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うすうす知っていたよの寿司の部分

登場人物

直(なお)   [坂本直 @sakana2001] 1999年生まれ
那沙(なさ)  [najax @xxqjuawc] 2003年生まれ
九郎(くろう)  [残機 @zanky_sub] 1999年生まれ
庵梨(いおり)  [いお @aradi00] 1997年生まれ
丸(まる)   1999年生まれ

1  直と丸  一年前

「部分ツイートっていうのは」
 直は丸に説明する。なるべく丁寧に。
「全体の中に部分を見つけて、何とかの何とかの部分、をつくる遊びのこと。全体も部分も、一つの単語の場合もあるし、文章の形になっていてもいい」
「へえ」
「そんな部分があったんだ、という意外性が大事」
「おう、完全に理解した」
 丸の返事は威勢がいい。
「たとえば、かき氷の記号の部分」
「待ってくれ。かき氷の中にあるのは『きごお』であって『きごう』ではないよな。俺はそれ納得できないな」
 丸は思ったことを率直に相手に伝える。
 直は例が悪かったことを反省しつつ、丸がゲームのルールをちゃんと理解していることに安堵する。
「オーケイ、その辺の判定はひとそれぞれでいい。じゃあ、寿司職人の司書の部分」
「おお、たしかに寿司職人の中に司書があるな」
 丸の反応に直はうれしくなる。
「ある職業の中に別の職業が隠れている。これ意外性」
「でも司書の司は元の寿司職人にもあるから、その分安易かもしれん」
 率直な物言いが人によっては失礼に感じられるということを、丸は知っているのか、知らないのか。それはわからなかった。
「的確に痛いところついてくるよね」
「俺にもできそうだ」
「おっ、やってみて」
 直の期待を受け止めて、丸は少しの時間沈黙して部分を探す。
「虹の橋を渡るのをの部分」
「いや、それは」
「部分、ないか?」
「うーん」
 直と丸は大学の同期である。直も丸も成人してからしばらく経った後に入学しているから、他の同期よりだいぶ年上だ。入学したとき、十八から二十が大多数をなす一年生たちは、池に放り投げた砂利がたくさんの波紋をつくるようにしてそれぞれ人間関係の輪を作り、その輪が囲むどの領域からも疎外されて残った直と丸の二人は、自然とよく話す間柄になった。
 第一学年の終わりごろ、丸がアパートの家賃の滞納しすぎて野宿を覚悟しはじめた頃、見るにみかねて直が部屋の一つを提供したのがこの共同生活の始まりだった。
 直から格安の家賃を提示されて意気揚々と転がり込んだ丸は、最初、直の部屋が広いことに驚いた。大学から歩いて十五分ほどの場所にある3LDKのマンションに直は一人で住んでいた。賃貸ではなく、かと言って持ち家というわけでもなく、とある会社の好意で住んでいいことになっている家だという。工場の夜勤で学費と生活費をやりくりする日々の丸には別世界の住人に見えた。直は高卒認定をとってから縁故で入ったその会社に勤め、そこでの仕事に飽きて大学に進学することにした。直はそれ以上詳しい話を丸にはしなかった。
「作るのは難しいかもだが、部分ツイートが何かは多少わかった気がするぞ」
「ほんとかな」
「直はどんなのを投稿してるんだ」
「じゃあ見てもらおう」
 直が携帯端末の画面を丸に向けた。

najax @xxqjuawc  言った・言わないの対話の部分
残機 @zanky_sub  咳をしても一人のモヒートの部分
いお @aradi00  ファンタスティックビーストの乳首の部分
坂本直 @sakana2001  甲州街道の秋海棠の部分

