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01土曜日戦争

きっかけ

あんた、J?
はい。
あたしはハナだ。高校中退じゃ、ろくな仕事無いだろ。
そうですね。
このまま、社会の底辺を這いずり回るのか?
・・・・・・。
あたし達の仲間にならないか?
宗教ですか?
違うよ・・・。戦いだ。
俺、フィジカル弱いし・・・。
求められる能力は、身体的なものだけじゃない。子供だっているしな。
子供?
まあ、特別な子供だけど。・・・今度の土曜日、迎えに行くよ。どうせ、消費期限ギリの値引弁当、食ってるんだろう?
なんで、解るんだ?
テレパシーだよ。
テレパシー?
そうだよ。信じられないのも当然だが、あるんだよ。
嘘だろ?
・・・・・・。
戦いって、誰と、何のための?
あたしにも解らない。ただ、土曜日になると、敵が現れる。あたしたちは戦う。自由のためだよ。
リスクは無いのか?
あるよ。
どんな?
負けが重なれば、戦士の資格を失う。二度と戻ることはできない。
戦わなくすむじゃないか・・・。
解ってないね。

土曜日のバイク

ハナは9時に来た。
メットかぶりな・・・。後ろに乗って、あたしに抱きついていてな。落ちるなよ。
うん・・・。
10分ほどで着くよ。ほら、もっとキツく抱きつかないと・・・。

田畑の中の一般道を、ゆっくりめに走り、その場所に着いた。雑木林を切り開いて整地したような場所だ。片隅に、建物があり、ハナは、その側にバイクを止めた。
少年が近づいてきた。
ハナ・・・。
キッド、こいつはJだ。お前のベビーはいるのか?
・・・・・・・・・。
ミニーだよ。
ミニーは、俺のベビーなのか?
好きなんだろ?・・・コマンダーは居るか?
うん。

(ハナ、ご苦労様・・・。)
(はい。)
(J君、ようこそ、我らがチームに。)
(俺は、まだ・・・。)
(いいんだ。今日は見学していってくれ。ハナ、頼むよ。)
(はい。)

何が始まるんだ?
バトルだよ。
相手は?
見てれば解るよ。今日は、あたしも参加する。

来たぞ。ハナ、キッド、ミニー、準備しろ!
はい。

(まずいな。)
(どうしたんですか?)
(J、奴らは勝ちにきた。ラスボスが誰か解るか?)
(左にいる・・・。)
(そうだ。弱々しい少年に見えるだろ・・・。あいつは、チームの通信を切ってくる。恐ろしい奴だよ。ハナとキッドとミニーの強みは、高速通信だ。だが、あいつは・・・。勝てない・・・。この戦いには勝てない。)
(俺、リザーブに入る?)
(ダメだ。君には経験が無い。無経験な者は、致命的な失敗をする。)
(俺は、ハナをコントロールできるよ。)
(ハナをコントロールする?馬鹿なことを・・・。まあ、見てろ。ダメなら、すぐに止めるよ。)

J、ちょっとおいで。

道場で待ってておくれ。失禁したんで、着替えてくるよ。
・・・・・・。

あたしをコントロールできるんだって?
いや・・・。
試してみようか。
試すって?
首の後ろに手刀を寸止め・・・。そしたら勝ちだ。
何でもありか?
いいよ・・・。じゃあ、少しやってみるか。

勝負にならないね。二回目も、あたしの勝ちだ。
三戦先取の勝負だったよね。
まだやるのかい?
次は、容赦しないよ。
ハハハ・・・。

俺の勝ちですね。
・・・もう一回だ。
何度やっても同じですよ。
まだ、あたしがリードしてる・・・。
そうですね。・・・どうぞ・・・。

三勝二敗で、俺の勝ちです。認めますね。
ああ。・・・何をした?
今は、言えません。
なんで?
誰にも、知られたくないからです。
いずれ、明らかになるよ。
それはそれでかまいません。でも、俺からは言わない。
お前、何者だ?
社会の底辺で生きるひねくれ者だって言ったのは、誰だっけ?
・・・謝るよ。
浅はかだったね。・・・帰りも、バイクの後ろでいいのかな?
ああ、送っていくよ。・・・あたしは1回しか負けたことがない。最初に、コマンダーとやったときだけだよ。(お前は、俺の殺人衝動を掻き立てるって言われた。未だに意味が解らない。)

J、今日は楽しかったよ。戦いにも勝てたしな。・・・まあ、お前には負けたが・・・。
コマンダーは、勝てないと言ってた。
幽霊が居たからか?
幽霊?
あのちびっ子だよ。あいつには、何回もやられてるからな。・・・あたしとミニーでフェイクを仕掛けたんだ。紙一重の差だった。次は通用しないよ。あいつは、不可能を可能にする。末恐ろしいや。
そうですか・・・。ハナ、俺たちは・・・勝てるよ。
なんで、そう思う?
論より証拠だ。やってみれば解る。イージーだよ。
ずいぶんな物言いだ。あたしたちが死力を尽くしている相手に、簡単に勝てるって?・・・自信だけは超一流か?
ハハハ、幽霊は俺がマークする。・・・二度と戦いに参加できないように、叩き潰すよ。徹底的にだ。
・・・殺人衝動ってやつか?
戦術だよ。

リザーブ

J、リザーブに入るか?
えっ?
今日も同じメンバーで行くが、ミニーは脆弱だ。早晩、離脱する。君の出番だ。それが、いつかは解らないが、すぐに来る。間髪を入れず、参戦するのが君の役割だ。いや、シームレスにだ。入れ替わるんだよ。
キッドは?
彼は・・・うちのホープだよ。メンタルも強い。
でも、ミニーに気がある。ミニーが離脱すれば動揺する。伝達スピードが落ちるよ。
君が、プッシュすればいいじゃないか。アップもダウンもできるんだろ?
・・・ハナが言ったんですか?
うん、彼女は想像で言った。君が、伝達スピードをコントロールできるんじゃないかと。僕も、それを知りたい。実戦での君を知りたい。
殺人衝動ですか?
ハナが・・・?
未だに意味が解らないと・・・。
女には解らないんだ。・・・解ってはいけないんだよ。この世には、いくつかの禁忌がある。その一つかもな。僕は、何度か、それを感じた。そのたびに、自分を抑えた。僕の限界だ。
一戦士に言うべきことではない。
そうかもな。で、リザーブに入るか?
はい。

再戦

J、もう一回やろう。
無駄だ。ハナは俺には勝てない・・・。
この前、2回勝った。
俺が手加減したからだ。やるだけ無駄だよ。
あたしは、お前を助けた・・・。
恩義を感じろと?
1回だけでいいよ。
解った。準備する。容赦しないよ。
望むところだ。鼻っ柱をへし折ってやる。

俺の勝ち。
・・・何する気だ。
ヒップに、俺が勝ったと書く。J WONだ。
やめてくれ。
ダメだ。抵抗しても無駄だよ。解っているだろうけど。
・・・許さないよ!
自分の立場が、解ってないね。ハナに、俺を止めることは出来ない。

試されるJ

J、今日はミニーを外す。君が入ってくれ。
ミニーには、気になることが・・・。
気付いていたんだね。彼女の脳には疾患がある。気の毒だが・・・。一年ほど前から、日曜学校に行ってる。
可哀想に・・・。
戦士は、自然発生的には育たない・・・教育と訓練が必要だ。残念だよ。・・・他人の涙は、血縁者の慰めにはならないよな。悲しむのは、僕じゃない。

ハナとリマッチ、やったんだって?
はい。
結果は?
圧勝でした。
で?
彼女のヒップに、俺が勝ったと書いた。
パンツ、脱がしたのか?
ハハハ、ちょっとずらしただけですよ。
水性、油性?
油性のブラックで。
ハナは君を許さないぞ・・・。
許しを請うつもりはない。しつこく再戦を仕掛けてきたから、強いのは誰かを教えただけだ。
そうか・・・。

ハナは、追い詰めらると、ワンオンワンを仕掛ける。だが、今日の相手には通用しない。止めるか、サポートするか、判断してくれ。
俺でいいんですか?
まあな・・・いずれ結果が教えてくれるよ。
責任重大ですね。
責任の軽い戦いなどない。楽々の戦いなんてないんだ。力を尽くして、勝ってくれ。
何のための戦いですか?相手は何者なんですか?
・・・解らないんだよ。・・・僕は、10年以上、この戦いに携わっている。それでも、解らないんだ。相手の基地さえわからない。そのうち、特定できるだろうが・・・。人が、足りないんだ。もう一歩なんだがなあ。・・・勝てば、一歩、近付ける。それが、土曜日戦争の意味だよ。
解があると?
答えは、あるかもしれないし、無いかもしれない。・・・良いじゃないですか。僕たちが見つけられなくても、次の世代、その次の世代、いつかたどり着けるよ。希望です。・・・自由は、何事にも代え難い。そうは思いませんか?
自由?
自身を解放することだよ。自分自身を乗り越える、そのステップに意味がある。この世界は、善悪、正邪の二元論で成り立っている。少々複雑だが、突き詰めればそういうことだよ。・・・本当にそうなのだろうか?もう少しで、近づくことができる。そこが本部なのか、単なる橋頭堡なのか解るんだ。手が届くところまで来ている。
希望は、砂のように、指の間からこぼれ落ちる。サラサラとね。
フッ・・・悲観的、自虐的だね。何の意味も無いよ。感傷的になるのは、感情の浪費に過ぎない。

報酬

J、今日は食事して帰ろうか?
いいけど、金、無いよ。
さっき受け取ったろ、紙袋・・・。
ああ・・・金、もらえるなんて思ってなかったから、中身見てねえや。
誰にも言うな。できればそっくり貯金しな。金遣いが荒くなるのは、絶対に避けなければならない。変化に気付かれるな。・・・まあ、ビックリするくらい入っているよ。
ハナには、いろいろ教わらないといけないようだ。
解ればいいよ。食事の後、ホテルに行くか?
やめとく・・・。
嫌なのか?
そうじゃないよ。寝れば情が移る・・・いざという時、臆病になる。そんな気がしてな。
そうかい。・・・往復4回、バイクの尻に乗せてやった。そろそろかな、と思っただけだ。気にするな。
うん。・・・封筒の中身、確認していいか?
トイレの個室ならいいよ。

どうだった?
ワォ!・・・なんで、黙ってた?
金目当ての奴は、長続きしないよ。金に、無頓着な奴でないとな。これからは、いつも誰かに監視されていると思え。油断するなよ。有頂天になるな。・・・いつまでも、続くと思うなよ。一瞬の油断で、すべてが台無しになる。お前だけの問題じゃない、仲間も台無しにするんだ。覚えておいていておくれ。・・・今日は、あたしの奢りだ。
いや、俺も、金あるし・・・。
誘ったのは、あたしだし、初めての食事だ。次からは、割り勘にするか?
はい。
いいね。文句は言うな、返事は「ハイ」だ。で、いくら入ってた?
俺の、月収より、はるかに多いや。
良かったね。・・・慣れちゃダメだよ。

狂気

ハナ、コマンダーは狂っている。
知ってるよ・・・。ミニーが入院してから、よけい神経質になってる。
私生活には立ち入らないんだろ?
建前だ。・・・可哀想だよ。
まだ、小さいのに?
それもあるが、コマンダーのほうだよ。
・・・?
彼は、ミニーのことを、妹か子のように想っていた。病気のことだって、自分がミニーを酷使したせいじゃないかって・・・。
そうなのか?
・・・誰にも、解らないよ。そう言うこともできるだろう。言いたい気持ちも解るし・・・。非を責めるのは易しだ。あたしはしないけどね。
・・・・・・。
コマンダーは超一流の戦士だった。アンリミテッドだ。アンリミテッド・サム、彼のニックネームだよ。ファイティング・バロンだ。
・・・・・・。狂った男の下で戦うのか?
彼は、本当に狂ってるわけじゃないよ。まだ、戦える。相手のコマンダーより上だ。小さな綻びは私たちがカバーすればいいじゃないか。コマンダーは、いつか自分が致命的なミスを犯すんじゃないかという恐怖と戦っている。繰り返し想起される、その恐怖と戦っているんだ。
それって、病気じゃないのか?
そうかもな・・・。私の役割って、何だと思う?
攻撃と防御のことか?
そうだよ。
両方じゃないのか?
どっちの方に重きを置くかということだよ。重要なことだ。私は、キッド、ミニーと組むことが多い。二人を守るのが私の仕事だ。ディフェンダーだよ。勝敗の責任を背負い、戦い続けるんだ。精神を病んでも不思議じゃない。コマンダーは、三チームを率いているんだ。並の神経じゃ務まらない。バックヤードも、ちょっとなあ。・・・チーフが辞めちゃったし。
そうなのか?
戦略分析室のヘッドだよ。
後任が居るんだろ?
右から左にか?・・・そんなに簡単な話じゃない。有能な者が、どこにでも居るわけないじゃないか。お前の代わりなど、どこにでも居るんだ・・・そう言う輩もいるが、ここでは戯れ言だよ。・・・まあ、新しいチーフが来るようだし・・・。

面談

(ミニー・・・。)
(コマンダー、あなたの考えていることは、解ります。)
(僕は、君と話したい・・・。)
(除隊勧告ですか?)
(そうです。)
(私のIDを取り上げないで下さい。)
(無理強いはしません。でも、組織には組織のルールがあります。)
(解っています。時間の猶予を下さい。)
(僕の裁量では、6月以上は無理です。)
(充分です・・・。)
(・・・ミニー・・・短いね。・・・・・・。)
(コマンダー・・・涙は、何の慰めにもなりません。私のことは、私が判断します。)
(死期が解って生きるのは、辛くないですか?)
(辛いです。でも、本当に辛いのは、私が両親に精神的なダメージを与えていることです。奇蹟は起こらない・・・です。良いじゃないですか・・・それは、私の問題です。)
(そうですか・・・。では、今から6月間、君の在籍を認めます。有給にすることもできます。)
(無給にして下さい。戦いに参加できないのであれば・・・。私の考えを言ってもいいですか?)
(どうぞ・・・。)
(死期はわかりません。何月何日の何時何分・・・それはわからないことです。そんなに先のことではない、わかっているのはそれだけです。だから、いつ来るかわからないその日まで、生きています。みんなと同じだわ。・・・私が死ぬことで、誰かが生きるかもしれないし・・・。)
(そうですね。軽率でした。・・・僕の話は終わりです。)
(ありがとうございます。)

キッドが、壁に向かってボールを投げていた。
(キッド、熱心だね。)
(来年は、レギュラー、取れるかもしれないからね。コマンダーと何を話してたんだ?)
(秘密・・・。ポジション、どこ?)
(サード・・・サードは花形だからな。でも、現実的には、セカンドか外野だな。ショートには、華麗な奴がいてなあ。一緒にやってれば、力の差が解るよ。・・・上には上が居る。)
(キッド、なんで戦ってる?)
(俺さあ、気が付いたことがある・・・。)
(何?)
(俺が俺だってことだよ。)
(当たり前じゃん。)
(それが、違うんだよ。戦っている時、俺は自分自身を感じるんだ。不利な状況に追い込まれても、ハナとお前が居る。何回も切り抜けてきたじゃないか。ファンタスティック・・・俺が俺である時だよ。自己実現かな・・・。)
(キッド・・・そこら辺の草むらで、私を殺してくれるか?)
(やだよ。)
(私、バラバラになりたい。)
(帰ろうか。自転車、大丈夫か?)
(大丈夫だよ。私たちの重要な移動手段だ。いつも乗ってるし・・・。)
(そうだよなあ。俺についてこい・・・。)
(はい。)

