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モモチップスの感想文

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モモチップスが鑑賞した作品の感想文です。
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2020年5月の記事一覧

『ペスト』感想

カミュ著、宮崎嶺雄訳『ペスト』を読みました。 COVID-19の脅威にさらされた社会のなかで、心を落ち着けてものごとを考えるために、本書が助けになるのではないかと思ったのです。あと単純にカミュの小説が面白いから。 小説の舞台は戦後194X年のフランス領アルジェリア、オラン市という海沿いの都市。そこをペストの大流行が襲い、都市封鎖が起こるという筋書きです。 ペストといえば、中世ヨーロッパを終わらせたともいわれる感染症の代名詞たる病ですよね。 だからなんとなくペストはその頃の

映画『若おかみは小学生!』 感想

映画『若おかみは小学生!』を、劇場に続きTV放送にて視聴しました。 二度目の視聴だったこともあって、おっこが両親と過ごす冒頭のシーンから胸にせまるものがあり、この作品全体を貫く「花の湯温泉のお湯は、誰も拒まない」という言葉もさらに味わい深く感じられました。 この映画では、花の湯によってさまざまな傷付いた人たちが癒されていく過程を通して、深く傷付いたおっこ自身もまた少しずつ癒されていく様子が描かれています。だからこそ、おっこの負った大きな傷を明確に描くために、ドライブレコー

『すらすら読める風姿花伝』感想

林望著『すらすら読める風姿花伝』を読みました。 世阿弥の『風姿花伝』は、読もう読もうと思いつつなんとなくタイミングがないままになっていた本の一冊だったのですが、私も重い腰を上げてようやく長年の知ったかぶりに終止符を打つ気になったというところです。 大好きなゲーム『金色のコルダ3』の東金千秋という登場人物もこの世阿弥の本を愛読しているというのに、未だに読まずにいたなんて、東金部長に呆れられるかもしれません。すみませんでした、部長!! しかしこの本ではなんと原文を総ルビつき

『石の辞典』 感想

矢作ちはる著、内田有美絵『石の辞典』。百余りの鉱石について、シンプルに絵と文で紹介した本。何故手に取ったかというと、この本では写真ではなく絵を使ってすべての石を紹介していて、その絵があまりにもいきいきと、まるで詩のように輝いていたからです。石に息吹すら感じられるよう。 添えられた紹介文も科学的というよりもっと親しみやすく、この石がどのように発見されたか、どのように人々を魅了してきたか、生活のなかに息づいているかといったことを伝えてくれました。 それを通して私は、その石を使

『フェルマーの最終定理』 感想

サイモン・シン著、青木薫訳『フェルマーの最終定理』を読みました。 数学者たちの苦闘の歴史に釣り込まれるあまり、奥深くて遠大な深淵に吸い込まれていくような感覚になりました。知のバトンを繋いでいくという行いは人の歩みの中で最も尊いもののひとつかもしれないとしばしば思います。 現代数学の粋を集めた証明についての本にも関わらず、数学的素養も教養もない私にも理解できる平易な言葉で書かれている点にまず非常に驚かされました。 紀元前に産み落とされたピュタゴラスの定理に端を発し、150

『翻訳できない世界のことば』感想

エラ・フランシス・サンダース著、前田まゆみ訳『翻訳できない世界のことば』を読みました。 窓の外に、思いがけない美しい景色が広がっていることを教えてくれるような美しい本。ひとつひとつの語を掬い上げてはその意味を、その言葉の向こうにある人々の暮らし、人々の感性を想像させてくれるような豊かな語り口とイラストにすっかり心奪われてしまいました。この言葉を使うとき、この言語で日常を送る人々のなかにはどんな時間が流れているのか。 日本語からも思いがけない言葉が取り上げられていて、思わず