「どうかな」
「お前、本名でSNSをやっているのか。大丈夫なのか、個人情報とか」
「これは非公開のトークルームだから大丈夫。で、どうかな」
「いや、読めない。しゅう……?」
「しゅうかいどう。カタカナにしたほうがよかったな」
「いやカタカナでもわからんよ」
 直は検索した植物の画像を丸に見せた。紅色の細い茎の先が枝分かれして、それぞれの先にうすいピンク色の丸い花びらが開いている。
「こんな花だったんだね。昔読んだ漫画でシュウカイドウっていうキャラクターが出てきて、それで知ってるだけ。はじめて見た」
「うーん、わかりにくいな。ぜんぜんいいねもついていないぞ」
「つかないよ」
「うん? そういうもんか」
 直の返答の冷淡さに、丸は何かまずいことを言ったらしいと感じた。
「ところで、他にもやっているやつがいるんだな」
 丸は直の携帯の画面に再度視線を落とした。
「彼らは昔からのともだち。しばらく会ってない。だからいいねもつかない」
「なぜだ。会うべきだろ」
「え? 丸だってそんなに友だち付き合いしないだろ」
「俺はな。でも、お前はいまともだちと言った。ともだちと言える人間がいるなら、会うべきだ」
「もうそういうのじゃないんだよ、なんていうか」
 直は言葉を探したが、諦めて、ほとんど物置のように雑然と物が放り込まれた本棚から、写真立てを取り出して丸に見せた。
 写真には日焼けした四人の子どもたちが映っていた。子どもたちの薄着と強い光から、夏の写真だとわかった。
 年齢には少しばらつきがあるように見えた。一番身長が高い少女が高校生くらいだろうか、一番小柄な女の子は小学校かもしれない。黒いTシャツを着て少し髪を伸ばした男の子と、テレビアニメのキャラクターがプリントされたトレーナーを着た短髪の男の子はその間の背丈だった。
「僕はこれ」と言って直が指さしたのは短髪の少年だった。
 丸は「ふうん」と言ってから指をあごに当てて、「おかしくないか」と言った。
「なんで」
「だってこのトレーナー、俺が子どものころやっていたアニメだ」
「だから?」
「おかしいだろう。時代が合わない」
「おかしくないよ。この写真は十五年前だからね」
「しかし直は……」
「僕は、老人に見える?」
「……そうだ」
「僕は君と同い年だよ。今年で二九」
 直の老化が加速し始めてから、すでに一年以上が過ぎていた。


