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『僕たちの幕が上がる』感想

読みました。辻村七子先生の新作シリーズです。
今回の題材は演劇。

これまで辻村先生が執筆されていた成人女性をターゲット層とする集英社オレンジ文庫から、ポプラ文庫ピュアフルという中高生向けのレーベルでの新作となりました。
そのため、文章が比較的平易になり、わかりやすさとエンターテインメント性に重心を置いた読み口になっていたように思います。

演劇を題材とする作品の何が面白いって、演じる主人公たちの側のストーリーと演劇内の物語とを二重で楽しめるところが超お得だと私は思っていて、しかも多くの場合その劇はどこかで主人公たちの現状や課題などと密接にリンクしていて、多層的に物語を楽しめるというのがまた素晴らしいのだと思います。本作もその期待に見事に応えてくれていて、劇ができあがるまでの苦労と公演を通じて見えてくる景色が感動的でした。

仲間を失ってなお俳優を続けなければならず苦しんできた勝の孤独と百の孤独。そして優しさ。カイトの勝に対する憧れ。

高校で壮絶ないじめを受けていたカイトがそれ過去にするにはまだ時間が要るのかも……。
カイトのように学校生活がうまくいかず、創作の道に進んだ人って結構いると思うんですが、どういう苦しみも孤独も、嫉妬も憎しみも殺意すらも創作においては糧になるし、私自身はそのことにすごく救われていると思うので、カイトにとっても演劇がそうであればいいと思いました。
でも昔、私は不幸でなくなったら創作意欲を失ってしまうのかなと思ってそれが怖かったんですが、フランクルの言ったように苦しみとは気体のようなもので、けしてなくならないし、毎日幸せだなぁと思っていても自然と創作はしたくなるものなので、カイトも心配はいらないよって思いました。
きっと今、勝と劇が作り上げられて幸せだと思うんですが、これからもガンガン幸せになってほしいです。いや彼は行動派なので心配無用かな。高校生当時はまだ俳優志望だった勝と舞台がやりたい! と思って脚本家の道に入って、若くしてそれを叶えちゃうような人だから。すごい。
私自身も、「いつかこの作品と/この人と仕事がしたい」と目指して、すでに編集者として叶えたものも作家として叶えている途中の夢もいっぱいありますが、だからこそ、それがどういうことかはよくわかるつもりです。

勝は本当に神様に愛された人みたいに善良で優しくて、なんでもできちゃうし、努力を惜しまないし、きっと幸せになるために生まれて人を幸せにするために生きていく人だなぁと感じて、眩しく思いました。

いじめ描写においては非常に慎重に言葉が選ばれているように感じました。
そういうところも好き。

若き演劇人たちの苦労や、バイトを掛け持ちしないとならないような境遇の過酷さが、サブキャラクターたちの物語の断片に織り込まれていました。こういうなかで密接により恵まれた、あるいはより苦労している誰かと接しながら作品を作り上げるって独特の緊張があるのでしょうけど、ひがんでも仕方がない。

できること(What can I do)をするだけですよね。作中のカイトの言葉のように。


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