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「きみのお金は誰のため続編(仮)」プロローグver0.1

2023年10月8日に「きみのお金は誰のため」の予約が始まってから、半年が経った。当初目指していた100万部にはまだ遠いのだが、おかげさまで19万部に達した。

数字の奴隷

5年前まで、為替レートや債券先物、10年スワップレートなどの値動きを、じーっと見ながら過ごしていた頃とは生活が大きく変わった。
しかしながら、数字を気にしながら生きているという意味では本質的には変わっていない。毎日のように紀伊國屋やTSUTAYAのランキングを見ながら、一喜一憂しているのだ。
「お金の奴隷になるな」と本の中ではえらそうに書いていても、自分は数字の奴隷なのである。

自分の本を知ってもらうには、書店で平積みにしてもらわないといけない。せっかく平積みにしても、売れないと目立たないところに移されてしまう。書店で買ってもらうためにも、メディアにでて話したり、対談をしたり、経済の記事を書いたり、書店イベントを開いてもらったり、書店ポップの開発をしたり、日々頭を悩ませている。
さすがに、半年もそんなことばかり考えながら、売れ行きを気にしていたら、疲れてしまった。

意識を他のことに分散させるためにも、続編を書き始めることにした。構想は、まだぼやっとしか浮かんでいないのだが、プロローグを書いた。とりあえず書いてみることで、物語が動き始めることもある。

というわけで、以下、試しに書いてみたプロローグです。

プロローグ

ーーーーーーー

「きみの話ってさ、詐欺師の銀行員みたいだね」
男性面接官の言葉が、張り詰めたグループ面接の空気を切り裂いた。リクルートスーツに身を包んだ学生たちは、突然の非難に息を飲んでいる。
“きみ”と呼ばれた長尾隼人は、打ちのめされそうになりながら、なんとか反論の言葉を探そうとした。しかし、その非難の意図がさっぱり理解できない。自分は、極めてまともな志望理由を伝えたつもりだった。

―少子高齢化により、日本経済の未来は不透明です。ですが、日本には1200兆円もの莫大な貯蓄があります。これらが投資に流れれば、日本経済の未来は明るくなります。僕たちの未来を考えたときに、貯蓄から投資への流れを作り出すことは必要不可欠です。それを実現するため、僕は御社の一員として貢献したいのです。

ネットで見つけた情報を基にして、AIにも添削してもらったから、内容には自信があった。だが、それが自分の本心からではないとバレたのだろうか。工学部で機械いじりをしている自分が投資に関心を持つことが、嘘くさいということだろうか?いや、違う。正確には、「詐欺師の銀行員みたいだ」と言われたのだ。だとすると、貯蓄から投資へというのが気に入らなかったのか?それもおかしい。投資にお金が向けられて悪いはずがない。そもそも、ここは証券会社だったはずだ。向かいの白い壁には、FSという赤いロゴが輝き、その隣にフェニックス証券と文字が堂々と書かれている。
詐欺師呼ばわりされたのは、二人いる面接官の一人からだった。
「あ、いえ。僕が言いたかったのは、」
とりあえず口に出したが、言葉が続かない。必死に手がかりをさがして、手元の手帳に目を落とした。そこには、さっき書き留めたばかりの二人の名前が記されていた。
“数原学 久能七海”
数原学。忌々しい面接官の名前を目にした瞬間。もう一人の面接官、久能七海が静かに話し始めた。
「ごめんなさい。数原の発言は不適切でした。気になさらないでください」
彼女の柔らかな声と優しい眼差しに、隼人は救われた。会議室を支配していた緊迫した空気が和らぎ、固唾を飲んでいた他の学生たちも少し安堵したようだった。
問題の核心は分らないままだったが、彼女のおかげで気持ちは少し軽くなった。やはり、数原の発言は、普通ではなかったのだ。いくらなんでも、詐欺師と呼ばれる筋合いはない。
ところが、再び緊張が走った。
「だけどさあ、投資ってのはね」
一同がほっとしたのも束の間、数原が話を続けようとしたのだ。
すると今度は、久能が即座にピシャリと言った。
「数学さん!」
優しかった彼女の目は、飼い犬をしつけるような目つきに変わっていた。
「あっ、ごめんごめん」
数学さんと呼ばれた男は、小さく軽く肩をすくめて見せた。
久能は新卒5年目だと言っていたが、彼はそれよりも10個は上に見える。にもかかわらず、素直に謝る彼の姿に、隼人はわずかながら好感を抱いた。彼は性格がきついわけではなく、空気を読まない人なのだろう。そして、その自覚があるように見えた。二人の絶妙なバランスと相互の尊重には、人間味が感じられた。
フェニックス証券に対して抱いていた冷徹な印象が、隼人の中で少し変化する。競争の厳しい会社で、人間関係が希薄なのだと思っていた。フェニックス証券は、世界最強の投資銀行とも呼ばれていた。
この会議室の窓からは、東京のビル群が一望でき、すぐ近くの東京タワーの展望台を見下ろすことができた。世界最強の名に恥じないようになのか、東京支店は日本一高いビルの最上階にオフィスを構えていた。非公開ながら年収も非常に高いと噂され、新卒採用の競争倍率は100倍を超えるともいわれている。
隼人の本当の志望理由はそこにあった。正直なところ、銀行と投資銀行の違いすら知らなかったが、投資銀行の年収が高いことだけは知っていた。ただ、お金にそこまでの執着があるわけではなく、元カノを見返したいという気持ちが大きかった。
ワンチャン狙いで申し込んだら、書類選考、筆記試験を突破し、グループ面接にまで漕ぎ着けたのだ。しかし、快進撃もここまでだ。もう腹をくくるしかなかった。