2  庵梨  十五年前

 夜、四人はテレビの前にいた。
 そのころ毎週末に講習会が行われたホテルの、2階の廊下の突き当り。豪華なソファーがふたつと簡素な金属製のベンチひとつが不釣り合いに並べられたうす暗い空間に、四人は疲れ切った体を投げ出していた。空間の角に置かれた大型テレビは、土曜夜の長寿クイズ番組を流していた。その日のテーマは、アレクサンドロス大王の生涯について。番組のナレーターによると、数学者のユークリッドから「幾何学に王様だけが通る近道はございません」と言われたその王様は、プトレマイオス一世だそうだ。幼馴染であり主君であるアレクサンドロスが三二で死んだ後も、エジプトの王として八十を越えて生きた。主人が夭折しなければ、彼がファラオになることはなかった。大王の人生を後世に伝えるアレクサンドロス東征記は、プトレマイオスが残した大王の伝記がもとになっている、とナレーターが余韻を残す言い方で締めくくった後、番組はひと区切りしてスポンサーのCMが挟まった。
 朝の八時から夜の八時まで続いた講習は、それについて何か感想を漏らすだけの体力を四人に残していなかった。
「ファラオの」と言い出したのは、たぶん直だった。直はテレビの目の前の床に座り込んでいた。口をだらしなく開き、かぶりつくようにして画面を見つめて。
「洗お、の部分」
「うん?」
 ベンチに座った庵梨が疲れ切った体から渇いた笑い声を絞り出した。一番の年長者である庵梨の気遣いがなければ、この話は始まらなかった。
「知らん? Twitterでよく見るやつ。何とか、から別の何とか、を探して何とかの何とかの部分にすんの」
 四人の中で年齢が下から二番目の直は、いつも突拍子もないことを言い出して話題の中心になりたがった。
「頼むから黙ってくれ。頭に響く」
 九郎がソファーのひじかけに裸足の足をのせて仰向けになって、ブカブカの黒いTシャツから伸びた細い腕を折りたたんで、顔の上に手のひらを載せながらうめいた。
「じゃあ九郎は部屋で寝たらいーだろー」
 九郎が部屋に帰らないのは庵梨がいるからだ。
「直ちゃん、もっとやってえ」
「やってえ」の「てえ」の弱々しい響きが、ひょろひょろとその空間を漂った後、コカコーラの缶をすする音によってさえぎられた。家では許されていない炭酸飲料を堪能する那沙は、一人掛けのソファに鎮座する、幼くして戴冠した王様みたいだった。
「アレクサンドロス大王の草の部分」
 直はCMが明けて再開した番組の中で、司会者が口にした言葉の中から、簡単そうなものを選んで部分をつくった。
「草だけか」手のひらで顔を覆ったままの九郎がくっくと笑った。
「じゃあエクササイズの草の部分ってのは?」
「ありよ、ありあり」
 直は手をパンと叩いてから親指をぐっと上に立てて、九郎のアイディアをねぎらった。
「庵梨もなんか考えてよ」
 直は最年長者の参加を促した。庵梨は「うん」と言ってしばらく考えこんだ後、悪い顔で笑った。
「フィンランド留学の淫乱鳥の部分」
「お前マジでやめろ。小学生もいるんだぞ」
 九郎の反応が面白くて庵梨はさらに頭の中の辞書をバラバラとめくって新しいものを探そうとする。
「コインランドリーの淫乱鳥の部分」
「だから淫乱鳥って何だよ。淫乱鳥から離れろ」
「ワンコインランチのわんこ淫乱の部分」
「犬ならいいって話じゃない。やめろ」
「製薬会社の薬害の部分」
 那沙だった。
「気づかなかった」
 那沙の言葉に何と返せばいいか。三人は言葉を探しながらテレビの画面を見つめていた。テレビではクイズ番組のスポンサーである製薬会社のCMが流れていた。彼らの周りの大人たちが毎日のように軽蔑を込めて吐き出す会社名が、穏やかなナレーションとともに読み上げられる。
