飴色の街(2)

 駅を出ると、道を挟んだ向こうに小学校があり、その校舎裏に人だかりができていた。何の気なしにそこに行くと、小さな子供たちや大人から「先生」と呼ばれている、眼鏡をかけた男がいた。年齢的にはまだ若く、30代前半といった印象だ。案外簡単に見つかった。
 そこには大きなバスが停車しており、先生は子供や大人と話をして、話が済んだ人がひとり、またひとりとバスに乗り込んでいく。先生は真摯に相手の話を聞いて、うんうんとうなずいたり、時に笑ったりしていた。優しそうな雰囲気の、いかにも「良い先生」といった印象だ。
「あなたが『先生』ですか?」と声をかけると、笑顔をこちらに向けて駆け寄ってきた。
「ああ! キミは先ほどこの町に来た子か! 名前はなんていうんだ?」
「えーっと……ユウイチです」
「ユウイチくんか! この町は初めてだろう。まずはこの紙に名前を書いてくれ。そうしたら、住民登録が完了する」
 そういうと、枠線も何もない白紙と鉛筆を渡された。とても役所仕事で使うような紙面ではなかった。それ以前に……
「……先生、それは先生の仕事ですか?」
「何を言っているんだ。先生というのは公務員だ。公務員は公務員の仕事をするのだ。だから、こういったこともちょこちょこやっているのさ」
 仕事の役割自体もあやふや。常識的に考えて違うだろ……この自治体はやばいのだろうか。
 とりあえず、言われたとおりに紙に「ユウイチ」と書き、先生に提出する。
「……はい、これを持って私が手続きを行えば住民登録完了だ。今日からキミはこの街の住民だ」
「住民登録したところ悪いのですが、僕は気が付いたらトロッコに乗っていてこの街に着いたんです。なんでこの街に来たのかがわからないんです。トロッコの運転手に、あなたに会えば街のことがわかると聞いて……」
「そういうことなら、喜んで! 不安だったろう? この街のことを教えてあげるよ!」
 満面の笑みで返される。こうも明るい人だと、僕も僕で気が緩む。
「結構不安だったんですよ。でもあなたみたいな人に出会えると気が楽になります。……僕はどうやら、切符の色も他の人とは違うみたいで」
 そう言って僕が切符をちらつかせると、さっきまで明るい表情を浮かべていた先生が、急に真剣な表情になった。少しゾッとした。
「……その切符、見せてくれないか」
 言われるがままに切符を見せる。それをじっくりと眺める先生。
「ここへ来るとき、トロッコには誰も乗ってなかったんだね」
「ええ……どうしてそれを?」
「キミの切符が青いからさ。僕も見たことがなかったんだけど、これを持ってこの街に来る人は、この街で『仕事』をする以外の目的があってここに来た、特別な人なんだ。そういう人は、独りでここに来る……って、聞いたことがある」
「目的……」
「すまない、まだ仕事が残っているので、少し待っていてくれ。その後ゆっくり話そう」
 すると先生は、もう一度笑顔を浮かべて、人だかりに向かう。
「先生、私、この街に来てよかったです」「そうか、元気でな」「先生のおかげです。この先も頑張れます」「何があってもくじけるな!」「先生~~~~」「泣くな! ほら、バスに乗り込むんだ」
 まるで卒業式で恩師に別れの言葉を伝えるかのような……それに対して先生は、ありきたりな言葉で返している……
 言葉を交わした後、人々はバスに乗り込む。発進し、窓から手を振るのに合わせて手を振り返す先生。
 一仕事終えた先生は、振り返って、
「こんなことにどんな意味があるんだろうね」
 悲しそうに笑った。

牛丼を食べたいです。