コマンダー、ミニーと何を話したの?
個人的なことは話せない。・・・ハナ、Jとはいいのかい?
どういう意味?
いい仲間かと聞いている。
あなたのほうが、よく知っているわ。指揮官でしょ?
・・・・・・。
Jは、良く戦っている。彼がいれば、あなたの野望に近づける。
僕の野望?
戦いの意味を特定したいんでしょ?
そう言ったことはないが・・・。
側に居れば解ります。
側に居れば?・・・不遜ではないですか?・・・僕の何が解ると言うのですか?
話題を変えるわ。ミニーをどうするの?
ミニーは・・・もう戦えない。
どうして?
理由は言えない。
だから、Jに声をかけさせたの?
そうじゃないよ。補完的な戦力には、いつも気を配っている。たまたま、Jがヒットしただけだ。外に、何人も候補が居る。・・・何もしなければ、僕たちは消滅する。
私たちが消滅しても、代わる人たちが出てくるのでは?
そうかもしれません。でも、組織を作るには時間がかかります。そんな余裕はありません。ハナ、時間的余裕は無いんだ。ギリギリの戦いだよ。僕たちは、最後の砦だ。
相手は、誰なの?
・・・何度も言うようだが、この世界は、善悪、正邪の二元論で成り立っている。僕たちは、善なのか悪なのか?・・・どうなのかね。戦いは続く。・・・勝てば正で負ければ邪なのか。僕は本質を問う存在じゃない。目の前の戦いに勝つことが任務だ。僕は、凡庸なファイターだったよ。コマンダーにふさわしいのかどうか、解らない。
ミニーを捨てたの?
・・・いや、6月間の在籍を認めた。僕の権限では、そこまでしかできない。
ミニーはなんて・・・?
・・・充分だと・・・。
そう・・・。ラスト・ファイトは?
認められない・・・。リザーブに入れることはできるが無意味だよ。
最後に飛ばしてあげようよ。名誉ある除隊にはラスト・ファイトが必要でしょ?
ハナ、そんな状況じゃないんだよ・・・。
・・・何を隠してるの?
しなければならない隠し事もある・・・。僕に訊くな。・・・言うべきことは、言うべき時に、僕が言う。

休息

4週戦って、1回休みか。何していいか、解らないよ。基地に行ってみようかな・・・。
誰もいないよ。
コマンダーがいるかもしれない。
今日はいないよ。ミニーに会いに行ってる。

気分は、どう?・・・ああ、邪魔したかな?
・・・最近は、ラジヲが友達なの。いろんなことを教えてくれるから。

コマンダー、私は・・・誰の子でもないし・・・誰の友でもない・・・。
ミニー・・・。
受け売りですよ・・・。キッドが言ったの。彼、詩人だから。私には真似できない。最近、インディアンに興味を持って・・・。
ああ、ネイティブ・アメリカンですか・・・。
キッドは、インディアンって言ってた。
同じ人たちのことですよ。・・・そうとも言います。

キッドはインディアン・ネームを考えたの?
ええ。リル・コヨーテ・・・ですって。
リトル・コヨーテか・・・。
キッドはリルって言ったよ。
そうか、そう聞こえたんだね。同じ意味です。・・・今日は、君に渡したいものがあって、来ました。
なに?
これです。
・・・・・・。無給でって言ったのに・・・。
僕の権限を、少しだけ行使しました。是非、受け取って欲しいと思います。
お父さんとお母さん、喜んでくれるかな?
そう思います。
・・・ねえ、コマンダー、キッドのこと、泣かしたことあるの?
はい。とても恥ずかしい振る舞いをしました。・・・後悔しましたよ。
どうしたの?
喧嘩ですよ。大人げなく、ついカッとなった。キッドには、悪いことをしました。
キッドは、気にしてないよ。私には解る。
そうだといいね。
ハナとJって、いいの?
ん?恋人ってこと?・・・興味あるんだ。でも、どうかな、微妙だね。
微妙って、どんな意味?
Jが来て1月くらい経った頃かな、ハナがホテルに誘って、Jが断った。
なんで?ハナ、スタイルもいいし、美人だ。Jって、ホモなの?
そうは見えないがね。
キッドなら行っちゃうよ。お泊まり保育・・・。ホイホイ行っちゃうね。
ハハハ、君は賢いね。しかし、キッドも行かないと思うよ。君のほうが魅力的だ。
・・・でも、時間切れです。
返す言葉がない・・・。あえて言わせてもらうが、なんであれ、戦友を分かつことはできません。絶対に。
前に、誰かいないかって言ってた。私、心当たりがあるの。市役所のバイトだけど・・・。
ピーちゃん?
知ってるの?
少しね。・・・迷っていたんだ。でも、君の推薦なら、検討してみるよ。
彼女は抜群だわ。超ハイスペック、でも、自分で気付いていない。
ピーちゃん、Jの元カノなんだ。それが気になってね。
そうなんだ。Jってモテるんだ。そうは見えないけど・・・。
人は見かけによらないから。
私ならパスする。
君より、だいぶ年上だからね。
そうじゃないよ。あたしのタイプじゃないってこと。
ハハハ、君は、男を見る目があるんだね。
コマンダー、人生には一度や二度の良いことがあると言う。私にもあったよ。
どんなことなの?
あなたやキッドの仲間になれた・・・瞬きのうちに過ぎていったけど・・・。ハナがお姉ちゃんで、コマンダーがお兄ちゃん、心が安らぐ・・・。私、もう頑張れない・・・。

苦悩

ハナ、来てくれたんだ・・・。
ラジヲ、聴いているの?
そう、ラジヲが友達だね。
キッドに会った?
うん、こないだ来てくれた。おでこにチュしてくれたよ。
そう、良かったね。
どうなんでしょうかね?・・・そんなに嬉しくないね。
そうかあ・・・その程度では不満なんだ。
そういう意味じゃないよ・・・。ハナ、Jをホテルに誘ったの?
うん。・・・振られた。
残念でしたね。
ハハハ、そうだね。チョロいと思ったんだけどなあ。
ハナ、慢心しちゃダメ。あなたは、スタイルもいいし美人だ。男なら、誰でも靡くと思ってるでしょ。
そんなことないよ・・・。ミニー・・・ラスト・ファイト、しなくていいのか?
いいよ。私は、無い物ねだりはしない。・・・お姉ちゃん、私、無い物ねだりはしないの。・・・私の、お姉ちゃんになってくれる?
いいよ、今までもそうだったし。
・・・だから、幽霊にも勝てた・・・?。
そう、キッドが抜群のタイミングで入ってくれたし・・・。
Jは、なんで、あなたの誘いを断ったの?
情が移ると、ファイトの邪魔になるって言ってた。
口実じゃないの?・・・突っ込む自信が無かったんだよ。プライドがあるから、フニャチンだって言えなかったんだ。
ミニー、背伸びしちゃダメ。そんな言葉を使っちゃダメよ。
・・・お姉ちゃんだから、言ってみたの。他の人には言いません。大人の真似をしてみた・・・してみたかったの。
そうか、じゃあ、もう少し続ける?
はい。
キッドとは、どんな関係なの?
う~ん・・・プラトニック?・・・でも、キッドの大きくなったペニス、見たことある。彼、大きい。大きくて、上向いてた。
いつ、見たの?
ファイトの後、シャワーを浴びてた時。私が見ているのに気付いても、隠そうとはしなかった。圧倒されたよ。こんなの、私の中に入るはずないじゃん。・・・でね、キッドはマスターベーションして、射精したの。
見てたの?
・・・目が、離せなくなった。・・・危うく、オシッコ漏らすとこだったわ。
へえ~、私も見てみたいな。
あなたの前ではしないよ。
どうして?
キッドは、あなたをリスペクトしてるからだよ。・・・そのうち、新しい仲間が来る、あなたのライバルが・・・。
えっ?私のライバル?
そう、二重の意味でね。
私を、からかっているの?
そうではありません。彼女は、Jの元カノで、能力もハナと対等です。だから・・・。
私、Jに気があるわけじゃないよ。
そうかしらね?
どんな娘なの?
会えば解るよ。
教えてよ。
百聞は一見にしかず、です。・・・すぐに解るよ。コマンダーは彼女を入れる。
何で解るの?
コマンダーが来た時、推薦した。・・・喉から手が出るほど欲しいファイターだ。・・・ただ、Jがいるから躊躇してたんだって。お互いにやりづらいだろうから。
大丈夫だろう、J、デリカシーねえから。
本当に、そう思うの?

ブルーローズ

お誘いいただいたことには感謝します。ですが、戸惑っています。状況が解りません。
そうですか。・・・道場で、手合わせをしましょう。首の後ろで手刀を寸止めするというゲームです。
面白そうだわ。
私は、今まで、ニューカマーに遅れを取ったことがありません。3本先取の勝負です。本気で、来て下さい。・・・着替えますか?
どうして?
スカートですよ。
何か問題でも?
いいえ。・・・行きましょうか。
はい。

まず、練習をしましょう。
僕のように構えて下さい。
こう?
そう・・・。で、こんな感じです。・・・ここまでで、僕の勝ちです。
身体的な接触は、あまりないんですね。・・・もう一度、お願いします。
いいですよ。
・・・で、私の勝ちですね。

では、練習は終わりにして、続けましょう。少し、スピードアップします。
はい。

引き分け、でいいですよね。
ええ、驚きました。

ニックネームを使いますか?
ブルーローズ、でお願いします。
そうですか。いい名前です。

ハナ、J、ちょっと来てくれ。
はい?
新しい仲間を紹介する・・・。

ああ、ミニーの推薦でね。・・・参加してくれることになった・・・ブルーローズだ。
へえ~。
(ミニー、解ったよ・・・お前の言ってた意味が・・・。)
仲良くやってくれ。ブルーローズはシミュレーターで訓練してから、実戦に参加するかどうか、僕が判断する。
(J、こんなことしてたんだ。ここが、あなたのブルー・オーシャンなの?・・・で、隣の娘は誰?・・・あなたの色なの?)
(おいおい、言葉づかいに気をつけろ。)
(君たち、冷静に、頼むよ。共に戦う仲間だ・・・。ハナ、キッドは?)
(ミニーの葬儀に・・・。)
(参列できるのか?)
(同級生だし、ご両親と面識がある。)
(そうか。何よりだ。・・・今日は、キッドはダメだね。・・・配管さんに入ってもらおうかな。)
(誰?)
(無名のオールドタイマーだよ。)
(できるの?)
(彼は、場をコントロールできる。会えば解るよ。)
(信じていいの?)
(もう、来ている。)

(配管さん?)
(ああ、そうです。ハナ、やっと君と組める時が来た。)
(私のこと、知ってるの?)
(少しだけですよ。・・・J、キッド、ブルーローズ・・・いや、キッドは、リル・コヨーテだった。今日は、ミニーに会いに行ってるんだよね。キッドはミニーの骨を拾うんですかね?)
(無神経です。・・・キッドは、火葬場には行かないでしょう。)
(そうですか。余計なことを言いました。まあ・・・今日は勝ちましょう。・・・勝てると思いますよ。・・・コマンダーから聞いています。センターは、ハナです。Jが右翼、私が左翼に入ります。・・・自在に入れ替わると思って下さい。)
(どういうこと?)
(状況に応じて、三人のポジションを変えるということことです。私が、コントロールします。)
(できるの?)
(今までも、そうしてきた。私には経験がある。君よりも多くの戦闘を経験している。・・・ハナ、私は、弱々しくて同情されるべき老人ではない。君と同じウォリアーだよ。)
(失礼しました。恥ずかしいです。)

再会

K?・・・Kなの?
ああ、ピーちゃん、しばらくでした。
しばらくでしたじゃないよ。陰でつるんでたんだ・・・。私、仲間外れだ。・・・ここで、何しているの?
僕は、戦略分析室にいるんだ。君が来たことは知っていたが、忙しくてね。J君には会ったの?
うん・・・隣に変な娘が居た。
ハナだね。
誰なの?
けっこうキャリアがある・・・いいファイターだよ。
Jとは?
特別な関係のようには見えないね。
そう・・・。私、どう?
シミュレーターの成績は良いね。近いうち、戦場に入ることになると思います。・・・コマンダーが判断します。
戦略分析室って何するところ?
戦いのパターンを分析して、コマンダーに助言をします。
難しい仕事なの?
そうだね。パターンは無数にあるからね。興味深い仕事だよ。
J、何してたの?
倉庫番だって言ってた。その仕事は、続けてるようだよ。
どこに住んでるの?
市内のアパートだと思うがね。
一人?
だと思うよ・・・。気になるのかい?
少しね。私には、その権利がある・・・。
直接、聞けば・・・。
なんか、やだなあ。気があると思われても迷惑だし・・・。
そうなのかい?・・・じゃあ、つかず離れず、ヒラヒラしてればいいのではないですか?
・・・K、仕事終わったら食事しない?
今日は、都合が悪い。・・・ご両親とは、どうですか?
普通・・・悪い関係じゃないよ・・・嫌いなわけじゃないし・・・。
何よりです・・・。
K、私の言うとおりにしてるの?食事とか、洗濯とか・・・。
概ね、うまくやれていますよ。心配ないです。
そう・・・良かった。・・・私は、用無しか・・・。
ブルーローズ、君は、すぐ、一人前のファイターになる。その意味を理解して欲しい。ハナが、君を送っていく。Jは、もう帰ったよ。
そう・・・。私の知らないところで、みんな、何をしているの?
みんな、良かれと思ってやっているんだよ。素直になって下さい。・・・我を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、ですよ。
・・・私、お説教されたの?
そう思ってくれても良いです・・・。
はいはい。
ピーちゃん、文句は言うな、返事はハイ。覚えていて下さいね。
やれやれ。ハナを探すわ。
もう、来ていますよ。

女友達

ブルーローズ、送っていくわ。後ろに乗って・・・。食事する?
そうね・・・Kに振られたし。
バイクは、私のとこに置いて行く。そこから、歩いて行こうね。
いいわ。

J、ここに住んでる。あの軽自動車、Jの愛車だよ。寄ってみる?・・・一人暮らしだよ。
やめとく・・・。早く、ビールでも飲もうよ。
そうだね。
彼の部屋に入ったこと、あるの?
あるよ。
(あるんだ・・・。)
{J、寝るかい?} {ここではダメだ。} {なんで?} {声が漏れる。} {そうか・・・引っ越したらどうだ。} {まあ、そのうちにな。}

Jは、あなたと特別な関係なの?
気になる?
どうかな。一応、知っておくべきかと思う・・・。
元カレだから?・・・深い関係だったの?
肉体関係のこと?・・・あなたはどうなの?
・・・ホテルに誘って、断られた・・・。
誘ったんだ・・・。なんで?
特別な理由なんかないよ・・・ファイトはセクシーだから・・・続きをやってもいいかな、と思っただけだ。でも、奴は冷えてた。私、無神経だったな。後悔したよ・・・。
気にすることない・・・。全く気にすることないよ。あいつは、デリカシーの欠片もない。
私たち、友達になれそうだね・・・。
・・・ハナ、私が親しくなりたいのは、あたたじゃないような気がする。ごめんね。
いいよ。そうなら、私もだ・・・。私を安く見ないでね、許さないよ。
・・・その時は、私も、あなたを許さない。・・・で、なんか変な方向に行ってない?私たち、ライバルじゃないでしょ?あなたが、Jにちょかい出さなければ良いのよ。
私ね、誰かに指示されるのは嫌なの。終わった仲でしょ、あんたとJ・・・。私が、何をしようと、あんたとは無関係だわ。昔の話を持ち出さないでよ・・・。過去を悔やまず、未来を憂いず・・・今を、生きればいい。私に指図しないでね。
私にも、譲れないことがあるのよ・・・。
あんた、欲張りだね。
それでもいいでしょ、初恋なんだから・・・。
へえ~、そんなこと言うんだ。甘えるのもいい加減にして欲しいよ。・・・だから、何なんだよ?初恋の男に手を出すなって?・・・よくそんなことが言えるね。
・・・やめましょう。・・・口じゃ勝てそうにないや。
賢明な判断だ。・・・Kのこと、知ってるの?
ええ、父の同級生。南野高校で一緒だった。伝説の高校生、それがKなの。
頭、良いんだ。
そんなレベルじゃないよ。・・・天才の次くらい・・・。でも、Kは才能を浪費したわ。そのうち、自分をコントロールできなくなって・・・破綻したの。でも、彼、偉いよ。生活を取り戻そうとしてる。戦略分析室は、彼の場所だわ。
・・・いろんなことを知っているだね。
みんな、そう言う。・・・ただ、知っているだけだよ。・・・それが、心地良い時もあるけど、辛い時もある。心は、厄介だわ。
飛べばいいの。あんたは、シミュレーターを楽々クリアした。そこで脱落する者もいるのに。
でも・・・今日は失敗した・・・。
最初から、うまくやれる者はいないよ。・・・Jが、何をしているのか、知りたい?
してることによるかな・・・。
コマンダーに言われて、Jに会いに行った。配送センターの倉庫番だったよ。今も続けてる。薄汚れた作業着で、暗い目をしてたよ。・・・宗教の勧誘だと思われた。・・・でもね、すぐに解ったよ。
何が解ったの?
コマンダーが、彼を欲しがる理由だよ。・・・のろまな振りをしてた。コマンダーが好むファイターだ。
意味が解らない。
簡単に言えば、タレントが足りないのよ。
Jには、才能があるの?
うん。
そうは見えない・・・。
一緒に飛んでみれば解るよ。シルキーなフライトをする。惹かれるよ・・・。優雅に舞う、と言っても良いわ。
ベタ惚れ?・・・彼は、凡庸な男だわ。切れも無いし・・・。的外れな事を考えてる。
だから、良いのよ。
ますます解らない・・・。