 父親がその会社の不妊治療薬を飲んでいた。それが彼らの共通点で、彼らがこの夜をともに過ごしている理由だった。
「うちのパパさあ、やばい薬だっていうのは何となく知ってたんだって。でもムコヨーシがタネナシだといろいろまずかったらしい」
 那沙以外、誰も言葉を見つけられないままだった。
 生まれた子供が二十代後半から急速に老化して早世してしまう現象とその薬に因果関係があるのではないか、という疑いは、その薬の販売開始時期を考慮すれば最初から50%くらいの濃いグレーだった。しかし製薬会社は薬の販売を停止するまで何年もその疑いを否定し続けた。直や九郎の生まれた頃には70%くらいになり、那沙くらいの世代だと出生時にはほとんど100%の黒になっていた。
「パパはぜったい効く薬だっていうのも知ってたから、たとえ三十年しか生きられない子どもでもいいやって。陽子さん、あ、陽子さんて那沙のママね。陽子さんはそれ後から知って、パパ殺しかけたっておばあちゃんから聞いた」
 短命を強いられた子供とその親が原告団をつくって製薬会社を相手に訴訟をはじめた。製薬会社は巨額な損害賠償を支払うことについては早い時期から受け入れる姿勢を示した一方で、薬の危険性を予測できたわけではないという立場を強硬にとりつづけた。その点を中心に、裁判は長引いていた。その間ずっと、製薬会社は個々の家族にこまやかな面談を行い、会社への「理解」を求めた。
 子どもが短い人生を有意義に使えるようにと毎週末に有名塾の講師を招いて学力向上のための宿泊付き講習会をホテルで開催した。海外体験のプログラムを無料で提供し、海外留学までカバーする奨学金の優先枠や、関連企業への優先的な就職枠まで用意した。そうやって少しずつ原告団の中に製薬会社の立場に親和的な考え方をするグループができた。四人はそのグループの家庭の子どもたちだった。
 彼らの親は、製薬会社をきびしく非難する立場の家庭からはなかば裏切り者のような扱いを受けていた。理解者を装って近づいてきた記者は自分たちのメディアで製薬会社の懐柔を受け入れる家庭の厚遇を書きたてて読者や視聴者の関心を引いた。会社の責任を追及する活動から身を引いた家庭の子どもには二十七歳以降に製薬会社が年金を支払う密約を結んでいる、などという噂までが世間に流布し、「理解」派の家族は世間からの冷たい視線にさらされた。一番バッシングがひどかったときに中学生だった庵梨はそれで学校に行けなくなった。
「ウワサがウワサを呼びの竿(予備)の部分」
 庵梨が十代前半の大半をインターネットでのエロハンティングに捧げた成果が沈黙を破った。
「竿カッコ予備て」
 九郎がまぶたの上に乗せていた手のひらを口に当て「やべえ」と言って笑った。
「お前、那沙の話聞いてたか?」
「いいね」
 那沙も満足そうだ。
 九郎は指の間から那沙の様子を見てから、「じゃあ」と言ってむくりと上体を起こした。
「副作用の草の部分」
 那沙がいいなら、いいのだ。
 九郎からの挑戦状を受け取った直は「うー」と低いうなり声を漏らしてから、「草花のサバの部分」と返した。
「サバ缶のバカの部分」部分の連鎖に加わった那沙がけらけらと笑った。
「idiotのいおの部分」庵梨は自分のことをいおと呼び、那沙にはいおちゃんと呼ばせている。
「下ネタのモネの部分」一周して九郎に戻る。あとは順番だ。
「クロード・モネのどうもねの部分」
「どうも失礼しましたの模試つれえの部分」
「偏差値9の恥丘の部分」
「地球科学の休暇の部分」
「夏休みのツヤの部分」
「ピカピカのカピの部分」
「カピって何?」


