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恋の行方ⅩⅩⅡ


(自分自身について。)
私は、羽田 櫂(ハタ カイ)と申します。大学を卒業して、ドラッグストアのパートタイマをしています。兄の純は、若くして死にました。原因不明の肥満でした。彼は我が家の希望の星で、母が最も愛した息子でした。


櫂さん、ジョシュアにかまってもらえるようになりましたか?
ええ・・・少し。(頬を赤らめる櫂。)
どのくらい?
どのくらいって、週に1回くらいです。
あら、少ないのね。
そうでしょうか・・・。
まあ、回数の問題でもないから。


(土曜日の食堂で、食後のコーヒーを飲む櫂とエコー。)
櫂、秦野次長と一緒だったの。
ええ、少し話があってね。
コーヒー、同席しても良いですか?
どうぞ。秦野さん、忙しいらしくて、置いてきぼりになっちゃった。
私、付き合います。
ありがと・・・エコー、文学部だそうですね?
はい。
あなたのテーマは何ですか?
・・・エロスと暴力です。
それは普遍的なテーマですか?
違うと思います。この前書いた短いコラムの掲載を、顧問に止められました。文学部の薄っぺらな雑誌なんて、誰も読まないのに。
そうですか。高校の部活にはそぐわなかったのね。
はい。・・・私がエロスと暴力について考えるようになったのは、スワンの影響なの。あの子、変わっているから。お爺ちゃんとお風呂に入るって言ってるし。
えっ、16歳にもなって?
そうみたいです。体を洗いっこするそうです。
エコー、聞かなかったことにするわ。


櫂、ジョシュア帰ってきたのね。
うん、仕事関係のセミナーで長野県に行っていたの。火曜日の暗いうちに出発して、昨日の夜に帰ってきた。
短い不在?
そうね。実家に行ったり、Gと話したりしていた・・・。
部屋に、じっと一人で座っていられると、不幸にならないようですよ。
・・・・・・。


(櫂の回想。第一志望の大学に合格し、数週間を経た18歳の初夏だった。)
おい、ちょっと待てよ。おまえ、太っちょジョンの妹だろ。
そうだけど・・・お兄ちゃんのこと知ってるの?
ああ、知ってるよ。俺は、彼の数少ないフレンドの一人だからな。
どういうこと?・・・お兄ちゃんに友達は居ない。
メールだよ。マシューともメール交換をしていたろ?
ええ、死の間際まで・・・。土曜日戦争で飛んでいたマシューを羨ましく思っていた。・・・マシューを知ってるの?
よく知ってるよ。一緒に飛んだこともある。品の良い少年だ。
・・・一緒にって・・・あなた、ジョシュア?
まあ、コーヒーでも飲みながら話そうか。奢るよ。
ーーーーーー
おまえ、現役合格か?
そうだけど。
俺は二浪だ。
回り道をしたのね。
問題はそこじゃない。俺の方が年上だ。
だからなに?
それなりの敬意を払ってもらいたい。
その価値があるなら、そうするわ。
やれやれ、素直になれよ。


櫂・・・?
ああ、ごめんね。ジョシュアと会った時のこと、思い出していた。
ロマンティックな出会いでしたか?
ええ、とても・・・って、そんなわけないでしょ。無神経で横柄な感じだった。「おい、ちょっと待てよ。おまえ、太っちょジョンの妹だろ。」彼は、そう言った。
太っちょジョンって?
羽田   純、私の兄よ。もう、亡くなった。
お気の毒に・・・。
兄は順調だった。高校、大学、就職も。でも、就職して3年目から肥えはじめたの。会社に行けなくなって、部屋に閉じこもるようになった。
こえはじめた?
太りはじめたの。
そうですか。
部屋に閉じこもって、ネットで知り合った数人とメールのやり取りをしていたの。ハンドルネームがファッツジョン。その中に、土曜日戦争のアビエーターが居た。マシューとジョシュアよ。
・・・ジョシュア、あなたのこと、知っていたんだ。
そうみたい。


(土曜日の午後、Cランクのフライトを終え、櫂を待つジョシュア。トレーニングルームに向かう。ゆっくりバイクを漕ぐアンクル・ジョージに近づき、隣のバイクに乗る。)
ジョシュア、久しぶりだな。
はい。
長野に行ってたんだって?
・・・ええ、会社のセミナーで。
軽井沢かい?
いいえ、その近くの施設で。
そうか・・・今日、一杯やろうか?
いや、今日は都合が悪いです。少し家を空けたんで・・・。
そうだよなあ。(いつになく表情が暗い。)


アンクル、何かありましたか?
ん?・・・息子の高校から呼び出しを受けてる。
心当たりがありますか?
就学態度に問題あり、学業不振、そんなところだろう。
成績、良くないんですか?
う〜ん、下位5%かな。詳しくは知らない。
息子さん、南野高校でしたっけ?
うん。
僕も、南野高校でした。
君は、成績優秀だったんだろうね。
はい、凄いですよ。逆から数えれば。
ハハハ、でも、けっこうな大学に行ったんだろ?
二浪してやっと合格しました。
合格出来たんなら、良いじゃないか。


それは結果論です。やれば出来ると思ってはいましたが、点数が上がらない。意気阻喪し、俺には出来ない、俺には無理だと思う。一年目は、そんなことの繰り返しでした。
そうか・・・。
アンクル、呼び出しの理由が分かっているなら、聞いてくれば良いじゃないですか。
・・・ああ、そうだな。・・・そうだよなあ。状況が変わるわけじゃねえしな。
まあ、あんた、タフな男だし・・・。
そりゃあ、他の連中よりタフだと思っていたよ。・・・だがなあ、家族のこととなると、話は別だ。
・・・ですね・・・。


(出口付近の自動販売機の横のベンチで、櫂を待つジョシュア。早足で櫂が来る。)
ジョシュア、待った?
ああ、待ちわびていたよ。
ジョークですか?
ハハハ、本心だよ。行こうか?
はい。


(駐車場まで、肩を寄せ歩く二人。)
櫂、親父さんはどうだ?
お父さん、よくお酒を飲んでるわ。・・・無為の人だから。
そうか。・・・そろそろ定年か?
そうですね、まだ少し間があると思う。でも人生なんて、あっという間だから。


(中古の軽に乗り込む。)
この車で、長野まで行ったんだよね。
うん、替え時かな。よく、今まで乗ったよ。
買う時は言って。私も、お金出すから。
うん、少し調べてみようか。
はい。


櫂、親父さん、無為の人だって言ったよな。
ええ、お兄ちゃんが死んで、お母さんが入院した時だって、頑なに会社に行ってた。
親父さんは何もしなかったわけじゃない。他にどうしようもなかったんだよ。
だって・・・。
息子を亡くし、伴侶が入院、それでもいつも通りに出社する。悲しみ苦しんだのは、おまえだけか?
・・・・・・。

   令和6年7月20日

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