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”本気”の感染が、可能性を無限大にする

”けっ、けど、園部くんは、今、本気で言った、本気で言ったことは、本気で、きっききき聞かないと、だっ、だめなんだ”

重松清「青い鳥」

重松清さんの短編小説『青い鳥』は”いじめ”に本気で向き合う教師の話だ。主人公の村内先生は、強度の吃音のせいで話すのが苦手だが、言葉を絞り出し、「本気の言葉は本気で聞かないとダメだ」と生徒に伝える。そのメッセージ自体も本気だ。社会学者の宮台真司さんも言っている。「本気は感染していく」と。

だけど、現実世界では本気同士の会話が成り立つことは滅多に存在しない。だからこそ、出会えたときは本当に貴重だ。


3年前、2019年の夏。
本を書きたいと思っていた僕は、原宿にある佐渡島さんのオフィスを訪れた。佐渡島さんは、『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』『君たちはどう生きるか』など数々の大ヒット作を生み出してきた有名編集者だ。

予定より5分ほど遅れて彼との面談は始まった。
まずは、僕が書きたいと思っていたお金や経済の話についてまくし立てるように説明した。息継ぎもしないくらい早口になったのは、約束の時間が30分だけだったからではない。極度の緊張によるものだ。
出版業界を知る友人から、事前にアドバイスを受けていたせいだ。

「まさかとは思うけど、高校の後輩に会うノリで会うんちゃうやろなぁ。『この人は本を書く才能ない』って佐渡島さんに思われたら、この業界の敷居は二度とまたげないと思った方がええで」
 
図星だった。

面識はなかったが、たまたま佐渡島さんは同じ高校の一つ下の後輩だったから、軽いノリで会うつもりでいた。しかし、この友達の言うとおりだ。このチャンスを逃したら、本の出版へと続くかもしれない細い糸がぷつりと切れるだろう。心を入れ替えた僕は、周到な準備をしてこの面談に臨んだのだった。
 
そんな僕の話を聞き終えた佐渡島さんはこう言った。

「田内さんの語る経済の話が他の人と違うのはわかります。だけど、何を言っているかよく分からない。でもそれは言語化できたらきっと面白いってことなんだと思います」
 
このときの会話や、その後に佐渡島式”虎の穴”に入って本の出版に至った話は、以前にもノートで書いた。


しかし、このときの会話には続きがある。

佐渡島さんが信頼に足る人物だと感じた僕は、本心を伝えた。
僕の目的は本を出版すること自体ではない。本気で社会や政治を変えたいから本を書きたいんだと。

彼は僕の目をじっと見据えたまま答えてくれた。

「田内さんの主張が正しいなら、安倍さんにだって伝わります」

リップサービスとして捉えるべきか、本気として捉えるべきか。
計りかねた僕は、
「安倍さんって、安倍総理のことですか?」
と少し驚いた顔をして再度聞いてみる。

「ええ、安倍総理にも伝わりますよ。それが文章を書くということです」

相変わらず真顔だった。

「伝わるかもしれませんよ」ではない。
「伝わりますよ」と言い切っている。
普通に考えたら可能性がゼロに近いたわごとを平気で口にしているのだ。
だけど、彼の中では確度が高いのだろう。彼自身、自分の信じる道を疑うことなく邁進してきたから、これまでも数々の大ヒット作を生み出せたのだと思う。

何よりも嬉しかったのは、「社会や政治を変えたい」という”本気”を打ち明けた僕に、「安倍さんにだって伝わります」と”本気”で答えてくれたことだ。
もちろん、安倍さんに伝わったとしても、政治は変わらないかもしれない。だけど「安倍さんに伝わる」ことは、僕にとって大きな意味を持つことになった。
彼の期待に応えるためにも「安倍さんに伝わる」ように、全力で本を完成させようと決意したのだった。
佐渡島さんが「青い鳥」の村内先生に見えていた。本気は感染し、さらに増幅していた。

当人同士がいかに本気でも、側から聞いている人には笑いの種にしかならない。だから、以前のnoteでは書かずに、実現した今だから書くことにしたのだ(僕はケツの穴が小さい人間だ)。