3  九郎  一か月前

いお @aradi00  バースデイケーキのassでイケの部分
いお @aradi00  崇敬対象の受け「痛い」の部分
najax @xxqjuawc  メキシコ湾の怖…の部分
いお @aradi00  家賃交渉のちんこの部分
いお @aradi00  趣の揉む気の部分
残機 @zanky_sub  フカフカの白熊のカフカの『城』の部分
いお @aradi00  全銀システムの前戯の部分

坂本直が入室しました

いお @aradi00  クックパッドのクパッの部分
坂本直 @sakanao2001  丸広夫だ 坂本直の同居人 直のアカウントを使ってここに書いている
残機 @zanky_sub  あ、張 九郎と申します
いお @aradi00  物価計算のぶっかけの部分
残機 @zanky_sub  @aradi00 ちょっと黙っててもらっていい?
いお @aradi00  @zanky_sub うん
残機 @zanky_sub  直に何かあった?
坂本直 @sakanao2001  直がいなくなった。もう一週間家に帰ってきていない
najax @xxqjuawc  だからって,もし彼の許可なしにそのアカウントにログインしてるんだったら不正アクセスだよ.
坂本直 @sakanao2001  直からは、何かあったら君たちに連絡してほしいとパスワードを聞いていた
残機 @zanky_sub  ここでもさいきん見てないですね まあ珍しいことではありませんが 以前から長く家を空けることが?
坂本直 @sakanao2001  はじめて
残機 @zanky_sub  そう ぼくらの事情のことは聞いてますか?
坂本直 @sakanao2001  だいたいは 27か28とかで急に老化する病気だって
残機 @zanky_sub  直とぼくは同い年ですから、去年くらいから老化の加速がはじまってたんじゃないでしょうか。彼とはお互いの様子を詳しく話す関係では、なくなってしまったのですが。ぼくは加速してから14カ月です。
坂本直 @sakanao2001  それは人間でいうと何歳くらいなんだ
残機 @zanky_sub  29歳ですよ 人間ですから
坂本直 @sakanao2001  すまない
残機 @zanky_sub  知らない人には60とか70くらいに見えるかもしれません
坂本直 @sakanao2001  直もそうだった
残機 @zanky_sub  驚いたでしょう 急に変わってしまうから
坂本直 @sakanao2001  いや 知り合ったころからそうだったから
najax @xxqjuawc  同居人って,直人はどういう関係 パートナー?
坂本直 @sakanao2001  いや はっきりとそういう関係だったわけではない
najax @xxqjuawc  あいまいな関係ってことね.
残機 @zanky_sub  じゃあ警察に捜索願いを出しても受理してもらえないでしょうね しばらく待つしかないのでは 原因に心当たりはないんですか
坂本直 @sakanao2001  直がいなくなる直前にケンカになった
najax @xxqjuawc  その程度の関係だったってことでしょ.終了.退出して.
残機 @zanky_sub  那沙 少し話聞こう 丸さん、なぜケンカになったんですか
najax @xxqjuawc  ここで仕事すんな
坂本直 @sakanao2001  直は子どものときにあなたたちと四人で撮った写真をずっと棚に飾っていた だから直があなたたちとずっとまともな連絡をしていないこと、連絡を受けても返していないことを知って驚いた というか怒った 理解できなかった 言ったんだ、会うべきだって 四人のうち一人は直よりも年上だと聞いていたし それはつまり すぐ会えなくなるってことだろう 直は、会わなくていい、ずっとそうしてきたからと言うだけだった
najax @xxqjuawc  ここ四人、そういう関係だから.四人っていうかうちら三人と直だけど.直はここにはたまに書き込むけど、会話しようとすると 既読無視なわけ もう相互スルーの関係
残機 @zanky_sub  昔からそういう感じじゃなかったんですけどね ぼくが原告側の弁護団に入って訴訟の仕事をするようになってから、少しずつぼくらの問題について直と話が合わなくなってしまって すみません 訴訟とか言ってもわからないですよね
坂本直 @sakanao2001  製薬会社との訴訟のことだろう
残機 @zanky_sub  そうです 実際のところ製薬会社は金払いはいいんですけど、会社の誤りだけは認めていないんです 僕ら四人はもともと製薬会社と早期に和解することを選んだ家族の側ですから、基本的にはその点で製薬会社と戦うのは無理だっていう雰囲気の中で育ってきました 高卒認定を早期に取得する講習プログラムを用意してもらったり、いろいろな給付金の恩恵を受けてきたのも負い目になっていました
坂本直 @sakanao2001  どうして考えが変わった
残機 @zanky_sub  身近な人の加速が始まったときに、あれ?って思ったんです 長生きできないことなんてずっと前に受け入れてきたことなのに、いざ大事な人でそれが起こると、こんなこと、おかしくないか?って急に思えてきて それが三年くらい前ですね   
いお @aradi00  長生きの中イキの部分
najax @xxqjuawc  なくね?
坂本直 @sakanao2001  何がないんだ
najax @xxqjuawc  何というか
残機 @zanky_sub  丸さん、「部分ツイート」ってご存じですか? ここは部分ツイートを共有するために15年前に四人でつくった場所なんです。一つ作っていってくださいよ
坂本直 @sakanao2001  部分ツイートは全体の中に部分を見つけて、何とかの何とかの部分、をつくる遊びのことだ 全体も部分も、一つの単語の場合もあるし、文章の形になっていてもいい そんな部分があったんだ、という意外性が重要視される 一つ作ってみる 犬の散歩の犬の部分 どうだ 
残機 @zanky_sub  やっぱり
najax @xxqjuawc  こいつbotじゃん.おい! 直! でてこい