初陣

キッド、今日はリザーブだ。ブルーローズを入れる。君は、後半からだ。
はい。・・・コマンダー、あの二人、こないだ居酒屋でバチバチやったって。
何で知ってる?
ハナに聞いたよ。・・・うまく行くかな・・・。ブルーローズは、見た目より気が強いね。
君と同じ、誇り高いファイターだということかな?
買いかぶりだね。新しく来た子犬かもな・・・。
キッド、僕は、君とブルーローズを天秤にかけているわけではないんだ。
あんた、アンリミテッド・サムって呼ばれてたんだって?
ああ、自分でそう思ったことはないが。
ファイティング・バロンだって?
よせよ・・・恥ずかしいじゃないか。
あんたにも、そんな感情があるんだ・・・。
キッド、僕は、君と同じ、アンノウン・ファイターだった。いくらか、人より多く勝っただけだよ。
あんたは、俺たちに、より多くの献身を要求する。何故だ?
僕は、そうして結果を残してきたよ。忍耐と献身だ。無理強いはしないが、ファイターは、そうあるべきだと思う。君たちは、すぐに忘れるからね。

さあ、出るぞ。しばらく、見守ろうか・・・。
(J、ブルーローズのポジションがズレてる。修正してくれ。)
(はい。・・・ブルーローズ、少し下がって・・・。位置が違う。)
(・・・ハナ、どうすれば?)
(ダンス。・・・これから、どんどんスピードアップする。仲間と一緒に踊るんだ。オシッコ漏らすなよ。)
(先輩面しないで・・・。)

シャワー・ルーム

ブルーローズ、よくやった。後半はキッドが入る。交代だ。
・・・何もできなかった・・・私、失敗したわ。
そんなことはない。最初から、うまくいく者など居ないんだ。後半は、リザーブ席に座って。
はい。
よく見て、感じて、何が足りないのかを理解して下さい。

辛勝だな。コマンダー、シャワー・ルームに行っていい?
ああ。
ブルーローズ、一緒に行こう。
え?
Jと一緒じゃ、気まずいだろ・・・。
まあ・・・。ハナは?
Jと一緒に行くだろう。でも、心配ない。二人は冷えてるよ。
あなた、リル・コヨーテだって?子供のくせに生意気ね。
ハハハ、まあ行こうや。裸を見たいわけじゃないし・・・。
いいわ・・・。

キッド、チラ見したでしょ?
バレた?・・・あんた、コマンダーと引き分けたんだって?
道場で遊んだ時のこと?・・・気になるの?
ああ、俺は手も足も出なかった。どうやって、引き分けた?
取られて、取って、三本目は相打ちだよ。そこでやめた。コマンダーが手を抜いたんだろ。
手抜き?奴は、そんなことはしない。二本目は、どうやって取った?
どうって、コマンダーの動きを少しスローにしただけ。
へえ~、そんなことが出来るんだ。
そんなに難しいことじゃない。誰だって出来るよ。
そうかい。(新しい子犬じゃなかったってわけか。)・・・俺には、通用しないかもな。
少し、遊んでみる?
いいね。

キッド、今日は君のおかげで勝てたよ。
ああ、J。・・・ハナも・・・二人のおかげだよ。
(ん?二人も来るの?)
(シャワー・ルームはここだけで、ブースが四つ。一チーム分だよ。ジェンダーレスってか?)
(プライバシーは無いの?)
(俺たちには、必要ない。いずれ慣れるよ。)
(道場に行こうか。付き合ってくれますか?)
(いいよ。J、ハナ、お先だ。彼女と遊んでくるよ。)
(そうか。)
(キッド、侮るとやられるよ。)
(どうだかね、ハナ。・・・そう言えば、あんたとやってなかったな。)
(Jともやってないだろ?)
(兄貴、底が見えねえし・・・。)
(キッド、無駄口叩いてないでサッサと行けよ。)
(へ~い。元カノだって、手加減しねえよ。)
(ハハハ、口の減らねえガキだ。)

リル・コヨーテ

会話
ミニーのこと、聞いたよ。お悔やみを・・・。
ブルーローズ、俺は、誰の子でもないし、誰の友でもない。人の心には立ち入らないのが、ここのルールだ。さあ、少し遊ぼうや。
いいわ。・・・ハナってどんな娘?
見ての通りだよ。スタイルのいい美人だ。気が強い、チャレンジャーだ。まあ、あんたもか・・・。
えっ?
こないだハナとやり合ったって聞いたよ。会って早々どうした?
ちょっとね・・・。
兄貴のことか?昔の男に手を出すなって?・・・恋人同士だったのか?
答えないよ。想い出したくないんだ。・・・質問が多いね・・・。いちいち答えていたら切りがない。
すまないね・・・俺・・・話し相手が少なくてな。
そうか・・・なら、いいよ。私が話し相手になる。
兄貴とハナのマッチの話、聞くかい?
ええ・・・。
最初は3-2で兄貴の勝ち、リマッチは兄貴の完勝、子供扱いだ。で・・・。
なに?
ハナのお尻にJ WONって書いた。
何でそんなことを?
ハナがしつこくリマッチを仕掛けたから、腹を立てたのさ。兄貴、怖いよ。コマンダーもそうだけど、つまらないことで怒らせたら徹底的にやられる。とてもかなわない。
私、Jとやってみようかな。コマンダーとは引き分けたよ。
やめたほうがいい。対等に戦えるかもしれないけど、スイッチが入ったら、彼らは殺しに来る。勝てないよ。傷つくだけだ。
彼ら?
コマンダーと兄貴だよ。・・・別格だ。

覚醒するブルーローズとリル・コヨーテ
やめよう・・・ブルーローズ・・・。俺、自分が怖いや・・・。
・・・・・・。(私もだよ。)
このまま続ければ、俺は、あんたが誰かも忘れて、虫けらを潰すように、勝とうとするような気がする。そんな衝動に駆られるだろう。・・・俺、出来ないわ・・・。
・・・・・・。
その辺の草むらで、私を殺してくれるか?って、ミニーは言ったよ。それから、俺は、ミニーを殺す夢を見るようになった。・・・夜中に、目が覚める・・・。

兄貴・・・。
キッド、ブルーローズとやったのか?
うん、強いや。二ポイントずつ取り合ったところでやめたよ。
なんで?お前らしくない。
・・・なんか、自分が怖くなってさ。
殺しかねないと?
そうだよ。なんで解る?
ハハハ、どうしてかな・・・。マッチは舞踊だ、大胆に、時には繊細に、相手の動きを読んで速くしたり遅くしたりする。ギリギリのところで体のポジションを入れ替えて、首筋にポンだ。そんな遊びだよ。・・・俺とやってみるか?
今日はやめとく・・・。
そうか。
兄貴、ブルーローズとやるのか?
興味ないね。

戦場の歪み

数週間前、バックヤードで。
コマンダー、これを見て欲しい。
これは?
戦場の複製だよ。この戦場には、歪みがある。重力か、気圧か、解らないけど。
自然現象では?
いや、仮想空間に自然現象はない。意図的なものだ。
誰が、どうやって?
解らない。私では無理だ。誰か、優秀な奴、いないかなあ。
心あたり、ないわけではありませんが・・・。配管さんは、どうして歪みに気付いたんですか。
2,3ヶ月前のことになるが、戦場に入った時、微妙な違和感を感じたんだ。アップの時、何度か試してみた。そして、確信した。相手は、そのことを知っている。だから、私たちは不利な戦いを強いられているんだ。
そんな中で、5割を超える勝率を残している。
老兵にも、少しは知恵があるということですよ。
後任のチーフ候補がいます。今度、僕と一緒に会って下さい。
ああ、良いですね。

戦略室のK
(みんな、今夜はゲストがいる。しかし、気にせず、いつも通りに頼みます。)
(誰?新しいチーフ。前のは、素行は悪かったけど、能力はあった。)
(配管さん、その人、出来るの?)
(今、見てもらっているんだ。すぐに解るよ。)
(配管さん?僕も、そう呼んでも?)
(ハハハ、もちろんです。)
(どうやって、戦場の歪みに気付いたんですか?)
(どうしてかなあ。違和感だよ。常識に照らし合わせると、おかしい。理屈じゃ無いんだ。で、何度か試してみて、確信した。邪悪な意図を感じたんだ。)
(あなたは、誰なんですか?)
(無名のオールド・タイマーですよ。)
(ご謙遜を・・・。)
(そう言ってもらえるのは嬉しいが、引退間近のウオリアーだ。)
(・・・僕にヒントをくれました。僕、お役に立てるかもしれません。)
(解るの?)
(すぐには無理かもしれませんが・・・全力を尽くします。)
(君は?)
(僕、Kです。)
(チーフK、だね。コマンダー。)
(はい。課長に報告します。志願してくれたと。)
(勤務時間外だが・・・。)
(大丈夫です。)

(新しいチーフだって。)
(お手並み拝見ってとこか?)
(頭、良いらしいよ。)
(そうなのか?)
(市役所の臨時職員だって。)
(お前、情報、早いな。)
(まあね。知り合いからだよ。知能指数200だって。)
(馬鹿言うなよ。あり得ないだろ。前のゲスは160だって言ってた。それでも、抜群だったよな。)
(良いじゃないか。使えなきゃ淘汰されるだけだ。俺たちもだよ。チーフには、それなりの敬意を払おう。)

(チーフの机はここです。前任者のマシンを残しておきました。新しい方が良ければ用意します。)
(いや、前任者の仕事ぶりを見てみます。パスワードは・・・これか・・・。配管さん、彼、歪みに気付いていた?・・・毎回、変わっている・・・けど・・・その日の中では変わっていないね。・・・彼、分析しています。)
(そうかあ・・・大酒飲みで、女癖の悪い男だったがね。)
(重圧に耐えかねていたのかもしれませんね・・・。)
(コマンダー、良いチーフが見つかって何よりだ。)
(そう思いますか?)
(・・・私も、安心して除隊できるよ。土曜日戦争をテーマに、ライターにでも転身するかな・・・。)
(悪くない。良い選択だと思います。)

ミラクル・バンビ

ファイトが休みの土曜日、練習マッチで決勝まで勝ち上がった小さな娘がいた。コマンダー、ハナ、J、ブルーローズ、リル・コヨーテも観戦している。

ハナ、あのチビ、誰だ?
知らない。初めて見る。良いセンスしてるわ。ミニーみたいだ。
よせよ、ミニーの代わりなど居ない。
ブルーローズ、知ってる?
心当たりはあるわ。・・・ねえ、J。
ああ、あいつの妹かもな。でも、なんでこんな所に居るんだ・・・。コマンダー、呼んだのか?
うん・・・俊敏で忠実なファイターが必要だ。姉にも声をかけたが、答えは得られなかった。姉のほうが戦力なるような気がするけど・・・。
私、後で確かめる・・・。
気になるのかい?
あなたもでしょ?・・・J、よく見とれてた。
俺だけじゃないよ。彼女のお姉ちゃんがあいつなら、野郎どもはみんな見とれていた。
嫌らしい目つきで?
ハハハ、そうかもな。

こんにちわ・・・。決勝戦、惜しかったね。
はい。・・・ブルーローズ・・・。
私のこと、知ってるの?
はい。コマンダーと引き分けたって。今日、試合に出た人は、みんな知ってる。
へえ~、私、有名なんだ。
何か、ご用ですか?
あなたのお姉ちゃんって、誰なの?
ご存じかと・・・。
どういうこと?
私の姉は、南野高校の陸上部で、中距離の選手でした。そして、あなたの恋敵だった・・・。
・・・・・・。
Jさんです。あなたはJさんのオンリーだった。だから、姉は諦めたの。
知らなかったわ。
ウィナーは何も知らない・・・ルーザーは、いろんな事を知っているわ・・・。
あなた、ちょこまかしてるだけのベビーではないようね。
はい。
なぜ、志願したの?
・・・私には、志願する資格があります。
・・・なぜ、志願したの?
・・・ある日ね、コマンダーが私たちに動画を見せてくれた。それは、ハナとJとリル・コヨーテが戦っている動画だったの。リザーブに、あの子がいたわ。私、すぐに解った。日曜学校に来てた青白い顔をした子だった。(キッド、ミニーと代われ!)コマンダーの指示を受けると同時に、彼女が飛び立った。感動したわ。凄いよ、ミニーって言うの?・・・それから、コマンダーは、この戦いは南野市の威信を賭けた戦いだと言った。・・・私、志願しました。
お姉さんは?
態度を保留しました。
そう・・・。ニックネーム、あるの?
いいえ。
バンビ・・・に、すると良いわ。
はい。

ブルーローズ・・・。
はい、コマンダー。
彼女の名付け親になったの?
えっ?
バンビと・・・。
・・・・・・。
名付け親には責任が伴います。君は、彼女が仲間でいる限り、彼女を擁護しなければなりません。
私、どうすれば・・・?
彼女のことを、気に懸けて下さい。
・・・私、出過ぎた事をしたのでしょうか?
いいえ。そうなればいいなあ、と思っていました。バンビは、まだ小さくて、誰かの手助けが必要です。君は、適任です。
自信がありません。私自身、よちよち歩きなのに・・・。
まあ、お願いします。きっと、うまくいきますよ。
・・・はい。

戸惑い

キッド・・・。
なに?
私と遊んでみる?
勝敗が分かり切っているマッチは退屈だ。
ずいぶん偉そうね。
事実を言ってるだけだよ。
・・・決勝の相手は、もうプレ・ファイトで飛んでる。私、いつ飛べるの?
気持ちが逸るのか?・・・判断するのはコマンダーだ。逸る気持ちのままでは飛べない。訓練して、その時を待つんだよ。
・・・残念だわ。行くね・・・。
・・・待てよ。(ミニー・・・。)1回だけだ、リマッチはなし。
私が勝ったら、リマッチもOKよ。
生意気な事を言うな。・・・行こうか。
はい。
(ミニーの代わりなど居ないって・・・。)

(速いな。だが軽い。鬼が潜むファイトでは無理だ。・・・聞いてねえし。・・・聞こえないのか。)
(・・・聞こえてる。集中して、キッド・・・。)
(「キッド、バンビはちょこまかしてるだけのベビーじゃないよ。」ブルーローズ、このチビ、何者だ?)