このときの会話は幾度となく僕の脳内で再生されて、本を書くときの支えになった。


2019年12月31日。
半年も経たないうちに、安倍さんに会う日は突然やってきた。

すでにゴールドマンサックス証券を退職していた僕は、六本木グランドハイアットホテルのオープンテラスで、元同僚とお茶をしていた。大晦日ということもあって、店の前のけやき坂を歩く人はまばらだった。
最近の社内政治の話を聞いていると、複数のSPを伴って歩いてくる集団が見えた。安倍さんと奥さんの昭恵さんだった。思わず手を振ってみると、なんと安倍さんがこっちへやってくる。
テーブルまで来て気さくに話しかけてくれた。年末はいつも、家族でグランドハイアットホテルに滞在してゆっくり過ごすのだと言っていた。
 
次の日の新聞の首相動静には、こんな一行があった。

午前11時34分、同ホテル(グランドハイアット東京)発。昭恵夫人と周辺を散歩。通行人と写真撮影。

2020年1月1日朝日新聞「首相動静」

本が完成していれば、名刺がわりに本を渡せただろうに。このときは写真をとってもらうことくらいしかできなかった。いつの日か、通行人ではなく、“田内学”と認識してもらって、財政問題に関する僕の意見を聞いてもらいたいと決意を新たにしたのだった。

安倍総理(当時)と通行人


その後、2年の月日を経て(詳しくはこちらのnote参照)2021年9月に初の著書『お金のむこうに人がいる』がダイヤモンド社から出版された。
がんばって書いた甲斐があり、本が出版されると多くの反響をいただいた。
本の中でも触れている年金問題については、厚労省年金局から連絡をいただき経済誌で対談したり、今年から始まる金融教育について金融庁で講演させてもらったり、「新しい資本主義」の考え方の基礎になるということでZホールディングスCEOの川邊さんにも推薦をいただいた。

ところが、肝心の安倍さんには一向に伝わっている様子はない。
折しも2021年11月号の文藝春秋に、矢野財務次官が財政破綻を危惧する論文を寄稿して、自民党内でも安倍さんを中心に財政問題の議論が再燃していた。

2021年の文藝春秋11月号に掲載されたいわゆる矢野論文
現職の財務事務次官が政府を批判するのは異例のことで大きく注目された

冷静に考えてみて年間7万冊もの本が出版されているのだ。本を出したところで簡単に伝わるはずがない。そりゃそうなのである。
 
さて、どうすれば安倍さんに伝わるのか。僕には政治家との接点が全くない。教科書に出てきた田中正造ばりに直訴でもするしかない。
大晦日にグランドハイアットホテルに張り込んで、休暇中の安倍さんに直接本を渡すことすら考えた。当初意図していた「安倍さんに伝わる」とは違うが、本を渡すことで自分の気持ちに折り合いでもつけようかと思ったのだ。



しかし、大晦日を翌週に控えた12月22日に急展開を迎える。

見知らぬアドレスからメールが届いた。その文面を読んで思わず「マジか」と声をあげた。

それは、参議院議員の西田昌司氏からのメールだった。
自民党政調会で財政政策検討本部の本部長を務める西田議員が、自民党本部での講演を僕に依頼してきたのだった。共通の知人から連絡先を聞いたらしい。
消えかかっていた「安倍さんにだって伝わります」という佐渡島さんの言葉が現実味を帯び始める。
 
メールを読んだ1時間後には永田町の議員会館で西田議員本人の前に座っていた。人生いつ何が起きるかわからないものだ。
西田さんは、長年財政問題を専門に扱っていて、僕の本の内容を紹介する記事を読んで、興味を持ってくれたらしい。

西田さんによると、いま、財政問題に関して自民党内で意見が二つに割れているという。政治の話に疎い僕は、脳内では勝手に巨人VS阪神の構図に置き換えて聞いていた。

自民党内にある二つの財政本部

巨人軍は、「日本政府の借金をこれ以上増やしてはいけない」と主張する緊縮財政派で、財政健全化推進本部という勉強会を開いている人たちだ。どうやら、政治家の中では“勉強会=同じ政策目標を掲げるチーム”という位置付けのようだ。主要メンバーは、岸田総理や、本部長を務める額賀元財務大臣。監督にあたる最高顧問は麻生副総裁。バックには読売新聞ならぬ、財務省がついている。
一方の阪神は、「経済成長のためには必要なお金は使うべきだ」と考える積極財政派で、財政政策検討本部というチームを作っている。こちらの主要メンバーは、高市早苗さんや目の前にいる本部長の西田さんなど。監督(最高顧問)は安倍元総理。安倍さんは中心的な論客でもあり、選手兼任監督として活躍した阪神の藤村富美男のような存在だ。
ちなみに、藤村監督は「代打、ワシ」と告げて、代打逆転満塁サヨナラホームランを打ったことがある。

