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「ポイント奴隷」解放宣言

パン屋で愕然としてしまった。
自分がとんでもないことをしているのではないかと。

ついさっき、明日の朝食を買おうと近所のパン屋に寄ったのだ。近所では人気の店で、いつも会計で並ばないといけない。
列に並んでいるあいだ、スマホでヤフーニュースをながめていると、「しっかり議論して時給1000円に」と岸田首相が意気込んでいる記事があった。
店内を見回すと、案の定アルバイト募集中の貼り紙がしてあり、時給1100円と書かれていた。
すぐに自分の番になった。パンの3つ乗ったトレーを差し出して、
「suicaで払います」と告げる。
支払いをすませてから、スマホに視線を戻そうとすると、
「●ポイントカードはお持ちでしょうか?」と聞かれた。
財布から取り出したカードを店員さんに渡して記事の続きを読む。
そこには、SNS上の国民の不満が紹介されていた。
「国会議員の賃金を時給1000円にしろ」とか。
「たった40円時給を引き上げることすらしっかり議論しないと決められないの?」とか。
どうやら、全国平均を961円から1000円に上げる努力をしているそうだ。
読み終えたとき、パンの包装はすでに終わっていて、てきぱきと働く店員さんはポイントカードを機械にかけてくれていた。
パンはまだ焼きたてのようで、袋の開いた口から、さつまいもパンの香ばしい薫りが漂ってくる。少し幸せな気分になった。
店員さんが、「ありがとうございました」という言葉とともにポイントカードと控えを渡してくれる。
彼の応対は完璧だった。しかし、ポイントカードの控えを見て愕然としたのだ。
付与されたポイントは5ポイント。
たったの5円相当なのである。

当たり前だろと思われる方も多いかもしれない。パン三個、500円程度の買い物なのだから、1%分のポイントは5ポイント、5円分である。
愕然としたのは、ポイントの少なさではない。ヤフーニュースをうなずいて読んでいた僕が、真逆の行動をしていたことだ。

5ポイントの犠牲者たち

僕が財布からカードを出して、店員さんに渡す。店員さんが受け取って手元で処理をしてから機械にかける。通信を待つ。カードを引き抜いて控えとカードを僕に渡す。どんなに短く見積もっても20秒はかかっていたと思う。
20秒で5円。1時間900円にしかならないのだ。
最低の時給を1000円に上げようとしている現在、僕は時給900円で働かせてしまったのである。しかもこの5円は店が儲かるわけではなく、僕が儲けるのである。

僕の5円のために、店員が20秒働く。
それだけではない。後ろには5人並んでいた。彼らの20秒も奪っていることになる。
その中に秒速で1億円を稼ぐ与沢氏がいれば、
「俺の20億円どうしてくれるんだよ」と怒鳴られそうである。

(筆者は上の本を勧めていない。念のため。)

こう思う人もいるかもしれない。
「他の人が待とうが、店員を余計に働かせようが、そんなのは関係ない。自分のポイントを貯めて何が悪いんだ」

しかし、実態は付与される人自身も得をしていないのだ。

共通ポイントカードのからくり

少しポイントカードのシステムについてお話ししたい。
東京で買い物をするとだいたいどこに行っても、「ポイントカードをお持ちでしょうか」と聞かれる。
店舗独自のポイントカードを作っているところもあるが、大企業が作っている共通ポイントカードの加盟店になっているケースが多い。
ここでいう共通ポイントカードとは、おなじみのTポイントカード、dポイントカード、楽天ポイント、三井ショッピングポイントなどがある。
場合によっては、一回の買い物で2種類のカードにそれぞれポイントを貯められることもある。
ポイントカードを発行してくれる会社がお金を出してくれてポイントの分だけ値引きを受けられるのであればありがたいのだが、そんなはずがない。
ポイントの原資として、加盟店が1%以上の手数料を支払っているし、その手数料分も含めて、僕らの買う商品の価格が決まっている。商品を購入するときにポイント分の金額をすでに支払っているのである。それだったら、1%分値下げしてくれた方がうれしい。