一本目は、私の勝ちだ。
・・・・・・。
さあ、続けよう。
いや、今日はやめだ。一人にしてくれ・・・。
怖じ気づいたの?
そんなんじゃねえよ。行ってくれ。
了解です。続き、やるよね。
ああ・・・。

バンビが出て行くと、キッドは嗚咽を繰り返した。

リル・・・どうしたの?
・・・ブルーローズ・・・。
泣いてたの?
・・・そのようだ・・・。
何で泣いたの?
言いたくない。・・・俺は、誰の子でもないし、誰の友でもない。
そんなことを言ってはいけません。二度と言わないでね。
・・・ああ、そうするよ。
約束です。・・・違えたら、許しません。
・・・俺に関わらないほうがいい。
どうして?仲間でしょ・・・。おいで・・・。
なに?
ハグしよう・・・。
恥ずかしいな。
なに言ってんの。一緒にシャワーを浴びた仲だ。
そうだったかな。
・・・おいでよ、泣き虫キッド・・・。
・・・姉貴面するな・・・。

野原の二人

キッド、手つなご・・・。
ん?
恋人はデートの時、手をつなぐ・・・。キッド、綺麗な指してるね。
褒めても、何も出ねえぞ。
見て、感じて、思ったことを言っただけだよ。
そうか・・・。
・・・素っ気ないね・・・。
悪気はねえよ・・・。
解っています。

ねえ、キッド、私の胸、触ってみる?
おまえ、胸ねえじゃん。
失礼ね・・・。
キッドは左腕でバンビを抱き寄せ、右手をバンビの左胸に当て、目を閉じているバンビにキスした。
・・・こういうことに慣れてるの、リル・コヨーテ・・・。
初めてだよ・・・。馴れ馴れしくしないでくれ。
はいはい・・・。
・・・楽しそうだな。
バンビが楽しいと、リル・コヨーテも楽しい・・・。
調子に乗るな・・・。
鞍上人なし、鞍下馬なし・・・。
なんだ、それ?
自由になるということです。
意味、解んねえし・・・。
・・・人馬が一体となり走る様子を表した言葉です。私たちのファイトもそうあればいいなあと。
まだプレ・ファイトも飛んでねえのに?
イメージはあるの。そのうち、あなたと一緒に飛べるわ。
(やれやれ、志高いね。)

メンター

バンビ、ちょっといい?
何ですか?
少し、話しましょう・・・。
キッドのこと?
自覚はあるのね。
どういう意味ですか?
そういう意味ですよ。
キッドに近づくなと言ってるの?
・・・近づいているの?
そんなことないよ。1、2回、二人で会っただけだ。何が問題なの?
心配だわ。
・・・干渉しないで下さい。
私の言うことを聞きなさい。
・・・・・・。
返事は?
バンビは、ブルーローズを睨んで顎をしゃくった。ほとんど同時に、平手打ちが飛んだ。バンビは、目に涙を浮かべ、叩き返した。もう一回ずつ。ブルーローズが、また叩こうとした時、手首をつかまれた。コマンダーだった。
何をしているのですか?
コマンダー・・・。
バンビ、外で待っていて下さい。
・・・はい・・・。
何をしていたのですか?
私、バンビを叩いた・・・。
君よりずっと年下で、小さなバンビを叩いた?・・・してはならない、恥ずべき振る舞いです。
・・・・・・。
謝罪しますか?
はい。
バンビ、入って・・・。
・・・コマンダー、私・・・謝罪すべきですか?
いいえ。ブルーローズが君に謝罪します。
・・・・・・。

バンビ・・・私はひどいことをしました。謝罪します。(ブルーローズは深々と頭を下げた。)
(バンビは、声を上げて泣き始めた。ブルーローズは、バンビを抱き寄せ「ごめんね」と。)
バンビ、ブルーローズの謝罪を受け入れますか?
・・・はい、コマンダー・・・。
では、帰り支度をしなさい。外で、キッドが待ってる。壁に向かってボールを投げているかもしれないね。

キッド・・・待っててくれたの?
どうした?
ちょっとミスったよ。・・・ブルーローズと喧嘩した。
いいじゃん、そんなこともあるさ。俺にも、そんなことがあったよ。
誰と?
コマンダーだよ。
キッド、チャレンジャーだね。
ハハハ、ズタズタにされたよ。悔しくて、泣きじゃくった。・・・機嫌、直ったか?
うん、肩の荷が下りたよ。
じゃあ、帰ろうか。俺についてこい。
はい。

キッド・・・。
なに?・・・もっと大きな声で・・・。
また、デートしよう。
俺はかまわんが、メンターに叱られるぞ。
気にしないわ、約束してよ。
そこら辺の野っ原にしか連れて行けないし・・・。
どこでも、二人なら、そこが私たちの場所だよ。
・・・・・・。
ねえ、約束して・・・。
ああ・・・。調子に乗るなよ。
諄いよ。
おいおい、併走は危険だ。俺の後ろに着け。
私が前じゃダメなの?
ダメ。おまえの尻を見ながら走るのは困るんだよ。
そうですか。いいわ、後ろに着くよ。
(やれやれ、厄介な奴だ。)
キッド、マックでバーガーとバニラ・シェーク奢ってよ。なんなら、私が奢るわ。
腹減ったのか?
もっと一緒に居たいの・・・。
ああ・・・。(そんなこと、言うなよ。)

バーガー・アフェア
バンビ、そっちを見るな。
なんか、こっち見てるよ。
気にするな。・・・見るんじゃない!
(おい、生意気そうなチビたちがいるぜ。)
(そうだな。少しカモろうか?)
(よせよ。奴はアンタッチャブルだ。)
(何言ってんの?チョロいぜ。)
(やめたほうがいい。・・・坊主のほうは土曜日戦争のAチームだ。お嬢ちゃんも仲間だろう。・・・俺の言ってる意味、解るよな?)
(?・・・)
(土曜日戦争、見たことあるか?)
(ああ、ハエがブンブン飛び回ってるやつだろ?)
(・・・ハエがブンブンか。撮影クルーが弱いからな。・・・そう見えるか。実際はそうじゃない。四人で一チーム。三人のアビエーターとリザーブが一人、ガチで戦う。仮想空間で、信じられないスピードで、全力を尽くすんだ。坊主は、そのAチームのメンバーだ。特殊な能力を持ってるんだよ。)
(知ってるのか?)
(短い間だったが、入隊していた。Fランクにすら行けなかったよ。で、坊主はAランクだ・・・。)
(・・・・・・。軽率だった?)
(ば~か。迂闊に手を出してみろ、とんでもないことになる。瞬殺されるよ。)
バンビ、帰るぞ。
まだ食べ終わってないよ。
持って、出ろ!
はい。
(横を通る時、三人組のボス格が軽く会釈をし、キッドが返した。バンビは、キッドの腕を握り下を向いていた。)
怖いね。
そんなことはない。
家まで送ってよ。一人じゃ怖いわ。
お前の家、すぐそこじゃないか・・・。
お願い・・・お願いします。
やれやれ。
・・・キッド、私のこと、嫌いなの?
俺は、フレンドシップについて口にはしない。好き嫌いは感じるものだと思う。
私はキッドが好き、だからキッドも私が好き、そういうことなんだ。
勝手な解釈をするな・・・。
あれっ・・・お姉ちゃんだ。
んっ、腕放せよ。
もう遅い。見られちゃってるし・・・。キッド、紹介するよ。
ああ・・・。
お姉ちゃん、紹介するわ・・・。
いいわ、知ってる。リル・コヨーテね。
そうかぁ。
Jと飛んでるって?ブルーローズも入ったそうね。
うん。・・・その、俺たち、マックでバーガー食ってた。それだけだ。
なに言い訳してるの?
いやあ、誤解されるとマズいかと思って。
何を誤解するの?・・・妹を送ってくれたのね。ここまででいいわ。
はい。
キッド、またね・・・。
(キッドは、右手の親指を腰の辺りで立てた。同じ動作をするバンビの頭を、お姉ちゃんがコツンとした。)

メンターの資格

コマンダー、私、失敗しました。
そう・・・そうですね。でも、いいじゃないですか。誰だって失敗します。僕もです。・・・バンビは謝罪を受け入れてくれました。
バンビは、心から、そう思ったんでしょうか?
考える必要はありません。バンビは受け入れると言いました。そう言ったのなら、そうです。憶測は不遜ですよ。
はい。・・・私は、何を間違えたのでしょうか?・・・バンビは、挑戦的に顎をしゃくったの。私、カッとなって、頬を叩いた。バンビは叩き返したわ。私、また叩いた。
いいじゃないですか。君は、小生意気な女の子を叩いただけです。もし、バンビとキッドが問題を起こしそうなら、僕が止めます。でも、問題って何なの?
・・・だから・・・そういうことに・・・奔放であることは良くないことだと・・・。
性的な事ですか?
そうです。・・・バンビはキッドに拘りすぎてる。
恋してるということでは?
そうだわ。・・・早すぎて、危険です。
初恋ですかね。君にも経験があるのではないですか?
・・・キッドは、バンビを傷つけるわ・・・。Jのこと、兄貴と呼んで慕ってるし・・・。
キッドはJではありません。バンビも君ではない・・・。
・・・私、名付け親の資格・・・ありません・・・。
僕は、バンビにとって、君ほどふさわしいメンターは居ないと思います。
・・・どうして?
キッドとバンビ、二人の気持ちが解るからです。特に、バンビの気持ちが・・・痛いほど解る・・・。そうでしょ?
・・・そうかも知れません。
きっと、バンビもそう思っているでしょうね・・・。
小娘と一緒にするんですか?
ハハハ、ちょこまかしてるだけのベビーじゃないんでしょ?
・・・そうでした。・・・でも、ちょこまかしてるし・・・。
そうですね。若い連中、なるべく束縛しないようにしましょう。
はい。

訪問者

コマンダー、お客さんです。
ああ、約束してた。君たちも同席しますか?・・・ミニーのご両親です。
いいんですか?
僕一人でもかまいません。でも、君たちはミニーと組むことが多かったから・・・。
あたし、同席する。Jは?
ああ、そうしよう。気が重いが・・・。

私たちは、ミニーの親です。(中肉中背の白髪交じりの男と小柄な化粧っ気のない女だった。)
はい。僕はコマンダー・・・ミニーの同僚だったハナとJです。僕たちは、名前や略称で呼び合います。敬称はあまり使用しません。まあ、場合によりますが。ミニーもハナ、Jと呼んでいました。
そうですか。娘は、年上のあなた方を呼び捨てに・・・。
いえ・・・僕たちは、大袈裟に言えば戦友です。信頼、親愛の情を込めて呼び合います。
・・・今日は、確認したいことがあって、お伺いしました。
はい。
・・・これです。(男は二通の預金通帳を机の上に置いた。)残高に差はありますが、いずれも子供には不相応な金額です。・・・私たちは、戸惑っています。説明していただけますか?
残高の多い方は、ミニーがファイトに参加し、その対価として得た正当な報酬です。ここでは、性差や年齢によって報酬の加減はしません。彼女のポジションを得れば、誰でも無差別に同額の報酬を得ることができます。それに、未成年の場合、親御さんに管理してもらうか、組織で管理するか選択してもらいます。ミニーは、組織に預けました。彼女が除隊する時に、二通とも僕が渡しました。
・・・・・・。
彼女の異変に気付いた時、僕は除隊勧告をしました。ミニーは、IDを取り上げないで欲しい、と言いました。僕は、除隊を延期する権限を持っています。・・・彼女の除隊を延期しました。延期した期間は無給にして欲しいと・・・ミニーは言った。僕は、僕の権限を行使し、有給扱いにした。それが、少ない方の通帳です。最後に会った時、手渡しました。
ミニーは、なんか言ってた?
お父さんとお母さん、喜んでくれるかな、と言っていました。僕は、そう思う、と答えました。・・・それから・・・。
それから、なに?
(コマンダーは躊躇い、Jは下を向いて、肩を震わせていた。)
・・・はい・・・私、もう頑張れない、と・・・。
(重苦しい沈黙の中で、母のすすり泣きだけが聞こえた。ハナは、Jが握りしめた拳の上に手を置いた。)
・・・その通帳は、ミニーが心血を注いで戦った事に対する正当な報酬です。是非、お受け取りいただきたいと思います。
・・・お父さん・・・。
事情は解りました。母さん、娘の形見だ・・・。
はい。

娘さんが、どんなことをしていたか、体験しますか?
えっ?
シミュレーターに乗っていただけます。・・・疑似体験マシンです。ミニーも乗っていました。
お父さん、私、乗ってみたい。
そう?・・・じゃあ、僕もやってみるかな。
・・・ハナとJがご案内します。

では、そこに座って下さい。両足は、そのところにしっかりと。足の間にあるのが操縦桿です。手前に引くと上昇し、前に倒すと下降します。右左に倒すと、それなりに曲がって行きます。敵機にぶつかったり、墜落しても、現実に何かを破壊するわけではありません。仮想空間の出来事ですから、心配ないです。パパママレベルで、体験してもらいます。
パパママレベル?
はい。一般的な、普通の人たちが、そこそこクリア出来るレベルです。父母の日のイベントでは、このレベルで乗ってもらっています。
父母の日って、ミニーは何も言ってなかった・・・。
子から親に連絡します。俺たちから言うことはない。親を呼ぶ子もいるし、そうでない子もいる。・・・ミニーは隠し事をしていたわけではない。
キッドはいないの?
今日は学校の行事があって、そっちのほうにいってます。右にあるヘルメットをかぶって・・・。何が見えますか?
草原と青空が広がっている・・・。
そうですね。右にあるボタンを押すと、飛行します。操縦桿を手前に引いて、上昇する。水平飛行に入り、前に進むと敵機が現れる。避けたり、撃ち落としたりしながらゴールを目指す。簡単なゲームです。お二人で協力して戦うことも出来ます。
どうやって?
心を通わせて・・・。そうですね、タンゴを踊るように、パートナーを感じて・・・。
難しいことを言うわね。
まあ、やってみましょう。
いいわ。・・・お父さん?
ああ、大丈夫だよ。

どうでしたか?
これなら、子供でも出来るでしょう。
いや、これは初心者用です。
上級者のレベルを試せるの?・・・ミニーが飛んでいたレベルを試したい・・・。
無理です。やめたほうがいい。
お父さん、私、やってみたい。
そうか。僕は遠慮するよ。
ねえ、ダメなの?
戦士のレベルは、禁止されています。でも、その手前なら、ハナが一緒に飛ぶ。ハナ、いいよね。
いいわ・・・。
君、本当にやるのかい?
・・・娘に出来ることが、私に出来ないわけない。・・・やってみるわ。
そうか。・・・お願いします。
はい。私に任せて下さい。サポートには慣れています。・・・お母さん、行きましょう。さっきは60秒のフライトでした。今度は、三倍の180秒です。

Jさん・・・。
さん付けには慣れていません。
女房は大丈夫でしょうか?
このレベルでは、天候の変化が加わる。雨、風、前が見えなくなるほどの嵐も。でも、ハナが、全力でサポートします。多分、途中で何も出来なくなる。娘さんが、どのレベルで戦っていたのか解ってない。このフライトで、少しは解るでしょう。娘に出来て、自分に出来ないはずがないと言った。・・・自分が、どんなに不遜だったか知ることになる。自分の娘が、どんなに優れていたかを知ることになるんだ。・・・無遠慮な物言い、ご容赦下さい。
・・・・・・。
娘さんが、なんと呼ばれたか知ってます?
・・・・・・。
インビジブル、インビジブル・ミニー・・・敵が名付けた。速すぎて見えないという意味です。奥さんは、その半分以下のスピードで飛んでいます。退屈なフライトだ。・・・さあ、そろそろ終わりだ。行きましょう。

母さん・・・?
・・・立てないわ。手を貸して・・・。
お母さん、私の肩につかまって・・・。
ハナさん・・・トイレに連れてって・・・。
はい。一緒に行きましょう。
ハナさん、私、間違っていた・・・。
いいえ。さっきのレベルで飛んだ保護者の方はいません。あなたが初めてです。
でも、娘が飛んでだレベルじゃないんでしょ。
はい、比べものになりません。あのレベルなら、娘さんは楽々クリアします。一人でも。・・・天候の変化を察知し・・・。興味ないですよね。
・・・・・・。
私は、ミニーを誇りに思っています。本当に、誇らしいわ・・・。
あの子は、もういません。
・・・例え肉体が滅びても、死者は親族や友人の中で生き続ける・・・ミニーもです。
そうね・・・ハナさんの言うとおりだわ。
ハナと・・・お呼び下さい。
解ったわ、ハナ。・・・来て良かった。

