経験についての話から過去への感謝

『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』というドイツのビスマルクの名言があります。
これ結構わたし好きなんですよね。
なんか失敗するたびに思い出しちゃって、これは経験すべきことだったのか、それとも自分の愚かさ故にしてしまったしなくてもいい経験だったのかって。

わたしがこの言葉を聞いて理解したこの言葉の意味は
愚者は自分が経験しないと学ばないけれど、賢い人は過去にすでに経験した人から学ぶ
ってことだと思ってます。

失敗する経験って必要だよねって思ってた時期があったんですけど、
これ聞いていや、失敗する必要ないじゃん、
既にやってる人いるんだからって考え方に変わったんですよ。
でも経験すべきこともあります。
取り返しがつくものであれば、知識とか能力、視野や考え方を広げる為には必要な経験ってあると思います。
けど例えば病気の人の気持ちを知ろうと思って病気になる努力をして病気になったとしてそれ必要な経験なの?馬鹿だよねってなったりするわけです。
それなんのためなの?それより既に病気で苦しんでる人がいるわけだからその人の為になることってそれを治せるようにする努力ですよね。とか。極論ですけどね。

じゃあ他の例として、ある食べ物があってそれを食べたことないけどあの人は美味しいって言ってたんで美味しいですよ。みたいな、それは食べてた方がいいんじゃないの?っていうね。


子供の頃ってたくさんの経験してた方がいいですよね。それは子供の時は大したことにならないから。
子供の頃はむしろたくさん失敗した方が、それによって得るものはたくさんあるはず。

リハーサルの時はいくら失敗しても本番で失敗したら取り返しがつかない、それまでじゃないですか。
子供の頃って大人で経験することのリハーサルばかり。
子供の頃に培われた経験が大人になって生きてくると思います。

じゃあ大人になったらどうしたらいいか、それはたくさん経験してきた人から学ぶことですよね。過去に学ぶということです。
私からみた過去の人たち、先輩や上司、親やおじいちゃんおばあちゃん、そういう人達の経験とか知恵ってほんとすごいんですよね。
おじいちゃんおばあちゃんとか、もうそりゃ尊敬しないといけないレベルで人生経験積んでいらっしゃるからね。
そういう人達が身近にいたら大切にしないといけないですよ。
その過去の上に未来があって私達は立っているんだから、感謝しないといけない。
そしてその過去を受け継がないといけないんです。じゃないとその培われた経験はなんの意味もなくなり消えていきます。

っていうのは受け継ぐ側の視点ですが、
次、未来に受け継がせる側な立場にやがて自分もなっていきます。
そしたら私達がこれからの未来の為に何ができるか、、、
親になって、子供に苦労は背負わせたくないって思います。
だけど、そうやって苦労は背負わせたくないけど、苦労を知らない、なんでも当たり前、過去に感謝ができないそういう子に育ってほしくはないんです。
今の自分があるのは過去のおかげなんだよって気持ちを持っていて欲しい。
のは大前提で、幸せになってほしいです。
苦労して大変な世の中で生きて欲しくないです。
だから未来の人達が幸せで明るい人生を歩める世の中にしていきたいです。
そのために今の私のやるべき事があるんだと思って生きています。

これは私の家庭への思いではなく、日本や世界にも同じですね。
世界の中の日本であって日本の中の我が家庭、問題は全部繋がっていると思っています。

だんだん難しくなってきましたね。
何を言いたかったんだっけ、、、
いや、言いたいことは全部言った、、かな笑

まあこういう風にりーもんは考えています。
最後まで読んでくださった方、
ありがとうございました!
またよろしくお願いします♪

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