4  那沙  現在

 今どき本当に回ってる回転寿司はめずらしい。子どもの頃、外で食べる寿司と言えばベルトコンベアに載せられて回っていて、ほとんどそこから選んで食べていた。レーンの内側から職人が「ほしいのあったら握りますよ」と客に声をかけていたけど、気恥ずかしくてほしいのがあっても言い出せなかったり。それがいつの間にか、メニューからネタを選んで注文する方が多いようなスタイルの店が増えてきて、ついには個別注文を客席に運ぶための高速レーンを追加で設けている大型チェーンも現れはじめた。回ってる寿司は握られてから時間も経っているかもしれない。そう考えればたとえほしい皿が回転していても、流れてくるのを待つまでもなく注文して出してもらう方が楽で合理的だ。値段だって変わらない。
 それがこの店では、ゆっくりと回転するレーンの上に色とりどりの寿司がぎっしりと並んで、パレードのように堂々と行進している。客はそこから次々と皿をとっていく。いわばおまかせの店なのだ。店はその日に仕入れられる自信のあるネタを流し、客は店を信頼して流れてくる皿を選ぶ。それでこの繁盛なのだからいい店なのだろう、と那沙は思った。
 ダウンジャケットにはりついた雪の層を店の軒先で丁寧に払い落としてから、那沙は店員に予約している席への案内を頼んだ。
 早く着いた。約束の時間の三十分前にもかかわらず、レーンに面したボックス席には直が座っている。
 老いた直を見るのは初めてだった。しかしそれが那沙に特別な感情を引き起こすことはない。知っていたことだ。そしてあと十何か月かして、それと同じことが自分に起こるときにも、同じように自分は冷静でいられるのだろうと思う。那沙にはむしろ、九郎が庵梨の老化に強く動揺したことの方が衝撃だった。那沙は直の姿を見ても心が凪いだままであることに安心しながら、十代の半ばから今まで、自分に関わろうとする他人たちから、ほとんど途切れなく非難がましく投げつけられた「情が薄い」という評価を思い出してすこし笑いそうになった。
「いい席」那沙も席についた。大きな窓の向こうに国道と日本海が見える。
集まれる場所は庵梨と九郎が住むこの海沿いの町だけだった。ナサが省庁勤めをする東京も、直が大学生をやっている神戸も、じきに三二になる庵梨にとっては出向く負担が大きすぎる。
 直は湯呑を一つとって、棒のような小さなさじでその中にお茶の粉をひとすくい落した。
「テーブルの脇からお湯が出るのって改めて考えるとなんか変だよね」
コポコポと音を立てて熱湯が湯呑に落ちていった。
「交通事故だったって?」
 那沙は湯呑を受け取って、直が話し始めるのを待たずに本題に入ることにした。時間は有限なのだから、話は可能な限り最短距離で本質に向かうべきだ。
「うん」
「彼からはずっと言われていたんだ。僕が君たちとちゃんと会って話すべきだって。そんな大きなものから小さなものだけ取り出してコミュニケーションとってる気になってたらだめだって」
「部分ツイートってそんな言い換えあるんだ」
「いつもは聞き流していたんだけど、一方的に考えを押し付けられているように感じて、もめた」
「いなくなったのは彼の方だったわけね」
「しばらく家に帰ってこないだけだと思ってた。それまでにも家に帰ってこないことはあったし」
 直の家から出ていった日の夕方、丸は夜勤の工場まで自転車で向かっていた。強い雨の中、最初は傘を差しながら運転していたことが通行者の証言から明らかになっていた。工場は海辺の倉庫地域の中にあり、倉庫や工場に出入りするトラックで交通量は多かった。勤め先の工場は大きな通りから少し離れたブロックにあって、周囲の道路の幅員は狭く、歩道が確保されていなかった。おそらく丸はここまで来たところで大型車両が脇をすり抜けていく状況を見て傘をたたんで自転車のハンドルに引っかけたのだと推測された。工場を目前にして、丸の自転車は水たまりでスリップし、そのときに傘が前輪のスポークの間に刺さり、停止した前輪を中心に丸の体は前方に投げ出された。突然道路の真ん中に飛び出した丸にトラックが接触した。頭蓋骨の骨折が致命傷になった。
「botさわってたら、似てきたんだよ。しゃべり方、本当にあんな感じだったんだ。部分ツイートもわかってるんだかわかってないんだか全然つかめなくて」
 AIは部分ツイートをつくらない。
「つらかったね」
 那沙はそう言うことが正しいのだろうと思う言葉を選んだ。どこにも届かない言葉だと思いながら。