コマンダー、ありがとうございました。
はい。お気をつけてお帰り下さい。
・・・母さん、行こうか・・・。
はい。

質素な車だ・・・。
J、君は「軽」だろ。
俺、好きで乗ってるよ。
仲の良さそうなご夫婦だね。胸を衝かれるよ。
コマンダー?
いや、なんでもない。僕たちも帰り支度をしよう。
J、食事するか?
・・・ハナ、今日は、やめとくよ。

つまんねえ男だ。
ハナ、Jにちょっかい出すの、やめたらどうだ。
ハハハ、コマンダー・・・あたし、言うこと聞かないよ。

姉妹

バンビだって?
ええ、ブルーローズがメンターなの。
Jもいるんでしょ?
いるよ。ハナがちょっかい出してる。
ハナって?
スタイルのいい美人だよ。気が強くて、男の好みが変だ。
言うねえ、お前もだろ?
キッドのこと言ってるの?
そうだよ。
ブルーローズも、同じ事、言ってたわ。干渉するなって言ったら叩かれたよ。あんたに言われたくないって感じかな。
やれているのか?
この前、練習マッチで決勝まで行った。その相手は、もう、プレ・ファイトを飛んでる。
なに、それ?
ファイトの前に「場」を確かめるんだよ。実戦と同じスピードで隅から隅まで飛ぶ。デビュー目前の連中の役割だ。私はまだ飛べてない。早くキッドと飛びたいわ。
飛べるの?
私は努力している。きっとその日が来るわ。
無理しちゃダメよ。
大丈夫だよ。パートタイムだし。Jだって、仕事してるしね。
何をしているの?
知りたい?
ええ。
倉庫番だって言ってた。
へえ~・・・。
彼は、そういう言い方をするのよ。
そういうって、どういう?
自分を卑下する?・・・厄介な男だわ。そういうの、NGっしょ。素直じゃない。
そうかもね。
お姉ちゃん、昔、気があったんでしょ?・・・秋波を送ってたりして・・・。
そんなことしてないよ・・・。
・・・強敵が居たからね。
ピーちゃん?
そう、ブルーローズよ。もう、Aチームに入ってる。
それって、凄いの?
はい。・・・コマンダーとタイのマッチやったって噂になってる。
コマンダーって誰?
アンリミテッド・サム・・・レジェンドだよ。今は、トップ三チームを率いる司令塔・・・。
組織のヒエラルキーがあるんだ・・・。
そう、私も、上を目指さなければね。
ブルーローズとJはどうなの?
気になる?
少々ね・・・。
見るとこ、いずれ三角関係になるね。J、ハナ、ブルーローズで。今は、ハナが一歩リードしてる。ハナ、肉食女子だからね。ホテルに誘ってるし・・・。
Jは?
行かなかったんだって。・・・ハナがちょっかい出して、Jが適当にいなしてるって感じかな。
そんな美人に言い寄られたら、Jだって悪い気はしないんじゃない?
お姉ちゃん、解ってないね。厄介な男を落とすには、ストレートにアタックしてもダメなんだよ。
どうすればいいの?
ケースバイケース・・・。だから厄介なのよ。セックスはゴールじゃないしね。・・・私、面倒な恋してるわ。・・・キッドは恋愛について口にしないんだって・・・感じるんだって。どう感じればいいの?解らないよ・・・。
解らなくてもいいのよ。いずれ、解る時が来るわ。遅かれ早かれ、解る時が来る・・・急がないでね。
はい。・・・ねえ、お姉ちゃん、今度、父母の日に行こうよ。
私、お前の親じゃないし・・・。
親族は大丈夫。Jもハナもブルーローズも居る。きっと楽しいよ。
そうね、行ってみようかな・・・。
Jにプレゼント、持って行くといいわ。
なにを?
Jの好物がいいね。・・・コーヒー牛乳。近所のスーパーで売ってるよ。
そうなの?でも、渡せなかったら、私、間抜けだ。
その時は、私が渡しますよ。お姉ちゃんからだって・・・ちゃんと伝えるわ。
・・・そうしようかな・・・。
たくさん買い込んじゃダメだよ。多けりゃいいってもんじゃないからね。1ダースほど買おうかなって思わなかった?
いけない?
逆効果なんですけど・・・。
何本ならいいのよ。
私的には5本かな。少なすぎず、多すぎず・・・。本数には意味があるの・・・Jはきっと気が付くわ。
なんで、そう思うの?
Jはね、みんなが言うほど鈍感じゃないよ。人の軽微な反応を見逃さない、でも言わない。どうするの?お姉ちゃん。
どうするって、気があるわけじゃないし・・・。
なら、5本だね。

リプライ

バンビ・・・。
なに?
お姉ちゃんは来なかったの?
はい。・・・お姉ちゃんからプレゼントを預かってます。
えっ?
これです。
ワォ・・・俺の好物、何で知ってんの?
私がバラしました。余計なことをしましたか?
いやいや、嬉しいね。
そう言うと思った。
・・・そうだ、今日はキッドのママが来てるよ。
え~~~そうなんですか。
あいつ、素っ気ねえからなあ。お前が接待しろよ。
ちょっと、荷が重いです。
そんなこと言うな。紹介するよ。
(ヤバいです。)

お母さん、紹介します。バンビです・・・。
そう。息子のお友達?
はい。
同い年だそうね・・・。
そうです。仲良くしてもらってます。
そう・・・。これからも、よろしくね。あの子、友達が少ないから・・・。
はい。
息子は、お役に立てているの?
はい。申し分のない貢献をしていると思います。
あなたは?
私は、まだ入隊したばかりで・・・そういうことです。
・・・期待されていると聞いたわ。
・・・はい・・・。
依怙贔屓じゃないといいわね。
・・・意味が解りません。
(まあまあ。)お母さん、シミュレーターに乗りますか?バンビがサポート・・・いや、一緒に飛びます。
そうね・・・パートナーは息子がいいけど・・・。
バンビは娘のようなものですよ。お楽しみいただけると思います。
そう・・・バンビが良ければいいわ。
はい。もちろんです。ご一緒します。
ダルなレベルはごめんだわ。J君、あなたが選んで・・・。
はい。(やれやれ。バンビ、レベル2でいいか?)
(いいけど。もっと上げても良いんじゃない?)
(いや、やめておこう。・・・無知なだけだ。サポートして・・・。)
(はい。)
・・・行きましょう、お母さん。

お母さん、終わりました。
・・・そうね・・・。バンビ、あなた、凄いのね。
いいえ、息子さんの足元にも及びません。
そう・・・だから、私、相手にされないのね・・・。バンビ、息子のことが好きなの?
・・・はい。
・・・あの子、そういうことには疎いから、傷つけないでね・・・。
はい。私、キッドを傷つけるつもりはありません。
キッド?そう呼ばれてるの?私たちが付けた名と違うわ。
お母さん、ニックネームです。俺たちがキッドと呼んだ。彼は、自らリル・コヨーテと・・・。
・・・そう・・・バンビ、あなたに意地悪するつもりはないわ。ごめんね、母親の権利を少しだけ行使しました。解ってね・・・。
はい。

J、ママ、怖いよ。
バンビ、人は誰でも、誰かの子で、いずれ誰かの親になる・・・。
・・・あんた、そんなこと言うんだ。
ああ、嫌がらせしてるわけじゃないよ。キッドは、初めて母親を呼んだ。君も会っておくべきかと・・・。お節介だったかい?
いいえ・・・。
迷惑ついでに、頼みたいことがある・・・。
なに?
君のお姉さんに、ピンクのバラを5本送りたい。頼めるかい?
いいわ、お安いご用だよ。メッセージ・カード付ける?
アンサインドと。
カタカナ、英語、どっち?
任せるよ。
はい。・・・英語にしておくわ。お姉ちゃん、英語の成績良かったし、あんたの微妙な想いは伝わるよ。
・・・俺、その、下心はない・・・。
ハハハ、バラ5本で女を釣れるわけないじゃん。J、緩いこと言ってんじゃないよ・・・。
おっ、キッド、どこに行ってた?(助かったよ。)
みんなの親御さんの相手をしてた・・・。バンビ、お袋のサポートしてくれたんだってな。
はい。
すまんね・・・。
(そう思うのなら、ご褒美をいただけますか?)
(ああ、そうする。何が望みか言ってくれ。出来ることは、何でもするよ。)
(デート券、5枚貰おうかな?)
(そんなもんで良いのか?)
(ジョークです。何でもあり券10枚で・・・。)
(ちょっと、多すぎないか?)
(キッド、不満なの?私は、あなたのお母さんと一緒に飛んだ。全力でママをサポートしました・・・。)
(感謝しろと・・・?)
(そんなこと言ってないよ。少しは、優しくしてって頼んでるんだよ・・・。)
(・・・解った。無期限の何でもあり券、1枚やるよ。いつでも、どこでも、回数も無制限、それでいいか?)
(・・・いいよ。今は受け取らない。私が受け取りたい時に受け取る、良いよね?)
(ああ、ジャッジ・オン・ユーだ・・・受け取る時は、お前が俺のワン・アンド・オンリーになる時だ。)

J、私、ジョーカーを手に入れたわ。
そうだね。
でも、あまり嬉しくない・・・。
良いじゃないか。カードは君の手の内にあるんだから。
私、キッドを信じて良いの?
自分で判断して・・・俺ならキッドを信じるけどね。
怖いよ・・・。
お前も、少しは成長したのかな・・・。
そうかぁ・・・。
それより、俺の頼み、忘れるなよ。
大丈夫、ピンクのバラ5本に、カードはアンサインド、お姉ちゃんにね。・・・J、ナイーブだね。
大人をからかうな。まあ、頼むよ。
はい。

バラの後日談
J、薔薇、お姉ちゃんに渡したよ。
ああ、ありがとな。
お姉ちゃん、あんたに会いたいって・・・。
いやあ・・・なに話していいかわかんねえしな。
・・・黙っていればいいじゃん。
沈黙は、気まずいかな・・・。
なら、断るか?
ちょっと待ってくれ。俺にも、心の準備ってもんがある。
J、お姉ちゃんはチキンを相手にしないよ。せっかく私がセットしたのに・・・。
酒、飲んでもいいかな?
良いんじゃない。未成年じゃないし。お姉ちゃんも、けっこう飲むよ。
そうか。会ってみようかな。・・・お前も同席してくれるか?
いいけど。・・・Jは、一人では何も出来ない。
俺・・・。
いいよ、私が何とかするから。

クリスタル

J、来たわ。
ああ・・・。
しばらくね、J。
そうだな。高校の時以来だ。俺・・・。
妹から聞いてる。頑張ってるんだ。
まあな・・・。
まずは乾杯しようよ。J、ハイボール?
うん。
お姉ちゃんは?
同じもので・・・。
じゃあ、私はオレンジ・ジュースか?

J、なんか言って・・・。
・・・会えて嬉しいよ。
(鈍くさ。)
私も・・・元気そうで安心したわ。妹が世話になっているそうね。
まあ、何をしているわけでもないが・・・。俺、複雑な気持ちでお前を見てたよ。うまく行ってなかったから、お前が眩しかった。
ブルーローズと付き合っていたよね。
そうだな。
好きだったの?
そういうことになるかな。
J、歯切れが悪いね。私、帰るよ。お姉ちゃん、いいよね。
いいよ。
J、頑張れ!
ハハハ、どう頑張ればいいのかね?
自分で判断しなよ。お姉ちゃん、手強いよ。
余計なこと言ってないで、サッサと帰りなさい。
はい。

ブルーローズがバンビと?
うん。高校時代の、お前のニックネームだ。俺たちは、クリスタル・バンビと・・・。他校の阿呆どもも追っかけしてたなあ。
・・・・・・。
もう少し、飲もうか?
いいわ、私と勝負してみる?
よせよ。そんなことがしたくて来たわけじゃない。ただ、会ってみたくなった。
私も、同じだ・・・。ブルーローズといちゃついて、勝手に辞めてった奴に、会ってみてもいいかなって思ったよ。
お前、まだ走ってるのか?
いや・・・たまにジョグしてるけどね。
就職したのか?
したよ。
そうか。才色兼備だったからなあ。・・・男、居るのか?
今はいない。
そうか・・・。前は居たんだ。誰?
あんたの知らない男だよ・・・。
なんで別れた?
バカだねえ、本当の理由なんて言うわけないじゃん。訊いてはいけないことだよ。
すみません。お前って、そういう女だったんだ。
そういう?
ツンケンしてる。俺、嫌われているかと思ったよ。
ハハハ、ごめんね。でもさあ、好きとか嫌いとか言うほど付き合ってないよね、私たち。高校の時だって、ほとんど話してないし。
そうだった、俺、自意識過剰かな?
あなた、そんなふうだったの?ブルーローズとも・・・。
どういうことかな?
なんか、ズレた会話でダラダラしてるし・・・。
そうだよ。そう言われれば、そうだ。
きっかけはなに?あなたが誘ったの?それとも・・・彼女が告ったの?
以心伝心かな・・・放課後の自転車置き場で、俺、誘われてキスした。初めてだったよ。感触、覚えてねえけど。
私とキスしてみる?
是非、お願いしたいけど、ここじゃマズいだろ。別れ間際に、こっそりしようよ。お前の家の、最後の曲がり角の手前あたりで、隠微な感じでさ。なんか、ワクワクするじゃないか。適当にボディタッチしたりしてさあ。
いいね。もう一杯で帰ろう。私の家の手前で隠微な感じで・・・ワクワクはしないけど、ちょいナーバス?・・・がっかりさせないでね。

バンビの忠告

バンビ、こないだ、ありがとな。
うまくいったの、J?
ああ・・・キスした。目眩く時だよ。
節操のない男だねえ。フラフラしてると、虻蜂取らずに終わるよ。
そうか?
私の忠告、聞いてみる?
・・・うん・・・。
大事な話だから、よく聞いてね。
何の話だ?
男は、どうあるべきかって事だよ。
へえ~。そんなこと、解るのか?
まあ・・・人としてどうあるべきかと言っても同じ事だけどね。
俺、ズレてるか?
そう、だから忠告するの。
いやあ、なんか、すまんね・・・。
いいよ、私の好意ですることだから・・・。
やれやれ、お前に説教されるとはなあ。
お説教じゃなくて、忠告!
・・・怒ってんのか?
怒ってるわけじゃないよ。腑抜けを見てるとイライラするだけだ。あっちへフラフラ、こっちへフラフラ、あんた、どっち向いてんの?
どっちと言われてもなあ・・・。
わかりやすいように、話を単純化するね。今、あなたは、ボートに乗っている。もう一人だけ、そのボートに乗せることが出来る。目の前には、溺れかけてる三人が居る。私のお姉ちゃん、ハナ、ブルーローズ・・・。誰を乗せるの?
難しいな。残りの二人を見殺しには出来ないし・・・。
J、だからダメなのよ。誰を乗せるにしても、他の二人は誰かが助けるよ。
えっ?そんな設定なのか?・・・それなら、一番近くに居る奴を乗せるかな。
誰でもいいの?
だって、他の二人も助かるんだろ?
どうやら、話を単純化してもダメなようね。
矮小化って言うんじゃないのか?人生は、そんな例え話で計れるもんじゃないだろ・・・。
・・・J、溺れかけてる三人て、誰だっけ?
ハナ、ブルーローズ、お前のお姉ちゃんだ。
そう、私のお姉ちゃんとハナとブルーローズだったね。
・・・・・・?
私の忠告は、おしまい。
そうかい、ありがとな。
いいえ・・・。少し、生意気な事をしました。気を悪くしないでね。
ああ、もちろんだ。