阪神タイガースで活躍する往年の藤村富美男


マスコミは、麻生さんと安倍さんが袂を分かったかのような報道をしていたが、両財政本部が対立構造になっているわけではなく、麻生さんと安倍さんは相変わらず仲がいいという話もされていた。
どうでもいい話なのだが、麻生さんがこういう発言をしていた、と西田さんが教えてくれるときは、毎回麻生さんのモノマネをしてくる。口を歪ませながら、声色を真似るのだ。この後、多くの議員と話す機会があったが、麻生さんの話が出てくると7割くらいの議員は口を歪ませながら、モノマネをする。これは「政治家あるある」なのだろう。
 
話を戻すと、西田さんの依頼は、自民党本部で開かれる財政政策検討本部(阪神陣営の勉強会)で講演してほしいとのことだった。国債の暴落について空論を語る経済学者は多いが、実際に国債マーケットを熟知している人はほとんどいないらしい。マーケットの話を中心に安倍さんたちに説明してほしいということだった。
 
ゾクゾクした。佐渡島さんの予言が実現するのだ。

佐渡島さんの声が再生される。

「ええ、安倍さんにも伝わりますよ。それが文章を書くということです」



2月1日、自民党本部でしっかり講演させていただいた。
安倍さんや高市さんをはじめ数十人の政治家の方々を前に講演するのは緊張したが、かなりの反響をいただけた。怯むことなく、著書から引用した3択クイズを政治家の皆さんに出題したのも受けたようだ(アドバイスしてくださった田中さんには感謝している)。

安倍さんたちに出題した3択クイズ

学生向けの講演ならともかく、政治家向けに講演で初っ端にクイズを出すなんてよほどのレアキャラだろう。
これによって、田内学=#勉強会でクイズを出してきた若造 というハッシュタグがついたようだ。名前も覚えてもらい、その後、いろんな政治家の勉強会でも呼ばれるようになった。

僕の好きな漫画『バクマン』にこんなシーンがある。
 ドラゴンボールの初代担当編集者の鳥嶋取締役が、人気漫画家を目指す主人公にこんなアドバイスを送る。

漫画「バクマン」の1シーン

可能性は無限にあると考えれば、本当に実現するものなのだ。
そして、それを僕に信じさせた佐渡島さんはすごい人だと思うのだ。
 

安倍さんには伝えることはできた。
しかし、元々の目的は社会や政治を変えることだ。まだ何もできていない。
僕一人ではできることは少ない。
だから、僕も”本気”に感染してくれる人を増やしたい。より多くの人に伝えるために、著書『お金のむこうに人がいる』の小説版を執筆している。
発売前には、noteでも無料公開していこうと思っている。


久しく休んでいたnoteもこれからは毎週金曜日にupdate していきますので、フォローしていただけると励みになります!


(おまけ)
と、note の投稿ボタンを押そうと思っていたら、佐渡島氏がこんな発案をしてきた。
「田内さん、小説書くならマンガを勉強したほうがいいです。半年間、コルクスタジオのマンガ専科で学びましょう」
いつものとおり純真無垢な真顔だ。彼の本気に”感染”せざるをえない。
先週から50人いる第7期生の一人としてマンガを学び始めた(本気で学んでます、念のため)。

しかし、ここでぶったまげたことがおきた。

同期に関口メンディーーがいるのだ。そう、EXILEの関口メンディーーだ。
書き間違えたわけではない。間違いなくマンガ専科に入ったのに、EXILEがいる。
おそらくメンディーーさんも佐渡島さんの”本気”に感染したのだろう。彼も本気でマンガを勉強しようとしている。
佐渡島さんという男はなんなのだろうか。
カオスだ。
マンガの修行が終わる半年後、こんなことを言われても僕は驚かない。

「田内さん、今度はランニングマンを踊れるようになりましょう」

可能性は無限大だ。


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読んでいただいてありがとうございます。毎週金曜日に一週間を振り返りつつ、noteを書いてます。新規投稿はツイッターでお知らせします。フォローはこちらから。

安倍さんに出したクイズの他にも
経済の本質を問う14問のクイズを掲載しています
著書「お金のむこうに人がいる」


コルクラボマンガ専科で描いたマンガ
【本気は感染する】


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