にもかかわらず、ポイントシステムが採用されるには理由がある。主に次の二つだ。
一つは、店が客を囲い込めること。もう一つは、プロスペクト理論によって僕たち客も幸せを感じていることだ。

プロスペクト理論と まやかしの幸せ

プロスペクト理論というのは、要は僕らが合理的に行動していないという話らしい。人間は目の前にある損失を回避することに重きをおいて行動している。
たまったポイントを使わないともったいないと思うし、期限がせまっているとなおさらのことである。その心理をうまく利用してポイントカードは設計しているらしい。
商品の価格の一部として、ポイント分を先に支払っているにもかかわらず、ポイントがもらえると喜んでしまう。
トータルでは同じことでも心理的にうれしいなら、それはそれでいいことだ。しかし、それによって、自分や店員、待っている人たちの時間を奪うのだとしたら問題だろう。

先日、駒沢公園で行列に並んだことがあった。
餃子フェスをしていて、人気の店舗の前には長蛇の列ができていた。直射日光がじりじりと肌を焦す中、20組ほどが待っていて、うんざりした気持ちになりながら並び始めた。
ところが、行列はスイスイ進み、10分も待たずして餃子にありつけた。現金決済ができず、電子マネーとクレジットマネーの決済に限られていて、会計に時間がかからなかったのだ。餃子は大きな鉄板の上で大量に焼かれるので、餃子ができあげるのを待つことはなかった。これがもし、ポイントが付与するお店だったらどうだろう。単純計算して2倍の時間がかかり、20分は待つことになったはずだ。
ポイントが付与できないおかげで、待ち時間が短縮されたのだ。

一方で、ポイントが付与できないと店側は困る。さきほどのパン屋にしてみれば、客を囲い込むことができない。しかし、本当にそこまで効果があるのだろうか。自分の店独自のポイントならいざしらず、共通ポイントの有効期限がせまったからと言って、僕はパン屋には駆け込まない。そのポイントは他の店でも使えるからだ。
そして、ポイントがたまることを喜んで、そのパン屋を選ぼうともしないだろう。なぜなら、どの店に入っても、なんかしらのポイントが貯まるからだ。dポイントが貯まらなくても、Tポイントが貯まる別のパン屋にいけば問題ない。
店で働く人も大変だと思う。決済方法でさえ何通りもあって複雑なのに、レジ係はポイント付与も行わないといけない。従業員が働く時間は増えるから、店側も支払う賃金も増える。
お店側にメリットがあるとすれば、購入履歴などの顧客データを残せることくらいだ。もちろんカードを発行する会社はもっと膨大な個人データを手に入れている。

ポイントカード廃止令のススメ

ここまでの話をまとめてみる。
僕らが支払う商品の価格には手数料が含まれている。手数料をポイントとして取り返すためにポイントカードを作り、個人情報を抜き取られるのだ。さらに待ち時間を増やしている。
個人情報が抜き取られるとマイナカードで大騒ぎするなら、こっちの事実にも気づいた方がいい。
しかしながら、自分だけ抜け出すことはできない。僕ら客にとっては、自分だけポイントを貯めなければ損をしてしまうし、加盟店にとっては、自分の会社だけ共通ポイントカードを使わなければ、他の店に客を取られてしまう。
僕らはポイントシステムという監獄に閉じ込められているのだ。
いっそのこと、共通ポイントカードの制度を禁止したらどうだろうか。

これを書いている間にも、ポイントのメールが届いた。6月末で失効するポイントが660円分あるそうだ。何かに使わないと損してしまう。
僕らはポイントの奴隷なのだ。

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読んでいただいてありがとうございます。
田内学が、毎週金曜日に一週間を振り返りつつ、noteを書いてます。新規投稿はツイッターでお知らせします。フォローはこちらから。


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