約束

キッド・・・今日も勝ったね。
ああ、バックヤードのチーフも新しくなったし、コマンダーも一皮むけたかな。
相変わらず、偉そうね。
なんか用か?・・・一緒に帰るつもりだけど。
約束の、何でもあり券、受け取る・・・。
そうか・・・解った。
・・・・・・。・・・それだけ?・・・なんか・・・物的な、エビデンス無いの?
・・・必要か?
・・・そう、思う・・・。
ちょっと待ってて・・・。
(キッドは、グランドの隅に行き、クローバーが群生する前で立ち止まり、躊躇いがちに身を屈め、戻ってきた。)
バンビ・・・。
はい。
四つ葉が二つある。一つは、俺が葉っぱの端をカジってお前に渡す。お前も、同じようにして俺にくれ。本の間にでも挟んでおくといいよ。
・・・押し花かぁ・・・。
まあ、花じゃねえけど・・・。
・・・そうするよ・・・。四つ葉って、簡単に見つかるの?
いや・・・。
あなたは、すぐに見つけた・・・。
俺は、隅々まで知っているんだ。どこにあるのか、あるのか無いのか・・・。
嘘だぁ・・・。
・・・本当なんだよ、バンビ・・・。・・・俺は、あの、群生するクローバーの上で、ミニーを殺した。
・・・・・・。
嘘・・・そんな夢を見ただけだ。本当なら、今頃、ここに居られないからな・・・。

キッド、自転車の後ろに乗せてよ・・・。
道交法57条違反だ。
広場を一回りするだけでいいよ。公道じゃないし・・・。何でもあり券、持ってるし・・・。
いいよ。落ちるな。
大丈夫だと思うよ。
(おいおい、抱きつくな。ゆっくり走るし・・・。)
さあ、走って・・・。
よし、行くぞ。

憂鬱なバンビ

バンビ・・・。
ああ・・・J・・・。
どうした?
私・・・つまんない・・・。
どうして?
・・・解るでしょ・・・。
キッドは合唱大会の練習だったね・・・。
キモッ!・・・女子も居る?
普通に居ると思うよ。
キッド、口パクやってんじゃないの・・・。
いや、キッドは伴奏者だ。
へ~ぇ・・・。ねえ、J・・・ワンアンドオンリーってなに?
う~ん、唯一無二かな。
私が聞きたいのは、そんなことじゃないよ・・・。
・・・父母の日だったね。君はキッドのお母さんと飛んだ。君は、キッドにご褒美をねだった。キッドは、何でもあり券を・・・君は受け取りたい時に受け取ると言った。キッドは、その時は、君がキッドのワンアンドオンリーになる時だって言ってたよね。
そうだわ・・・ワンアンドオンリーってなに?
・・・どんなに可愛い娘が現れてもキッドのナンバーワンは君だということかと思うね。それに、何でもあり券を持っているから、君は側に居たければ居てもいいし、嫌なら離れてもいい。
キッドは?
キッドは離れない。なぜなら、君はキッドのワンアンドオンリーだから。
なんか、私、凄いね。
そうだね。・・・バンビ、鬱ぎ込んでいてはいけません。いつも、機嫌良くするように努めなければダメですよ。
わかったわ。J、あなた、腑抜けじゃなかったね。・・・あと、私、依怙贔屓されてるの?
ハハハ、コマンダーはそんなことしないよ。俺が、よく知っている。
(コマンダーが近づいてきた。二人は立ち上がり、目礼をした。)
バンビ・・・。
はい。
君に渡したいものがあります。
はい。
受け取りますか?
はい。・・・これは?
戦士の胸章です。飛ぶ時は、左胸のところに必ずつけて下さい。
はい。
今日、プレ・ファイトで飛びますか?
はい。
では、準備して。あまり時間がない。細かい指示は飛行中にします。急いでね。
(二人は、軽やかに走り去っていくバンビを見ていた。)
コマンダー?
J、物事にはタイミングがある。それで、判断しました。僕、間違っているでしょうか?
いいえ。俺、判断する立場にありません。
賛成してくれますか?
はい。言うまでもなく・・・。
これからは、バンビを一人の戦士として扱います。ブルーローズと協力してフォローして下さい。
承知しました。
・・・君、言葉使い、変わったね。
ハハハ、やだなあ・・・。

ファミレスへ

兄貴・・・。
ああ、キッド。練習は終わったのか・・・うまくいったか?
そこそこ?・・・緊張するよ。
なぜ、伴奏やってる?
俺より上手い奴がいないからだよ。まあ、地区で一番ってわけじゃないけど・・・。
そうか。・・・なあ、キッド・・・バンビがプレ・ファイトを飛んだ。
そう?
食事に誘え。
うん、マックでいいかな?
いや、ファミレスにしよう。・・・俺も同席する。
兄貴も?
・・・バンビの初フライトを祝福したい。・・・初めて、胸章を手にした時のことを覚えてるか?
うん。・・・通過点に過ぎない。
お前にとってはそうかも知れないが、バンビは違う。お前は、祝福すべきだ。
兄貴、どうした?
バンビを誘え・・・。返事は!
・・・イエス、ウィ、ダー、ネ、シーダ・・・はい。
ふざけてるのか?
・・・兄貴、俺、そうすべきか?
お前の、ワン・アンド・オンリーを、このタイミングで誘うのは当然だろ。・・・どうする?
・・・兄貴の言うとおりにするよ。
それでいい。俺、先に行ってるから・・・。必ず来いよ。
・・・はい。必ず行きます。

バンビ・・・。
キッド、来てたの?
ああ・・・。
合唱の練習だって?
そうだよ。学校の行事を優先しないと、コマンダーに怒られる・・・。
そうかぁ・・・。
バンビ・・・。
はい。
おまえ、プレ・ファイトを飛んだんだって?
そう。Jと話をしていたら、コマンダーが来て、胸章をくれたの。
チビらなかったか?
無神経な男だねえ・・・チビったら、おむつをしてでも飛ぶよ・・・。
そうか。・・・なあ・・・頼みがある。
なぁに?
食事に、付き合ってくれないか?
・・・・・・。
お前の、初フライトを祝福したい。兄貴も一緒だけど。
・・・・・・。
嫌か?
・・・何と言えばいいのか、わからないよ。
行くのか、行かねえのか、どっちかだよ。
行くわ。・・・一緒に行ってくれるんだよね。
当たり前じゃないか。さっさとしようぜ、兄貴、短気だから、待たせねえようにしないとな。
そうだね。
いつものように、俺について来い。
はい。

兄貴、待たせたかい?
今来たばかりだよ・・・一杯目だ。
顔、赤いんですけど。
なあ、バンビ、思ったことを言えばいいってもんじゃない。TPOって知ってますか?
やれやれ、兄貴、酔ってる。
俺、嬉しいのかなあ。
自分で解れよ。自分で自分を解らなくなったら、終わりだ。・・・兄貴、どうしたんだ?何かあったのか?
何もねえよ。・・・ああ、そうだ・・・バンビにプレゼントがある。
えっ・・・なに?
ホール・ケイク、一番小さいやつだけど・・・。
なんで?
君の初フライトに、祝意を表したいからだよ。体重を維持しなければならないから、小さいのにしたんだ。なあ、キッド。
・・・兄貴、それ、何杯目だ?
キッド、やめなさい。酒飲みに言うことじゃないよ。
・・・そうかい。
俺、帰るわ。後は、適当にやってくれ。
ちょっと、何言ってんの。勝手すぎねえか?
キッド、俺はバンビに借りがあってなあ。こんなことで返したとは思ってねえけど・・・。おまえにも、教えておかなければならないことがある気がしてな。

本当に行っちゃたよ。
そうだね。
兄貴、どうかしてるぜ・・・。
(どうかしてるのは、あんただよ。)
・・・なんか、言ったか?
何も言っていません。
そうか・・・。何か、食おうぜ。
奢ってくれるの?
今日は、割り勘ってわけにはいかないだろう。特別な日だから・・・。
・・・キッド、無理してない?
・・・・・・。
私、誰かの代わりは嫌だよ。
バンビ・・・そんなこと、言うなよ。
・・・弱虫・・・。
・・・過去は、変えられねえし、戻ることもできない。・・・でも、未来と自分は変えられるって聞いたよ・・・。
・・・・・・。
・・・・・・。
・・・私・・・無神経だった・・・。
・・・なら、おあいこだ・・・。

帰宅

お姉ちゃん、ただいま。お母さんは・・・?
用事があるって、父さんと出かけたよ。・・・そんなに遅くはならないと言ってた。今日は、いつもより遅かったね。・・・あれっ、何持ってるの?
プレゼント・・・。
いいことがあったのね。紅茶を入れるわ。着替えてくる?
いいよ、このままで・・・。
そうかぁ・・・プレゼント、開けて見せてよ。
お姉ちゃん、開けて・・・。
いいよ。どれどれ・・・。あら、可愛い。メッセージがあるよ。読む?
はい。
「バンビ、初フライト、おめでとう」だって。誰から?
・・・キッドとJ ・・・ということになってるけど・・・Jが用意したのよ。でね、一緒に食事したの。Jは、お酒をたくさん飲んでて、すぐに帰った。私、キッドと少し話して・・・後悔したわ。
・・・・・・。
ああ、ケーキが小さいのは、私の体重を考えてのことなの。ケーキやアイスクリームは控えるように言われてる・・・。
そう、大変ね・・・。
当たり前のことです。
キッドは、どうしたの?
近くまで送ってくれて、そこで別れた。
前のように、腕を組んで歩いたの?
・・・手さえ握ろうとはしなかったわ。・・・怒ってるんだよ・・・。
なんで、怒ってるの?
知らないよ・・・。
バンビ・・・キッドは、自分から進んでではないかも知れないけど、あなたの初フライトを祝福してくれたのよ。そうでしょ?
・・・・・・。
そんなことを、いやいやするような子じゃないわ。・・・何を話したの?
言いたくありません。
・・・人は、自分の意のままにはならないのよ・・・。
解ってます。
・・・ケーキ、私も食べていい?
どうぞ・・・。
一緒に食べようね。
・・・・・・。私・・・キッドを傷つけた・・・。
そう・・・凄いのね。あなたより背が高くて、ランクはずっと上、そんな男を傷つけたんだ・・・。そんなに強かったんだ。
お姉ちゃん、私のこと、慰めてるの?
そうです。私の妹は、小さなプレゼントを持って、ひどい顔をして帰ってきました。何を訊いても、まともに答えない。私は、少し心配になって、何があったのか探りました。でも、本当のことは解りませんでした。そして、どうやら、キッドとギクシャクしたらしいということが解りました。私の、愚かな妹は、大切な記念日を台無しにして、プレゼントを大事そうに持って、泣きながら帰ってきました。・・・もっと言う?
そのくらいにして下さい。・・・私、誰かに大事にされる資格ない・・・。
そうだね。
・・・私、泣いてねえし・・・。
堪えているの?
・・・そうだよ・・・悪い?
あおちゃんの話、聞く?
誰?
小2の時の同級生・・・あおちゃんはね、とてもかわいい男の子だった。前から2番目に座っていたわ。近視で、黒板の字がよく見えなくて、先生に訊いたり、黒板の近くまで行ったりしてたの。ある日、眼鏡をかけて、そう、賢げな感じで教室に来た。なんて言ったと思う?
・・・・・・?
「やべえ、メチャ見える」って言った。・・・バンビ、誰であれ、人にはそれぞれ事情があるの。・・・今度会った時にお礼を言って、謝るといいわ。
・・・どの面下げてって感じよ・・・。
どの面って、顔は一つしかありません。

ごめんね

立ち話をしているJとキッドに、バンビが近づいてきた。

よう、バンビ・・・こないだは悪かったな。調子に乗って飲み過ぎた。
J・・・私、キッドに話があるの。
そうか。じゃあ、またな。

あらたまって、どうした?
・・・私の、初フライトを祝福してケーキをもらったわ。お礼がまだだった・・・。
いいよ、気にするな。ささやかな祝意を表しただけだから。あらためて礼を言われると照れるよ。
それとね・・・。
んっ?
私、あなたに謝る・・・。
そうかい。
ごめんね・・・。
ああ、何のことかわかんねえけど、仲直りだ。
どうするの?
普通、ハグすんじゃね?
・・・うん・・・。

キッド、汗臭い・・・。
・・・おい、ちょっと・・・。
汗って、本当に塩っぱいかどうか確かめました。
ああ、シャワーさっさと済ますから、一緒に帰るか?
うん。

所在なさげなバンビにJが近づいてきた。

バンビ・・・。
なぁに?
キッドと、なに話した?
秘密です。
そうか。
・・・この前、あなたが帰った後、私、ちょっと突っ張っちゃった。
ふ~ん。キッド相手に突っ張ったのか、お前、凄いな。
でも、いいの。さっき仲直りしたから・・・。
また、マックに寄るのかい?
そうなるかも。でも、怖い人たちが居るわ・・・。
ハハハ、あいつらなら大丈夫だよ。
知ってるの?
うん。ちょっとな・・・。おまえたちには手を出さないよ。
どうして?
おまえ、ランク、どの辺だ?
D、いいえEくらいかと・・・。
キッドは?
Aでしょ?
そうだ。で、ケンちゃんだけど、Fランクにも届かなかった。金髪のごつい奴がいたろ、ケンちゃんだ。俺の言ってること、解るよな。胸章を手にした者は、それなりの振る舞いをしなければならない。オドオドしたり、肩を落としたりしてはならない。そうした責任があるんだよ。
・・・はい・・・。J、ありがとね。ケーキ、あなたが買ってくれたんでしょ?
キッドと、お金を出し合って買ったよ。
美味しかったわ。お姉ちゃんと一緒に食べた。・・・高かったでしょ?
まあ、それなりの値段だが、ポケット・マネーを出し合っただけだよ。大袈裟な感謝は、無礼かもな・・・。
・・・・・・。
おっ、キッドが来てる。なにやってんだ、あいつ。・・・妙な遠慮しやがって。
J、ありがとう・・・私、行くわ。
おお、仲良くやれや。
はい。

ひよどり坂

J・・・。私、Cランクに上がったわ。
ああ、知ってたよ。
キッドと飛べる?
う~ん、近づいたね。
コマンダーに、推薦してくれる?
・・・それは、できない。コマンダーの判断に、口出しすることはできないんだ。
・・・・・・。
キッドと、何かあったのか?
何もないよ。・・・学校も違うしね。・・・土曜日に会うことはできるけど、別行動・・・。別々に来て、一緒に帰る。それだけだわ。
何でもあり券、持ってるだろ。
・・・そうなんだけど、それなりの分別が必要だよ・・・。鬱陶しいと思われてもヤダし・・・。
・・・・・・。倦怠期?
なに・・・それ。
何でもないよ。

ねえ、J・・・ひよどり坂って知ってる?
うん。
陽菜ちゃん・・・私のクラスメートなんだけど、好きな男子がいたのよ。チョコ渡したりしてた。陽菜ちゃんね・・・彼と、ひよどり坂を歩いて、ゲットした。・・・パワー・スポット?
・・・どうかな。
行ったことある?
あるよ・・・昔にね。
誰と行ったの?
秘密でいいかな?
いいよ。ブルーローズでしょ?
ブッブー。残念でした。
他にも女が居たの?
バンビ、言葉遣いには気を付けなさい。・・・それに、俺は二股かけるような真似はしない。・・・一人で行った。武家屋敷を見て、ヒヨドリ坂を下りて、部屋に戻った。まだ、ハナに会う前だ。・・・ヒヨドリ坂を歩くんなら、若竹が伸び終わってしばらくした頃がいいよな。
ブルーローズと付き合ってたんじゃないの?
それは、高校の時のことだ。俺、彼女と別れて、学校も辞めて働き始めた。成人して、酒も煙草も解禁。でも、たいした給料も貰えず・・・そうだなあ、当てもなく歩いた。総鎮守に行って、武家屋敷からヒヨドリ坂を歩いたよ。・・・俺は、ハナに会って変わることができた。
やっぱり、パワースポットだ!私、行ってみる。
おいおい、行ったからって、そうなるとは言ってないぞ。
解ってますよ。そんなこと、当たり前じゃないですか。・・・目的を持って体を動かすから気も晴れる。だから、運が向いてくるのよ。
ハハハ、賢いな。
J、あなたに褒められてもねえ・・・。でも、あなたの行った所、他にも教えてくれる?
いいよ。市内ということかな?
そう、自転車か歩いて行ける所がいいわ。
俺、いろんなとこに行ってるから、後でメモして渡すよ。今日は、キッドに声かけて、一緒に帰るといいよ。
そう?・・・いつもは、キッドが偉そうに言う、俺について来いって。
そうか・・・じゃあ、今日は「私、ついていく」と言うことになるかな・・・。
・・・ハードル高いんですけど・・・。
そうだよなあ。
J、今日は、これからどうするの?
ああ、ABCクラブで、コマンダーとチーフKと一杯やるんだ。で、車、置いてきた。女と未成年はオフ・リミットだ。
楽しいの?
どうかな?・・・悪くはない。いろんな奴がいるからね。チーフKとも、そこで会った。変わったオッサンだ。
市役所の臨時職員だって人?
そう。彼、凄いや・・・触発されるよ。彼、Aチームでも飛べる。
なんで解るの?
見ていれば解る・・・いずれ解る時が来るよ。・・・バンビ、君は目標を決めて、真っ直ぐに向かっている。とても大事なことだ。(自分と、誰かを信じて、光の中を歩むといい。)