「誰かに看取ってほしいとか、そういう気持ち? 私には、わからないんだけど」
「いや。でも、自分がいなくなってからも続くものの近くに自分を置いておきたかったんだと思う」
「私らさ、口には出さないけど周りの誰より一番先に退場するって気分でいつもいるわけだ」
「そうだね」
「実際はそうでもないんだよね。子どもの頃からずっと重い病気を背負ってる人もいるし、自分で終わらせる人もいる。私らだけが不平等なんじゃなくて、誰にとっても等しく不平等なんだ」
「那沙は正しいよ。いつもね」
「仕方ないね」
 那沙は湯呑を爪でかりかりとこすった。
 直の喪は、しばらく続くだろう。それは毛布のように直の体を温かく包んで、他の誰かが肩をゆすっても起こすことができない眠りの中で、直は最後まで機械と夢を見続けるのかもしれない。
その夢が直を動かして、那沙もここに来ている。それもまた夢の中だろうか?
「悪い、遅れた」
 車いすに乗った庵梨と、それを後ろから押す九郎が店に到着したのは、長い沈黙についに那沙が飽きてきたころだった。那沙と直は一度ボックス席から通路に出て、九郎にレーン側に座ってもらった後、那沙が庵梨を抱えて九郎の隣に着席させた。
「那沙、ありがとう。さいきん俺、腰やばくて」
「なんのなんの。若いもんにまかしてくださいよ」
「那沙は本当に若い」
 ほんの二歳しか違わないのにね、という言葉を九郎は飲み込んだ。
「すぐ追いつくよ」
「そうだね。直、本当に久しいね」
「本当に」とだけ直は答えた。
 二人はそれから何も言わなかった。那沙は勝手にやってろと言わんばかりに庵梨の対面に座り、「いおちゃん、会いたかったよ~」と大げさに両手を差し出した。
「うん」
 庵梨は那沙の手を握ってぶんぶんと上下に振った。庵梨の冷たく乾いた皮膚を通して、肉が落ちて骨ばった腕には不釣り合いな力強さが那沙の手に伝わった。庵梨の白濁した瞳は涙に濡れていたが、それが何かの感情にひもづいているものかどうか、那沙には判断できなかった。
「食べよ。九郎か私がとるから、食べたいの言ってよね」
 庵梨はしばらく黙ってレーンを眺め、「いくらのイクの部分」と言った。
「庵梨、食事のときはやめようか」
 九郎は二つ上の妻の背中をさすりながら言った。周りの客からは老いた母をいたわる孝行息子のように見えただろう。
「いいよ」
 那沙が九郎を制した。
「いいんだよそんなことは。ほら、九郎、いくら来てる。とって。私はスモークサーモンの草の部分」
 那沙は回ってきたスモークサーモンの皿をとった。口に運ぶと肉厚のサーモンの甘味と香りに体がゆるむのを感じ、那沙は自分が緊張していたことに初めて気づいた。
「メニューもあるんだ。注文してもいいんだね」
 直がそう言って庵梨にラミネート加工されたグランドメニューを渡した。庵梨は食い入るようにそれを見て「本まぐろのマグロの部分。活赤貝の赤貝の部分。いなり寿司のいなりの部分」と言った。
 那沙は無言で親指を立てて見せた。
「じゃあ、俺はマイクラのいくらの部分」九郎はレーンに流れていた真鯛を受け取り、食べ始まる。
「僕はiCloudのイクラの部分」直がそれに続く。
「さて、私も食べるか。アイデンティティクライシスのイクラの部分、からの、かに汁の虹の部分、サッカー日本代表のかにの部分、かに軍艦の二軍の部分」
「ツナサラダ軍艦の那沙の部分」九郎が感嘆の表情で那沙に賛辞を送った。
「カニサラダ軍艦のNISAの部分」直は十五年前の夜のことを思い出していた。
「真鯛のまだの部分」
「真だこのまだの部分」
「挿入のうにの部分」
「サバイバルの鯖の部分」
「おしんこの推しの部分」
「手巻鉄火の切手の部分」
「誰かに構わずのカニカマの部分」
「なみだ巻の波の部分」
「マイカー通勤の真いかの部分」
「いわしの岩の部分」
「のどぐろの喉の部分」
「鯖寿司のバズの部分」
「いか明太子の仮面の部分」
「ずわいがにの猥画の部分」
「はまちの街の部分」
「ひらめのラメの部分」
「たまごの孫の部分」
「かんぱちのカンパの部分」
「甘エビの前の部分」
「ホタルイカのたるいの部分」
「バッテラの寺の部分」
「シューアイスの友愛の部分」
「わらびもちのLove it more.の部分」
「ほっき貝の勃起の部分」
「ない部分だ」

(終)

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