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100日後にデビューするYouTuberを見つけたので盗撮してみた #43

時刻は夜7時を回っていた。朝から打っていた者は帰路に着き、仕事を終えた者はこれから一勝負して一日を締めくくる。客が大きく回転する、入れ替わりの時間だ。
私はまだ立体駐車場の3階にいた。隣の車が出て行き、新しい車がまたスペースを埋める。エレベーターから出てきた客がこちらを見ては視線を逸らし、エレベーターに向かう客もまた似たような行動をとる。なんやあいつら、と声が聞こえてきそうだ。
私はいま自分の車の運転席に座り、ただ正面を見つめていた。助手席には丸山がいる。二人とも沈黙していた。

「シートベルト外さないんすか?」

不意に聞こえた声に体が反応した。ああ、と私はベルトを外す。それがシュルシュルとセンターピラーに吸い込まれる音が消えると車内はまた静かになった。

「よかったん?」

少しして、私は言った。

「何がですか?」

「いや、打ってたんちゃうの?」

「やっぱり気づいてたんすね」

考えてみれば、先ほど店内で私はずっと丸山の方を見ていた。彼とは視線が合わなかったし、それどころか彼は私のいた中央通路とは逆方向にばかり顔を向けていた。そちらにたつやがいたからだ。
彼はどうやって私の存在に気づいたのだろう。

「見なくてもわかるんすよ僕には。こないだも電話したらたまたま近くにいたでしょ? あれ実はわかってたんです」

私がホームレスのシゲルに会いに行ったときの話だろう。
嘘つけ、と思ったがなんとなく言葉にするのを躊躇った。

「嘘つけ、て言ってくださいよ」

「え?」

「そんなわけないじゃないっすか。あのときはほんまにたまたまで、今日はトイレに行こうと思ったら背中が見えて」

私が駐車場へ戻っているとき、丸山は席を立ち、トイレへ向かうために中央通路へ出た。そこで私の後ろ姿を見つけたということらしい。
ただ、後に電話をかけてきたということは、すぐに駆け寄れる程の距離ではなかったということではないだろうか。

「それでよく俺ってわかったな」

「いや、その時点ではまだわかってなかったっす。なんか似てるな、くらいで。ていうか別人やと思ってました」

よくわからず、私は丸山の方へ顔を向ける。彼は携帯を操作し、画面をこちらに向けた。私の後ろ姿が写っていた。

「どこ行くんすか? て電話で言ったのは冗談で、『何なん急に』てウザがられるのを期待して言ったんです。そのときにこの写真送ってやろうと思って」

どうやら彼は、私が違う場所にいるという前提で電話をかけてきたらしい。

「で、その写真送って、ほんで、いやいやパチ屋いますやん、て?」

「はい。おちょくろうとしてました」

「何やねんそれ」

「いや、だってめっちゃ似てたから」

「俺やからな、それ」

似てるもクソも無い。反射的に出た指摘に、車内の空気がフッと軽くなるのを感じた。

「声かけてくださいよー、水くさいですやん。なんで行こうとしたんすか。てかいつからおったんすか?」

丸山は私が来た理由を知らない。
とはいえ、車内に入って来たとき様子がおかしいことには気づいたはずだ。だからいつもの調子ではなく、黙ってただ助手席に座った。
そもそも私が丸山に声をかけず店を去ろうとしたこと自体、彼からすれば違和感のある行為だ。

今、二人の間にはいつも通りの空気がやんわりと流れている。このタイミングで私が、たつやに顔見られたらまずいやろ、と言えば話は終わるはずだ。本心は悟られず、この場を濁せる。

丸山は携帯をいじっている。緊張しているのは既に私だけのようだった。
何か言ってほしかった。
何でもいい、いつも通りの会話をあと一回したかった。そうすればきっと、いろいろ馬鹿馬鹿しく思える気がした。

しかし、彼は待っていた。
どういうわけか頭には、関係を壊すかもしれない言葉が浮かんでいた。
こんなときに限ってなんと私はポンコツなのだ。他の言葉が、なぜか一切浮かばない。
息を吸い込みながらまずいと思った。何に焦っているのか、次に吐き出す息に乗せ、私はいらない言葉を言おうとしている。
本当にいいのだろうか。いやいいわけがない。では私は、何をしようとしているのだろう。
心拍が激しくなっているのを感じる。どうやら本当に言うらしい。
そして次の瞬間、ふわりと心が軽くなる。もう思い詰めることはないから、安堵しているのかもしれない。口を開きながら、頭の中ではあーあと思う。

「来た!」

息が詰まり、慌てて吐き出す。結局言葉を発することはできなかった。突然の丸山の声に、は? と思う。
丸山が手を挙げる。顔は車の外を向いていた。私もつられ、視線をやる。
ドンッと胸に衝撃が走る。たつやがいて、思い切り視線が重なった。彼は笑顔を向け、軽く頭を下げている。車のシートをギュッとつかんだ。私は何を見ているのだ。

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