グループ面接は、久能の落ち着いた声にリードされて進んでいった。学生時代の挑戦と挫折、十年後の自分への期待、などについて質問されたが、挽回できるような話をすることはできなかった。
数学さんは、あれ以降、黙っていて、学生の話にただ頷くだけだった。彼の愛称の由来が、単に数原学という名前から来ているのではないと、最後になってようやく気づいた。
面接が残り5分ほどになったとき、数学さんがようやく口を開いた。
「最後に、僕から数学の質問です。といっても難しい話をするわけじゃない。小学生でもわかるような算数だけどね」
テーブルの上にころんと何かが転がった。5人の視線が集中する。それは、小指の先くらい大きさのサイコロだった。6を示しているのが辛うじて見えた。
「このサイコロをもう一回、転がしたときに、再び6が出る確率はどれくらいだと思う?」
数学さんの質問はたったそれだけだった。
「はい!」と威勢よく手をあげたのは、チアリーディング部でキャプテンを務める女子学生だった。
「100%です。私は大事なときには、必ず6を出せます」
ウケを狙ったのか大真面目なのかわからないが、笑いを誘ったのは間違いなかった。それまで冷静な対応をしていた久能の顔からも笑みがこぼれる。数学さんだけは表情を変えずに、「そうですか」とだけ言った。
次に、冷静沈着を絵に描いたような男子学生が「もちろん、6分の1です」と答えた。
あわてた別の学生がすぐに続く。
「僕も6分の1だと思います。典型的なベルヌーイ過程のお話ですよね。それぞれの試行は独立ですから、1回目の試行とは関係ないはずです。僕はこういった論理的思考には自信があります」
一緒には働きたくないタイプだな、と隼人は思った。だけど、採用されるのは彼みたいな賢いタイプなんだろう。どのみち、自分には向いていない会社だったのだ。
隼人が手帳を閉じようとしたとき、意外にも数学さんが声をかけてきた。
「で、きみはどう思うの?」
6分の1が正解なのだろう。しかし、最後なので、思ったことを言ってみることにした。
「もしかしたら6が出やすいのかなって思いました。あ、いや、細工がしてあるとかではなくて。僕は機械が好きなんで、自分で部品も作るんです。だけど、精密に作るのって難しくて、多少は偏るんです。ちょうど6分の1でそれぞれの目が出るサイコロを作るのって難しいなって思っちゃって。関係ない話ですみません」
数学さんは僕の目をじっと見つめたまま、少しあごを上げた。
「そう。そこだよ」
心なしか笑っているようにも見える。
「数学でね、一番大事なのは前提条件だよ。論理的思考力なんてのは、十何年も学校に行っていれば誰だって身についている。大事なのは条件を見つけることだよ。難しそうに見える社会や経済の話も、前提条件さえわかればシンプルに見えてくる」
グループ面接はそれで終わった。

「シンプルに見えるのか」
面接からの帰り道、地下鉄に乗った隼人は、数学さんの最後の言葉を思い出していた。自分には社会の仕組みも経済の仕組みもよく分からない。就活のために経済新聞を読むようになったが、分からないことだらけだった。株価、物価、賃金、円安、どれもが複雑すぎる。数学さんの目からは、その世界がどのように見えているのだろうか。
子供のころに見た情景が、ふと蘇った。
父の大きな手がドライバーを握り、携帯ラジオを分解する。
「これがコンデンサーで、こっちはトランジスタだ」
そこには初めて見る世界が広がっていて、父が指差したそれぞれの部品を、隼人は夢中で眺めた。見たこともない電子部品が複雑に絡み合っているのに、父はその世界のことをなんでも知っていた。
できることなら、面接をもう一度やり直したい。今度こそは、本心から志望理由を言える気がした。

3日後、数学さんから電話があった。

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読んでくださった方、コメントなどもらえると嬉しいです。

なお、このプロローグは今後、何度も書き直されて、完成する頃には元の文章の跡形もなくなっているだろうし、登場人物も変わっていると思います。

(この先は有料部分。今週の活動記録やこぼれ話)

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