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『宝石商リチャード氏の謎鑑定少年と螺鈿箪笥』感想

辻村七子『宝石商リチャード氏の謎鑑定』シリーズ待望の第三部開幕。私も連載の原稿を大急ぎ描き上げて拝読しました。

前巻が番外編のような形だったこともあり、彼らの物語にここまで深く長く潜っていくのも少し久しぶりという感覚がありました。

今回から舞台は横浜に移り、新たな登場人物として霧江みのるが登場。
彼は中学一年生なのですが、中学一年生の少年のものごとの観方、感じ方がなんだかリアルでぞくぞくしました。言い知れない閉塞感、無力感、それが成人するまでまだまだ何年も続くということに対する絶望的な気持ち。
誰もが経験することなのかどうかはわかりませんが、私もそうでした。
お金を稼ぐこともできず、知識もとぼしく、人間関係もうまくまわせず、友達のいない学校へ通うことの空虚でみじめな感じ。自分はどうしようもない無価値な人間で、そしてどうしようもない無価値な大人になるだろうという漠然とした確信があって、毎日消えてしまいたいくらい悲しかった。

そんなみのるの前に、親戚を名乗る中田正義が表れ、彼の孤独や空虚さを少しずつ癒していく光景には、なんだか幼かった自分も一緒に救われていくような心持ちになりました。
実際のところ、私には兄がいたし、インターネットで知り合った年上の友達も、叱ってくれる先生もいて、当時抱えていたどうしようもなさをほどいて前を向かせてくれるような人に恵まれたことを思い出します。

正義の無償の愛のような態度に、みのるは戸惑いを覚えるのですが、それはそうだろうなと思いました。知らない人と生活するのは本当に大変です。どんなに優しい素敵な人との生活でも。

みのるは本当に優しい子で、彼の母がやっていることはほとんどネグレクトのようなことなのですが、それでも母を健気に慕っている姿は見ていると胸が痛みました。

しかし、かつて父親とのいざこざがあって、日本での日常生活からは「避難」するしかなかった正義が、大人になっていろいろなことを経験して大きくなり、誰かを「避難」させてあげられるような、守ってあげられるような存在になったんだなぁと思うと本当に泣けます。誰かを大切にするためには、自分自身も大切にしないといけません。
苦しみから少し離れて、自分や大切な人を守ることを覚えて、仕事でできることも増えて、手を伸ばせる範囲も昔よりずっと広くなって。
それも、正義が自分を投げ出すことなく、生きてきたから、出会った人たちの手で磨かれ、自分自身と切磋琢磨してきたから、そんな人になったんだということを感じます。
強くなるというのは、そういうことを言うのかもしれないと思いました。

洗練された文章と、少しミステリアスで美しい人間描写。
人はひとりひとりが大切な人によって磨かれた宝石のような存在なのだと、この作品ではいつも教えてくれるのですが、私はこの小説自体も大切に磨かれた宝石のように感じます。

追記。
真鈴の「努力なんて人間が人間であるための最低限の条件でしょ」って台詞が最高でした。


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