J、普段、何してるの?
俺は、朝、5時頃、起きる。モーニング・カップで、でかいやつでコーヒーを飲む。牛乳をたっぷり入れて・・・。トイレに行ったり、煙草を吸ったり、ネットでニュースをチェックしたりして時間を過ごすよ。8時半から5時半まで、仕事だ。昼食は社食で食う。6時過ぎには部屋に戻って、一人で過ごす。部屋の掃除をしたり、洗濯したり、簡単な夕食を作り、少しは飲む。その繰り返しだよ。
友達と飲みに行ったりしないの?
・・・人付き合いが苦手だ。
対人恐怖症?
・・・自分恐怖症かな・・・。
楽しいの?
微妙だな。・・・楽しそうに見えるか?
いいえ・・・。でも、この前、ファミレスでお酒を飲んでた時は、楽しそうだったよ。
ああ、お前の初フライトを祝った時だ。キッドも一緒だった。・・・お前たちを待ってる間に、飲み過ぎた。お前たちのことを考えていたら、俺、なんだか嬉しくなってなあ。・・・飲んだら、もっと嬉しくなった。

Jと、なんか話したのか?
はい。
兄貴、なんか言ってたか?
特には・・・何も・・・。
そうか・・・兄貴は・・・口下手だ。
そうかなあ・・・。キッド、帰ろうよ。私、後ろについて行く。
ああ、そうしよう。
(よし!(^_^))
なあ、バンビ・・・。
はい。・・・なに?
明日、暇あるか?
はい。
ちょっと、付き合ってくれないか?
いいけど・・・どっかへ行くの?
城址公園・・・。
地味ですが・・・。
そうか・・・?
・・・私、デートに誘われた?
そうだ、一緒に行きたい。
いいわ。(よしよし。(^_^))・・・迎えに来てくれるの?
いや、お前の学校の正門で待ち合わせしよう。
いいけど・・・。
すまんね。俺、お前の姉ちゃん、ちょい苦手?
ふむふむ、その気持ち、解りますよ、キッドさん。
?・・・なんだよ。
何でもありません。

幸せ?

バンビ、待ったかい?
うん、早く着いたんで、野球部の練習見てきた。
そうか。憧れの先輩とか、居たのか?
あなたには関係ない・・・。私たちには関係ない・・・と、思います。
そうか・・・じゃあ、行こうか。
はい。

バンビ、河津桜って知ってるか?
いいえ。
駐車場の奥にある。3月はじめに咲くかな。早咲きの桜だよ。・・・見たこと、あるか?
ないです。
なら、その頃、見に来よう。
そんな先の約束していいの?
どういう意味だ?
だから・・・半年も先の・・・。
半年先だって、一年先だって、俺たち、まあ、一緒って言うか、付き合ってんじゃねえの?
そうだと、いいなあ。
って言うか、俺、そのつもりだけど。・・・独り善がりかい?
・・・ヤダァ・・・私、また突っ張ろうとしちゃった。・・・キッド、もう少しゆっくり歩いてくれる?
そうか?
あなたが普通に歩いても、私は早足で歩かないと・・・。少しは、気を使って下さい。
・・・覚えておくよ。
腕、組んでもいいですか?
うん。
・・・キッド・・・幸せ?
どうかな・・・考えたことないよ。俺、不幸じゃねえし・・・幸せってことかな。
消極的肯定です。「俺は、幸せについて口にはしない。・・・感じるものだと思う。」
・・・・・・。
以前に、そんなことを言っていましたね。
覚えてない。
忘れっぽいんですね。人は見かけによらないようです。・・・私たち、どこへ行こうとしているんでしょうか?
姥が池・・・。
・・・ワンアイド・フィッシュがいるそうですね・・・。
伝え話だ。俺は見たことがないし、探したこともないよ。
そうですか・・・。

腕を離せ・・・。

ここからは下り坂だ。二人で転がったらみっともないし、並んで歩くのはマナーに反する。
・・・はい。

ここだよ。
想像してたより大きい。
ああ・・・。
・・・昨夜、何してたの?
特には何も。・・・夕飯食って、部屋でゴロゴロ・・・疲れてたんで、早めに寝たよ。
家族と話をしたりしないの?
親父は無口だ。仕事で帰りが遅い。まあ、根暗な男だ。お袋は、見ての通りだ。
お父さんやお母さんのことをそんなふうに言ってはいけないわ。
バンビ・・・蔑ろにしているわけじゃないよ。親父は、家族のために、身を粉にして働いている。・・・誰がねぎらいの言葉をかけるでもなく、俺たち家族でさえ、当たり前だと思っている。なあ・・・親父は文句の一つも言わず、家族に当たるわけでもない。・・・辛くねえのかなあ・・・。
・・・私、余計なことを言ったわ・・・。
そんなことないよ。・・・お前は何してた?
・・・私は、宿題を終わらせ、お風呂に入って、お姉ちゃんと少し話した。明日、キッドとデートするんだって。お姉ちゃんと、下調べをしたの。城址公園のこと。それから、ベッドで、横になって、想像した・・・人目のない所でチュされるのかなあとか・・・。(^_^;)
チュして欲しいのか?
はい。でも、人目のない所はなさそうです。
そうだな。案外、人が多い。ロケーション、間違えたかな?
修正は可能だと思います。まだ、時間はある。
・・・いや、特に計画はないんだ・・・。俺、計画して動くの苦手なんだ。その時々のフィーリングで・・・。
気まぐれってことですか?
そういうことになるか?
はい。・・・歴博に行きませんか?
ん?
学生証、持ってる?
あるよ。
なら、無料で入れます。・・・お得です。
入ったこと、あるのか?
いいえ。
学校の行事で行ったりしないのか。
どうなんですかね。私は、行ったことない。でも、行く価値はあると思うわ。食事もできるし。
じゃあ、そうしよう。・・・バンビ、香水つけてるか?
気付いた?・・・お姉ちゃんのを借りたの。
姉ちゃん、彼氏いるのか?
どうかなあ・・・。今はいないんじゃない。
気にならないのか?
・・・姉妹って、案外クールなものだと思います。
そうか・・・。いいかもな・・・。近親者に拘るのは危険だ・・・。
(キッドは、何を言っているんでしょうか?まあ、気にしないことにしましょう。)

縄文人に会う

立派な建物だね。・・・静かだ・・・。
そうですね。腕を組むのは不謹慎な感じです、やめましょう。
ああ・・・これなんだろう?
・・・縄文人の生活を表現したジオラマかと。縄文時代は1万6千年前から3000年前まで、1万3千年も続いたと考えられています。
あまり進歩しなかったんだね。
そうですね。成人男性の身長が155センチ、成人女性は150センチ、平均寿命は16歳位だということです。
短いね。
中には、30歳くらいまで生きた人がいたようですよ。
へ~え・・・。詳しいな・・・。でも、なんかおかしい。
何がおかしいの?
そうだなあ・・・夫婦と子供たちが竪穴式住居で暮らしてる。あの夫婦、何歳で結婚したんだ?
さあ・・・。
考えても見ろよ、16歳で死ぬとすれば、何歳で子を産んだのかな?
う~ん、いい質問のように思えるけど・・・。
10歳かな、それとも11歳か?そんな年齢で子を産めるのだろうか?希に、そういうことはあるかも知れないけど、この時代では一般的なことだったのかな?はなはだ、疑問ですよ。ライフサイクル、どうなってたんだろうね。夫婦は、孫の顔を見ることができたのだろうか?それとも、子の成長が早かった?
・・・・・・。
まだあるよ。婚外性交はあったのだろうか?
・・・不倫?
そうとも言うね。その前に、一夫一婦制だったのかなあ。
キッドさん・・・。
なんだよ?
私は、今日、あなたに誘われました。久しぶりのデートです。ドキドキ、ワクワクした私は、アンダーウェアにまで気を使って来ました。縄文時代の不倫って、デートの時にする話でしょうか?
う~ん、不適切だったか?・・・でも、気になるなあ。
まあまあ・・・食事にしませんか?
ああ・・・レストラン、どこかな?
私についてきて・・・。
うん。・・・お前、綺麗な脚してるなあ・・・。
なんか言った?
いや、何でもない。(縄文人より背が高いし。)

何にする?
え~と・・・古代カツカレーがいいかな・・・。
私もそうしよう。・・・ねえ、なんか見られてる気がする。あの隅の人・・・城址公園でも見かけたわ。
そうか。気にするな。
はい。
・・・ウィードだ。
なに?
長いこと、市内に住んでる。
それだけ?
ああ、それだけ・・・。俺、確かめてくる。
えっ?
世間話をするだけだよ。

こんにちわ。僕は南部中の生徒です。
そう・・・こんにちわ。
こないだも、お会いしました。
そうだった?
最近、何か変わったこと、ありましたか?
どういう意味?
町の様子を見ているのかと・・・。
特に変わったことはないわねえ・・・。
そうですか・・・失礼しました。・・・気になったもんですから。
いいわ。行って・・・お友達をあまり待たせてはいけないわ。
はい。

なんなの?
何でもないよ・・・隠し事をしているわけではないんだ。
そう。
・・・デザートは?
私が控えなければならないもの・・・ケーキ、アイスクリーム、チョコレート・パフェ、エトセトラ・・・。・・・トイレに行くわ。

ウィード

バンビ・・・。
手を洗っていると、後ろから声をかけられた。鏡の中に、初老の女性が・・・さっきの女性だ。バンビは声を失い、鏡の中を見つめていた。
動かないで・・・。
誰ですか?
これから、私の言うことを聞いてね。あなた方は、土曜日戦争に勝てません。
・・・・・・。
私の言っていること、分かりますね。
・・・・・・。
覚えておいて下さい。・・・私が出て行くまで、振り向かないでね。

(なんなのよ?)
バンビが振り向くと、もう誰も居なかった。

キッド・・・。
どうした?
あの人が居た。気味が悪いわ。
そうだな。
何者?
ウォッチャーだ。コマンダーはウィードと呼んでいる。
みんな知ってるの?
ああ、有力メンバーは、みんな知ってるよ。もうすぐ居なくなるようだ。健康を害していると聞いたよ。
何をしている人なの?
何か言われなかったか?
私たちは、土曜日戦争に勝てないって言ってた。
それが彼女の役割だよ。
言うだけ?
そのようだね。
意味があるの?
・・・あると思っているんだろう。そのためだけに、長いこと市内に住んでいる。結婚までして。・・・すれ違っても、誰も気にしない。・・・彼女は、土曜日戦争のウォリアーにだけ声をかける。俺たちのことを知っているんだ。
敵なの?
どうかな・・・敵と言えば敵だが・・・直接、戦うわけじゃないし・・・上の連中、無視してんじゃね。
子は居ないの?
居ないようだよ・・・詳しくは知らない。
こんな天気のいい休日に、質素な身なりで・・・私に会いに来たの?
偶然じゃね?
そう・・・。痩せて、顔色が悪い・・・可哀想だわ・・・。
バンビ、君は心が優しい、人の気持ちも解る・・・とても大事なことだ。でも、彼女に同情は必要ない・・・。
そう・・・。
それにな、おまえは嘘つきだ。
えっ?
おまえの学校の生徒で川津桜を知らないわけがない。城址公園だってそうだよ。ませたガキ共が放課後に行きそうな所だ。
・・・私は、ませたガキなんでしょうか?
そう思う・・・。
それで城址公園を選んだの?
うん。
・・・やめよう・・・。話の続きはなし・・・。
いいよ・・・。
・・・・・・。
もう一つ言い忘れた。君は、お利口さんだ。
・・・・・・。
・・・褒めてないよ。
・・・社会は、人々の努力と善意で成り立っている・・・そう言う先生が居たの。きれい事だと言う男子も居たわ。・・・でも、そうじゃない・・・未来を割り引いて考えてはいけない・・・。
・・・同意するよ。
ありがと・・・。これから、どうする?
帰ろうや・・・。
はい。・・・気が済んだ?
ああ、半分くらいな・・・。
(よしよし、ひよどり坂は次までお預けにしよう。・・・ねえ、バンビさん。)
ん?・・・不満か?
そんなことありませんよ。帰りましょう。

帰り道

自転車に乗ったり、歩いて押したりしながら、さして急ぐ様子もない帰り道。押し黙って・・・。
キッド、なんか言ってよ・・・。
ああ・・・言うべきことが思いつかない・・・。
機嫌悪いの?
いや、考え事をしているんだよ。
そう・・・。もうすぐ家に着く・・・。
そうか・・・じゃあ、ここまでだ。
ハグする?
うん。
帰って、何するの?
宿題・・・。

お姉ちゃん、居たの?
うん。
せっかくの休日に、引きこもりですか?
まあね。・・・早かったね。
城址公園と歴博に行きました・・・。
へ~え、歴博にねえ・・・。
そこで、縄文人の不倫について話しました。・・・キッドは、私のことを疑っています。
何を疑っているの?
・・・不純異性交遊の常習者ではないかと・・・。
なにそれ?・・・いつの時代の言葉?
昭和だと思われます。昭和20年、戦争が終わり、大勢の兵士が帰還しました。それから2年経ってたくさんのベビーが誕生しました。帰還した男たちと、それを待ちわびていた女たちの愛の結晶です。そのベビーが思春期を迎えた学校で、様々な問題が起きても不思議ではありません。ませた子やお勉強が苦手な子、いろんな子が居たでしょう。不純異性交遊とか落ちこぼれとか、その頃に使われた言葉ではないでしょうか。デリカシーには欠けますが、実態を良く表していると思います。それから、このベビーたちは、進学、就職と、激烈な生存競争・・・椅子取りゲームに臨むことになりました・・・。
やれやれ。・・・なんで、キッドは、私の妹がふしだらな娘じゃないかと疑ったの?
解りません。・・・口にはしませんでしたが、そのような疑念を持っているようです。
確認しなかったの?
はい、憶測で言ってはいけないと思いました。
そう・・・。なんか面倒ね。
それから、歴博のトイレで不審なおばさんに会いました。
・・・・・・。
彼女は、いつの間にか、私の後ろに立っていて、鏡の中から「あなた方は、土曜日戦争に勝てません。」と言いました。
知ってる人?
いいえ、初めて会いました。でも、キッドたちは知っているって言ってました。ウィードと言うそうです。
・・・ウィードって・・・雑草?
そうなの?
うん。・・・でも変ね。自らそんな名を付けるなんて・・・。
コマンダーが、そう言ったそうです。・・・今、なんとなく、納得しました。
どんな人なの?
質素な身なりで、痩せていて、顔色が悪い・・・。存在感のない人だと思いました。
ふ~ん。気をつけないとね。
大丈夫です。キッドによると、もうじき居なくなるって・・・。体を悪くしているようです。
・・・お気の毒ね・・・。
私も、そう思いました。可哀想です。
それで、キッドとチュしたの?
残念ですが、その機会はありませんでした。別れ際に、ハグして頬ずりした・・・だけです。
そのくらいが、ちょうど良いんじゃない?
ガキ扱いですか?・・・お姉さんに質問があります。
なに?
・・・処女ですか?
ハハハ、その質問には答えません。
違うのね。
私は、Jやブルーローズと同級生で、成人です。私の年齢では、処女率・童貞率のいずれも50%以下ですって。
で、自分はマジョリティの一人だと?
そういうことになるかもね。・・・お母さん、帰ってきたようだわ。話の続きは、後にしよう。

