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『王杖よ、星すら見えない廃墟で踊れ』感想

 廃墟シリーズ、最後の4冊目。
 ベアトリスの弟、サミュエルによる緑の陣営に属する伯爵令嬢エスメが主人公。彼女がものすごく好きだったのでこの本、本当に秒で読み終わってしまいました。嘘でしょもう終わり……? そんな……。

 エスメは貧乏貴族の家の娘で、とりたてて優秀というわけでもないのですが、とにかくパワフルで行動力があって、そして領地ややがてこのイルバスの地に生きる人々のためになりたいという志は誰よりも強い女性でした。読んでいて何回もカッコいいー! としびれまくってしまいました。好きです。

 父親がわりとろくでなしなのにこんなに心が強いのは、兄とこれまで力を合わせて生きてきたからこそなのかもしれないと思います。サミュエルがこういう女の子を王杖に選ぶとは、『ベアトリス~』を読んでいたときには思いもしませんでした。でも二人が出会ってみると、なるほどしっくり! という感じです。

 サミュエルがエスメを少しずつ信頼していく過程とか、エスメが命がけてサミュエルを助けに来てくれるところとか、彼女と王杖に望んで迎えに来てくれる場面とか、どこもかしこも好き過ぎて読みながらずっと大興奮していました。可愛いです。たまらん。

 ずっと自分に自信のなかったサミュエルが、こんなにまっすぐに自分に希望を見出してくれる人に出会ったら惹かれてやまないのは当然のことかもしれないと思います。しかし私はサミュエルが母親にべったりな男じゃなくて心の底から安心しました。

 全4冊の廃墟シリーズを読んでいて印象的だったのは、どの本にも様々な愛憎入り混じった感情や自分のための思惑で相手を縛りたいと考える登場人物が出て、それによって主人公が苦悩するターンがあるのですが、どんなに愛していても人は他者を本当に自分だけのためのものにはできないということでした。
 他者だから、自分の思い通りにはならないからこそ同じ方向を向いて歩めることが尊いんじゃないかなと思うし、自分に縛り付けようとすればするほど、お互いの向いている方向はすれ違ってしまうんじゃないかと感じるのですが、愛情というのはそれほどままならない狂暴なものなのかもしれません。
 愛と欲望って紙一重のようでいて、全然違うものかもしれないと思います。

 これからも、サミュエルとエスメには同じ方向を見つめて、隣で歩いていってほしいなと思いました。

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