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モモチップスの感想文

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モモチップスが鑑賞した作品の感想文です。
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2021年7月の記事一覧

『紙の動物園』感想

 ケン・リュウ著、古沢嘉通訳のSF短編集。読みました。  辻村七子先生がこちらの小説の大ファンとのことで読んだのですが、表題作『紙の動物園』に始まって、あっというまに私も著者の小説の虜になってしまいました。もうとにかく、次々現れるどの小説もしびれるほど面白い。  この衝撃的な面白さをどのように感想として述べたものか悩ましいですが、なんだか悲しみがいつもあるような気がするのに、大きないたわりにも触れているような気がして読んでいる間中、傷つきながらも常に癒やされているような感覚

『ルックバック』感想

 ルックバック。背中をみて。  作品のサムネイルもまた、漫画を描く背中なんですね。  藤野は画力に劣等感を抱えていたようですが、二人が並んでいる学級新聞の4コマ漫画、漫画として面白いのはいつも藤野の方だったと思います。  また最初に登場する藤野の漫画が「生まれ変わってもまた私にキスをして」と約束する漫画なのがなんとも言えず切なさを掻き立てます。  藤野と京本で「藤本」。そして、才能と創作意欲と作品愛に溢れた彼女の名前がなぜ「京本」なのかは作中起こる事件によって示唆されてい

『妻がマルチ商法にハマって家庭崩壊した僕の話。』感想

 ズュータン著のノンフィクション。  現代のホラーというか、怖すぎて最低な気分にはなったんですけど、こういう話が実際自分の身にふりかかる前に本で読んでおくというのは人生の助けになるかもしれないと思いました。『HUNTER×HUNTER』のハンター試験会場に向かう道中で出会うおばあさんも「あらゆる残酷な想像に耐えておけ」って言っていましたからね。  こういう真綿で首を絞めるようなやり取りというか、閉鎖された場所で友達や信頼している人に熱心に勧められたらなかなか強くノーとは言え

『王杖よ、星すら見えない廃墟で踊れ』感想

 廃墟シリーズ、最後の4冊目。  ベアトリスの弟、サミュエルによる緑の陣営に属する伯爵令嬢エスメが主人公。彼女がものすごく好きだったのでこの本、本当に秒で読み終わってしまいました。嘘でしょもう終わり……? そんな……。  エスメは貧乏貴族の家の娘で、とりたてて優秀というわけでもないのですが、とにかくパワフルで行動力があって、そして領地ややがてこのイルバスの地に生きる人々のためになりたいという志は誰よりも強い女性でした。読んでいて何回もカッコいいー! としびれまくってしまいま

『廃墟の片隅で春の詩を歌え』感想

 廃墟シリーズの2・3冊目。前後編になっています。  ベアトリスの祖母世代、民衆革命によって追われ、廃墟の塔に閉じ込められた王族の三女アデールが主人公の物語です。  民衆革命が起こったということは、この頃のイルバスという国では知識階級がある程度成熟してきていたのかなと思うのですが、本文の革命の描写なんかを読むとフランスっぽいし、国の状況を見るとロシアとか北欧っぽい感じもあって、一体どういう状態なのかを考えると興味深かったです。  王政復古の後、アデールが真っ先に着手した政

『ベアトリス、お前は廃墟の鍵を持つ王女』感想

 廃墟シリーズという、とある王国の時代・主人公違いのストーリーが描かれる小説シリーズの作品です。全4巻のなかの1冊目。  3人兄弟が共同統治する王国イルバスで、尊大な兄と狡猾な弟に挟まれた中間子の女王ベアトリスが奮闘するお話。  兄と弟の思惑や派閥に挟まれて、なんとか共同統治のバランスを取ろうとするベアトリスの立場は非常に難しく、兄弟間での駆け引きが次々に展開されてハラハラしたり、彼女が目指したい未来に光はないように思えて読んでいる間中やきもきさせられました。その緊張感がと

『薬屋のひとりごと』感想

 書籍版、現在最新刊の11巻まで読みました。  薬屋の猫々が後宮の下女として売られたあと、後宮の管理を担当している壬氏に気に入られ、宮中に渦巻く陰謀や事件を薬学知識をもとに解決していくお話。  私がとくに面白いと思ったのは主人公の設定で、卑賤の出身の女性がなぜ薬学に秀でているのかという部分がふるっているなと感じました。  たとえばこれが異世界転生ものの小説だったら「異世界で薬剤師をしていた」といったようなことを利用して、「市井の女に特別な知識がある」という部分をクリアするの

『異世界コンビニ』感想

 全3巻。読みました。  フリーターの女の子がコンビニの異世界支店で勤務することになる楽しいラブコメかと思いきや、異なる世界で生きる者同士の恋愛の難しさとか、異世界人を利用しようとする側の思惑とかいろいろなことが絡み合っていてコメディかと思いきやシリアスだったり、シリアスかと思いきやコメディだったりして、読み味が非常に面白い作品でした。  何気ないような描写を丁寧に積み重ねて後半の展開の伏線としている箇所も多く、急展開はあれど単なる青天の霹靂にはなっていなくて、予感させる