なにを話しているの?
くだらない女子トークです。
そう、仲がいいのね。嬉しいわ。
(母暢気だね・・・。)
(バンビ、ふざけないの!)
(はい。)
そう言えば、駅の辺りでチイちゃんのお友達を見かけたわ。自転車で、坂道を登ってた。ほら、土曜日戦争の選手・・・。
(選手じゃないんですが・・・。)
お母さん、彼はキッドと呼ばれていて、チイちゃんの恋人です。
やめてよ、お姉ちゃん。
チイちゃんの恋人?大変ね。気難しそうな子のようだわ。
(お母さん、解るの?)
チイちゃん、キッド君のこと好きなの?
はい。
キッド君も、チイちゃんのことが好きなの?
そうだといいなあ、と思っています。
そうかあ・・・。大丈夫、大丈夫・・・お父さんもそんな感じだったのよ。思春期の男は、みんな気難しいの。
お母さん、気安めになっていません・・・。
そう?・・・でも、いいじゃない。大丈夫なんだから。・・・お夕飯の用意をしなくちゃ。娘が二人も居るんだから、誰か手伝ってくれるのかなあ・・・。
私、手伝う・・・。
そう、チイちゃん。ありがとね。

マム

今日は、何にしようかな?・・・豚肉の生姜焼きなんてどう?
はい。
お父さん、好きだしね。キャベツ、刻んでくれる?
はい。
ご飯は、お父さんの帰宅時間に合わせて炊きましょうかね。・・・飾りじゃないのよボタンは、アハハー、アハハー♩♩。
歌っているの?
そうよ。前に、炊飯器のボタンを押し忘れたことがあったの。失敗を戒めるために、替え歌を作りました。聞く?
・・・えっ、えぇ(^_^;)・・・。
歌い出しはね「私は炊いたことがない」っていうんだけど、次が続かなくてね・・・いきなり、サビ、的な?でも、いいじゃない。・・・飾りじゃないのよ、ボタンはアハハー♩・・・って歌えば、忘れないでしょ?
う~ん、お母さん、阿呆かもしれません。・・・軽んじているわけではありませんが・・・。
そうなの?でも、幸せならいいじゃない。阿呆と天才は紙一重とも言うしね。
それを言うなら、馬鹿と天才かと・・・。
まあ、そうとも言うのよ。細かいことは気にしないほうがいいわ。
・・・幸せなの?
夫と、二人の娘に恵まれて、幸せじゃない人って居るのかしらねえ?・・・そうだ、お姉ちゃん、お父さんのシャツのボタンが取れてたの・・・付けてくれる?居間に出しといた。
はぁい。
よしよし・・・。私の仕事はたくさんあるけど、娘たちが手伝ってくれる。・・・バンビ・・・そう呼ばれているそうね。
そうです。
私も、そう呼んでいい?
はい。
・・・お姉ちゃんは、志願しなかったそうね。
そうです。理由は解りませんが、態度を保留しました。・・・保留だから、今後、志願することはないということではありません。
バンビ、断定的に言うのね。
えっ?
断定的な物言いというのは、人の意見を聞かないという雰囲気があるわ。ダメよ。
・・・お母さん、お姉ちゃん、志願すると思う?
そうだね・・・その時が来たら、躊躇うことはないでしょうねえ。でも、お父さんは、反対するかもね。
・・・私の時は、反対しなかったのに?
お父さんは、反対なの。娘たちが、土曜日戦争に志願することには反対だった。今でも賛成はしてない。でもね、お母さんが説得・・・じゃなくて・・・アドヴァイスをしたの。・・・お父さんは理解してくれましたよ。お父さんは、包容力のある人だからね。
惚気てますか?
解った?・・・私は、お父さんが好きだし、そのことを言いたいんだけど、言う場所がないの。だから、ここで言うね。
・・・はい・・・。
少し、手を休めてもいいようだわ。・・・私たちは、同学年だった。チーフK、ブルーローズのご両親、お父さんと私・・・。Kとブルーローズのご両親は花形だったわ。誰が、何を言うわけでもないんだけど、解るよ。私じゃないんだって。・・・お父さんとは、大学の時に、付き合いはじめたの。だんだん好きになった。・・・で、土曜日戦争のことだけど、お母さんは心配しています。
なに?
やがて、最終戦争の時が来るんじゃないかと・・・。今は均衡を保っているけど・・・。
・・・・・・。アルマゲドン?
そう、だから、お前が志願するって言った時、少しでも役に立つのなら止めるべきじゃないと思ったの。私には、志願する資格が無いようだし・・・残念だわ。・・・お母さん、心配性だから、最終戦争のことを考えると、夜も眠れなくなっちゃって・・・その分、お昼寝してるの。
・・・(^o^)。・・・ ねえ、お母さん、お父さんって浮気しない?
良い質問だわ。・・・あってはならないことだけど、万が一そういうことが起きたら、お母さんはお父さんをぶっ殺す!
・・・お母さん、野蛮です・・・。
そう?・・・お父さんが浮気をしたと仮定した時の、お母さんの激しい怒りを表現しました。まあ、蹴りの2、3発も入れれば、反省して大人しくなるでしょう。バンビ、人生は気合いよ。・・・押忍!
・・・はぁ・・・。

ああ、お父さん、帰ってきたようだわ。
ただいま。帰ったよ。
はいはい、休日出勤、ご苦労様でした。お夕飯、すぐにできますからね。・・・お姉ちゃん、お父さんにビールお願い。
はぁい。
いやいや、嬉しいね。俺、着替えてくるわ・・・。

Lonesome Death


仕事から戻ると、珍しくコマンダーから電話が・・・。

J、ちょっと付き合ってくれないか?
はい。何処へ?
斎場だよ。ウィードの通夜がある。その後、一杯やりたいんだ。僕が持つよ。
どうすれば?
タクシーで来てくれ。僕もタクシーで行くから、僕のタクシーに待ってもらって一緒に帰ろう。香典を置くだけだから・・・。
はい。俺、喪服がない。
喪章を持って行くよ。できるだけ地味な服装で・・・。悪いが、君の分の香典を用意してくれないか?気が進まなければ、しなくてもいいが。
大丈夫です。ささやかな弔意を表します。

斎場の中でも小さめの、1階にある式場だった。少ない参列者。喪主の席に、肩を落として・・・ウィードの夫だ。遺影は、控えめに微笑む何年か前のもの・・・のようだ。コマンダーは、受付を済ますと式場に入り、遺影に手を合わせた。Jも同じように。「帰ろう。気が済んだわけではないが。」「はい。」

お待たせしました。京成駅からの一方通行を上がって、真ん中辺りまでお願いします。
・・・・・・。
コマンダー、なんか、らしくないね。
・・・そうかい?・・・秋も深まったね。僕、寒いのは嫌です。まあ、一冬乗り切れば、また春が来る。でも、晩秋は辛いなあ。・・・ウィード、幾つだったと思う?
60半ばくらいですか?
そう見えるでしょうね。・・・52歳。僕より一回り上です。老けて見えたでしょう。・・・ああ、着きました。その辺で停めて下さい。・・・はい、ありがとうございました。

らっしゃい。・・・勇ちゃん、しばらくだね。
大将、すみません。ご無沙汰でした。
いいよ、いいよ。その格好は、通夜か・・・熱燗つけるかい?
はい。
お連れさんも、それでいいかい?
はい。
おい、2階にご案内して・・・。
へ~い。

燗酒、すぐにお持ちします。つまみはどうしましょう?
・・・刺身の盛り合わせ、それと握り寿司を二人分、お願いします。・・・ああ、揚げ物、大将にお任せでいただけますか?
承知しました。

コマンダー、なじみの店か?
うん、何度か来たことがある。大将の甥っ子と知り合いなんだ、子供の頃からね。・・・僕ね、ウィードと一緒に来たことがある。君の席にウィードが座っていた。ずいぶんと前のことだ。彼女は、まだ結婚していなかった。僕は23歳、彼女は35歳だったのか・・・。
彼女の役割、知ってた?
いや・・・知ったのは、別れた後のことだよ。知ってたら、仲間に対する裏切り行為だ。・・・そうか、それで彼女は僕から去ったのか・・・。
寝たのか?
うん、いろんな、背徳的なことをしました。


改札を出て階段を降りたところで、細身の、見知らぬ女性が声をかけてきた。
チック・サム?
(仲間しか知らないニック・ネームだった。)
誰?
好きに呼んでいいよ。
金かい?
・・・お小遣いがいるなら、あげるよ。生意気な・・・。
用事は何?
一緒に来て・・・。怖いの?
・・・解った。
駐車場に車がある。おいで・・・。

ファイターは、経験を積めばスキルは上がる。放っておいても、それなりに進歩する。・・・やがて、ファイターは罠に落ちる。もっと苦しめば、もっと進歩するのではないかという心理的な罠だ。・・・疲弊するんだよ。僕は、何人も見てきました。苦しんで、疲弊して、除隊していった人たちです。
コマンダーの頬に赤みが・・・。
J、僕たちはどうすればいいんですかね。時々、解らなくなります。僕ね、別れてから、一度だけウィードに会ったことがあります。彼女は、初めて会った場所にいました。すぐには、判らなかったよ。白髪交じりで・・・痩せて・・・それでも惹かれた。


チック・・・。
ああ、あんたか・・・。どうした?
ウィードだって?
好きに呼んでいいって言ったよ。
不満なわけじゃない。あたし、結婚する・・・。
そう・・・。
一応、言っておくよ。これからも、この街に住む・・・。じゃあね・・・。
待てよ、それだけか?
・・・左様なら・・・。

別の名にすれば良かったよ。・・・後悔先に立たずだね。・・・もう少し飲んでもいいかな。
はい。お望みなら、そのようにしましょう。
お望みって・・・僕は・・・。
良いじゃないですか。なんなら言いかえましょう。飲みたければ飲めばいい、付き合います。
ハハハ、すみません。気を使わせてしまったようです。
lily of the valley ?
ふ~ん・・・。良いね・・・。僕ね、一年のうちに2、3日かなあ、自分が・・・できる男だと思える日がある。今日は、その日かなあ。・・・もう少し飲んだら帰ろう。横になるよ。レイダウンだ。
コマンダー、一人暮らしか?
そうです。婚期を逃しかけてます。
結婚する気あるの?
・・・微妙だね。・・・君は、どうなの?
俺・・・お相手が多すぎて・・・。
ハハハ、冗談はほどほどにすると良いよ。
はい。以前、バンビに忠告されました。フラフラしてると虻蜂取らずに終わるって・・・。
・・・バンビは賢い。侮れん。・・・なんか、嬉しいなあ。
・・・・・・。
・・・残された者は、逝った者に、何故、花を手向けるのかな?
残された者の悲しみや後悔の思いを癒やすためではないでしょうか。
今夜は、花、少なかったね・・・。
コマンダー、一輪だって価値のある花はあるよ。彼女は、少ないけど深い想いを得て逝ったんだ。それでいいじゃないか。想いは伝わっている、伝わらない想いは伝える必要がない想いだ。
・・・賢いのは、バンビだけじゃなかったようです。
どっかで聞いたようなことを言っただけですよ。
・・・積み重なれば、大きな知恵になると思います。

孤独な夜

・・・・・・。
チッキー?
ああ・・・。
しばらくだね。
ああ・・・。二人で来れるかい?
誰と?
・・・小柄で、メガネをかけてる・・・左利きの・・・。
好みかい?
・・・です。・・・その娘と先に済ますから、その後、朝まで一緒に居てくれないか?
ずいぶんと虫の良い話だが、いいよ。
悪いね。いつもの所で・・・。
はい。


デコちゃん、付き合ってくれる?
二人で?
そう・・・そして、あなたは先に帰って。私は、朝まで付き合う。大丈夫よ、危険な人じゃないから・・・。
知り合いなんですか?
まあ、ある意味、そういうことになるかなあ。2、3ヶ月に1回、いつも泊まりなの。話をするだけの時もある。添い寝して、話をするだけ。・・・まあ、気前のいい人よ。だから、心配しないで・・・。
・・・緊張します・・・。

ヒデコです。よろしくお願いします。・・・アス・ホールはアンタッチャブルで・・・お願いします。
そう。・・・すぐでいい?
はい。それなりの準備はしています。
いいね。それじゃあ・・・。
・・・あの・・・姉さんも、ここに居るの?
僕は、気にしないけど・・・。
・・・そうなんですか・・・。


・・・這って・・・。
・・・イヤ・・・。
手荒なことはしたくない・・・這って!
・・・はぃ・・・。

チッキー、何かあったの?
いや、特には何もないよ。・・・初めての女が死んだ。
そう・・・。
死に接すると、性欲が昂進する・・・。
デコちゃんに関心があったの?
そうです。初めて見た時から・・・。でも、君が居たから遠慮してた・・・今日は・・・すみません・・・彼女としたかった。許して下さい。
・・・私に、そうした権限はありません。
そうですね。でも、そうしてくれると有り難いです。嘘でも良いです。
・・・それなら、私にも出来そうだわ。どうすれば?
・・・抱きしめて、許すと言って下さい。もう、良いよって・・・。罪滅ぼしをしたい。
自己犠牲を払うこと無くして、罪滅ぼしは出来ません。
だから、君にお願いしています。どうすれば良いのか、教えて欲しい。
・・・難しいわ・・・。チッキー、まだ出来る?
どうかな・・・。
・・・試してみる?
そうだな・・・。
じゃあ、そうしよう。難しい話はナシ・・・にして下さい。

Plumber

配管さん・・・除隊申請ですか?
そうですよ・・・コマンダー・・・。
まだ、やれると思いますが・・・。
気力がなくなりかけています。小手先の勝負なら、まだできるでしょう。でも、それは、してはいけないことです。みんなが全力で戦っているのに、幾許かの経験を頼りに薄っぺらい戦いをすることは許されないことだと思います。
・・・・・・。
私ね、ライターに転身します。そのためのパソコンも買った。再出発ですよ。・・・パソコン、見ますか?
はい・・・。
・・・これです。これなら、何処でも原稿を書くことができる。どうですか?
スマートですね・・・。
そうでしょう、いい値段しましたよ。除隊記念のつもりで買いました。
寂しくなるなあ・・・。
コマンダー、総力戦の時が近づいています。私は、そう感じます。
僕は、その時を選ぶ立場にありません。
総力戦では、私たちは勝てない。戦士は半分以下になるでしょう。・・・数人しか残らないかもしれない。試練の時を、私たちは迎える。・・・長い試練の時を経て、私たちは復活します。・・・私は、その時まで、生きて、君たちのことを書いてみたいと思っています。
配管さん、土曜日戦争の意味を知っているんですか?
・・・私は、誰にも頼らない・・・誰も、当てにはしない・・・そう思って生きてきました。後悔はしていないし、間違っていたとも思わない。・・・傲慢だったのかもしれません・・・。
・・・・・・。
私は、土曜日戦争の意味を知ろうとは思いません。・・・ただ、そうなると思っています。総力戦で負けて、それなりの期間を経て、土曜日戦争は再開するでしょう。君たちは、また戦うことになる・・・。コマンダー、所帯を持つとか?
・・・はい。熟慮してプロポーズしました。・・・返事はまだですが・・・良い返事を貰えると思っています。
そうですか・・・良いですね。

総力戦


J・・・。
ああ、ケンちゃんか?
どうなってる?俺にまで声がかかった。
総力戦だ。敵が仕掛けてきた。戦士が足りない。君には、多少なりとも経験があるからな。
あのちびっ子達もいるのか?
そうだね。マックでプレシャーかけたとか・・・。
それは、俺じゃないよ。少しでも土曜日戦争を知ってれば、Aランクのアビエーターに手を出すわけないじゃないか。
そうだな。

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