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まっすぐに強がっていたい

一日中パソコンと向かい合っているだけなのに、何をこんなに疲れることがあるのかと、毎晩自分の体にうんざりする。リビングの片隅にとりあえず設置した簡易デスクで、しっかりしたオフィスチェアではなくunicoで買った見た目重視のダイニングチェアを使っているからなのか。

でも、どうもオフィスチェアは重心が安定しなくて、背筋を伸ばすのが難しい。どこに体の真ん中をあずければいいのか分からなくて、背中が丸まってしまう気がする。


幼少期、といっても小学校高学年くらいのころまで、わたしはすぐに背中を丸めてしまう子どもだった。好きなことは読書、好きな音楽はミスターチルドレン。その年代の子どもにしては渋く、落ち着いたものを好む子どもだった。(いや、いいように言い過ぎているから普通に書くと、陰キャだったのだ。クラスの一軍女子とは程遠い、メガネの陰キャ女子だった。互いに友達だと認識していた存在もひとりだった)

あの当時の社会といえば学校がすべてだった。だからこそ、学校でのカーストの低さはわたしの自意識も低くした。当時はカーストなんて考え方を知らなかったので、自分の根暗さと社交性のなさにうんざりしていただけだったけれど。

自分のような存在が背筋をしゃんと伸ばして生きていくのはなんか違う、となんだかよくわからないことを考えながら、いつも背中を丸めて本を読んでいた。


祖母の家で食事をしていたとき、「背中丸くなっとる。背筋、しゃんと伸ばしな」と言われた。なんだかわたしは恥ずかしくなって、反抗的な目で「なんで?」と聞いた。変な反抗だ。普通に受け入れればいいのに。

祖母は、「ごはん、おいしくなるよ」と言った。

背筋と味覚が関係しているとも思えないが、なんとなく説得力のようなものを感じて、背筋をまっすぐ伸ばして祖母の作ったごはんを食べた。

本当においしくなったのかどうか、そのあと祖母とどんな会話をしたのかはまったく覚えてない。でも、そのときはじめて、意識的に背筋を伸ばしたことを覚えている。けっこう突飛なことを言う人だったから、本人はこんな注意をしたことも忘れてしまっているだろうけれど。

そこからわたしは、背中が丸まっていることに気付いたら、意識的に背筋を伸ばすようになった。背中をまっすぐにして、お尻にきゅっと力を入れて、顎を引く。

そうして背筋を伸ばして見る世界は、大きく変わったことはなかった。けれど、わたしが背筋を伸ばしたところで、「陰キャのくせに背筋伸ばすな」と言ってくる人はいなかった。クラスの一軍女子も、いつまでも子どもみたいにうるさい男子も、誰も気にしていなかった。

人間ってほかの人間にそこまで関心がないんだな、あんまりどう思われるかなんて気にすることないな、とほっとしてすこしだけ生きやすくなった。

わたしは祖母の家によく泊まりに行って、たくさん散歩をした。祖父のお墓参りという名の散歩。山の上にお墓があるから、散歩という名の、登山。

毎朝、多いときは一日に朝夕二回、祖母と登山をした。従兄妹みんながいるときは、みんなで歩くのも楽しかったけれど、ひとりで泊まったときの、わたしと祖母、ふたりで歩く時間が好きだった。

学校のこと、家族のこと、友達のこと、なんでも話せた。祖母に弱いところを見せたくなくて、友達がたくさんいるように、明るい自分が主人公であるかのように、すこしの嘘で装飾した話をした。祖母はいつもちゃんと聞いてくれた。山の麓、線路を跨ぐ歩道橋の上で、たくさんの話を聞いてくれた。

まだ始発の走る前の静かな歩道橋、夕日で照らされたボロボロの歩道橋。祖母と何度も渡ったあの歩道橋は、いまもまだ線路の上に架けられているのだろうか。


デスクワークが続いて肩こりに悩まされたり、自分の背中が丸まっていると、いつも祖母に言われたことを思い出す。

しゃんと背筋を伸ばそう、と。

ごはんがおいしくなるかはいまでもよく分からないけれど、背中を丸めているよりしゃんと伸ばした方が、すこしだけ強くなれた気がするし、まっすぐに前を見れる気がして、いいもんだな、と思う。たぶん血流も良くなるし。祖母には大事なことを教えてもらったな、と思う。


こんな風に書いておいていまさら言い出しにくいけれど、祖母は存命である。生きているから、会える。

もう自由に歩くことはできないから、一緒に歩道橋を渡って、登山をすることはできない。

一緒に登山をしたあの頃からもうだいぶ遠くに来てしまったけれど、背中が丸まってしまっていることに気付いたとき、誰かに何か話したいことができたとき、わたしはいつも祖母のことを考える。

あの歩道橋で祖母にたくさん話をした時間のことを思い出す。祖母をひとりじめして、ふたりで歩きながら、嘘を織り交ぜたわたしの話を、きっと分かったうえで聞いてくれていたあの時間を思い出す。


病院のベッドで、背筋をしゃんと伸ばして、「病院のごはんもけっこうおいしいよ」と笑って言った祖母。弱いところを見せようとしない祖母。ああ、この人はわたしのばあちゃんだな、と思う。

背中を丸めてデスクワークをして、バキバキになった体が悲しい。わたしも強くありたい。運動しよう。ストレッチしよう。背筋をしゃんと伸ばして、ごはんを食べよう。


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