物語 ウクライナの歴史』感想

日本の駐ウクライナ大使を務めた著者・黒川祐次の手によるウクライナの歴史の概説書です。選書理由に関しては言うに及ばず、現在起きていることに対する己の認識を深めるためというか、いわば解像度を上げたいと思って読みました。

ロシアを舞台にした小説やエッセイなどを読んだことはこれまでもないわけではなかったのですが、ウクライナという国に対して自分がこれほど何も知らないとは、愕然とした気分になりました。

というのも、本書で述べられているとおりウクライナはその歴史のほとんどを他の国に統治されるという形で過ごしており、ウクライナ発のものもそれはロシアのものと認識されていることがほとんどだからではないかと思います。

そもそも、独立した国家であった期間がこれほどまでに短いにも関わらず、ウクライナが民族的自立性を保持するというか、自分たちを「ウクライナ人である」と認識できることに驚かされます。たとえばユダヤ人であればユダヤ教という個性があるので同化しにくいということも理解できますが、ウクライナ人の宗教は主にウクライナ正教。不勉強のためロシア正教との違いなど詳しいことはわかりませんが、ウクライナが独自のナショナリズムを形成していった過程には非常に興味深いものを感じます。それは、ロシアのみならずポーランドやリトアニアなどに分割統治されていた期間があることや、ヨーロッパの穀倉地帯として農民たちの国であったことなど、さまざまな来歴が独特の文化を形成したためでもあるのでしょう。

コサックの文化はウクライナのものであるというのが特に印象的だったことです。権力者にさまざまに用いられたコサックたちが、結局のところ自分たちの国を打ち立てるところまでたどり着くことができず、被支配者の歴史となることにもの悲しさを感じましたが、一方でその伝統の深さ、力強さも感じました。

WW時代の受難、ソ連時代の大飢饉のあたりはなんというか、異様なほどの人災で(穀倉地帯で数百万人の餓死者が出るって何……!?)、それを経験したらもう自分たちの指導者は自分たちで選びたいと思うのも当然といえば当然の流れなのかもしれないと感じました。

折しも民族自決のスローガンのもとに様々な国が民族単位での国家樹立を果たしていたので、その流れに乗ってウクライナも! というわけにはいかないのがこの要衝の地のつらいところでもありますが、30年前になし崩し的に達成された独立とはいえ、やはりそれは喜ばしいことに感じられました。

現代日本に暮らしていると、国民国家形成って当たり前のことのように感じるかもしれないですが、ロシアやウクライナのように多くの領域と地続きで、様々な民族の移動があり、国家の変動があり、宗教や言語や人種が入り乱れた地に生きていると、それがいかに困難であるかということも感じました。

余談ですが、本書で面白かったのが、1991年の独立後に復活したキエフ・モヒラ・アカデミー大学の学生にアンケートを取ったら11%の学生が「ウクライナの大統領になる」と回答したという話。現在の日本ではなかなかあり得ないような話で、著者は「何と意気軒高なことか」と受け止めていましたが、学生たちがどういった意図で大統領を志望しているのかは気になりました。みんな大統領になってウクライナもっとよくしたい! ってこと……!? それか独立から30年、ウクライナの大統領といえば汚職問題と切っても切れないイメージはあるので、そこを正したいという意欲に燃える学生が多いのでしょうか。逆に大統領になってお金持ちになりたいのかとか、そこまでは書かれていないのでちょっとわかりませんが、興味深いです。


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