未来を告げるラジヲ
祖父の遺品
エマ、少し手を貸して。
はい。
二階の納戸にお爺ちゃんの遺品があるの。小さなダンボール箱、持ってきてくれない?
はい。
(ダンボール箱の中を確認しながら・・・。)
お母さん、お爺ちゃんてどんな人だった?
口数の少ない人だったね。
・・・このラジヲ、私もらっても良い?
かまわないわ、いずれ捨てる物だから。
(エマは自室に戻り、手のひらに乗るくらいの小さなラジヲを手にした。雑音に続いて抑揚のない女の声がする。)
こんにちわ、ジイジ・・・。
私、ジイジじゃない。
誰ですか・・・ジイジはどうしたの?
お爺ちゃんは死にました。
そう・・・あなたが、新しい持ち主になるの?
ええ。
名前を教えてくれる?
エマです。お爺ちゃんの孫よ。
そう・・・。
(しばらく雑音が続く。)
金曜日、エマさんの自転車がパンクし、バスで学校に行くことになります。カナデ君は家の鍵を忘れる。
金曜日 下校時
カナデ、一緒に帰らない?
かまわんが、自転車はどうした?
後輪がパンクした。だからバスで・・・。
良いよ。
カナデ、ハノイの塔ってなに?
一種のゲームだね。
どんな?
うん・・・三本の棒が立っている。左の棒に大中小の円盤がある。この3個の円盤を右の棒に移すんだ。一回に一個の円盤を動かすことができる。小さな円盤の上に大きな円盤を乗せることはできない。何回動かせば右の棒に移せるかな?
・・・7回?
そうだね。どうやって動かす?
小を右の棒に・・・中を中の棒に・・・小を中の棒の中の上に・・・大を右の棒に・・・小を左の棒に・・・中を大の上に・・・小を中の上に・・・これで7回。
いま考えたのかい?
・・・いいえ・・・ナバサマに聞いて紙と鉛筆で解いてみたの。
良いね。
あと、フィボナッチ、再帰とループの話もしてたけど解らなかった。彼、オタクだね。
ハハハ、そうかもな。あいつ、高いコンピュータを持ってるんだ。買ってもらったんだって。・・・プログラムの勉強をしている。
カナデも?
うん。
面白いの?
多分・・・。
カナデの家に
カナデ、家まで送っていくよ。
どうした?いつもはここで別れるのに・・・。
ちょっとね、確かめたいことがあるの。
(家に着いて玄関を開けようとするカナデ。)
あれ、おかしいな。(チャイムを押すが応答がない。)・・・母さん、居ないのかなあ。
鍵、持ってないの?
うん、いつもはここに・・・無いや・・・困ったなあ。
(!当たってる。)
郵便受けの中を見て・・・。
ああ・・・無いようだね。
天井にテープで留めてない?
ん?・・・あったよ。助かった。
(鍵とメモ用紙がある。「カナデ、お母さんは急用で出かけます。5時前には帰宅します。」)
・・・母さん、帰宅は5時頃だって。
じゃあ、私、帰るね。
ありがと。
カナデと別れ、自宅に向かうエマ。
【
=恋の行方ⅩⅨ=
{
・・・あの日は櫂先生が来ていたの。
羽田さんとこの娘さんか。
家が近くだから、パパが私の教育係にお願いしたの。
家庭教師?
でも、教わるのは勉強じゃない。生活態度って言うのか、人生のコーチだね。シシクラ先生のことも、櫂先生から聞いた。
【
先生の名前、櫂って言うの?
そうですよ。あなたはエマ・・・。
はい、枝万。なんとも地味な字です。
私は良い名だと思います。
エダマメなんて言う男子も居るわ。
そうですか。その子は、きっとあなたのことが好きなのね。
・・・あんな奴に好かれたくない。
あんな奴?・・・枝万さん、そんなことを言ってはいけません。
どうして?
エダマメさん、あなたは、あんな娘って言われたいですか?
いいえ。
どうしてでしょう。
侮蔑的だから・・・?
そうですね。私も、そう思います。どうやら、意見が一致したようですね。
・・・はい・・・櫂先生。
】
で、話を戻すとね、櫂先生が帰った後、不思議な事が起こったの。
それは、私が知りたいことだね。
}
=恋の行方ⅩⅩ=
{
(学校の自転車置き場で。)
カナデ・・・。
・・・どうした?元気がないみたいだ。
昨夜、お母さんとちょっとね。
親子ゲンカか?
意地張っちゃった。
良くないな。
私、性格に難があるから・・・。
ハハハ、自分で言うな。子供は誰でも、性格に難があるのさ。
あんたも?
うん、俺もおまえもだよ。
・・・カナデは、お母さんとうまくいってる?
どうかな、そこそこだと思うけど。
どうすれば、そう出来るの?
俺のママは怒ると怖いからね。なるべく刺激しないようにしているよ。
自分を主張しないの?
おまえの言う自分て、何なんだ?
・・・さあ、良くわからない。
ふ〜ん、わかるかわからない自我にしがみついて、親に反発するのか?
そんなつもりは・・・。
俺ならしないよ。
・・・・・・。
俺、そろそろ帰らないと。
ああ、悪かったね、引き止めて。
気にするな、俺達、友達だろ?・・・それとも、おまえは特別か?
・・・いいえ。あんた優しいんだね。
エマ、俺は普通だよ。
}
{
ジョシュア、今日のお昼、外で食べない?
良いよ。少々高くてもかまわない。
いいえ、贅沢は敵ですからね。さして豊かでもない私達の、いつも通りでお願いします。
うん・・・。
(ジョシュアの部屋を出て、歩き始める。)
櫂先生・・・。
あら、エマさん。デイトですか?
はい。同級生のカナデです。
カナデさん、初めまして。
はい。エマから、先生のことは聞いています。
そうですか。悪い話じゃないと良いですね。
良い先生だと・・・。
エマさん、どこへ行くの?
お昼時なんだけど、お小遣いが足りなそうで、コンビニの菓子パンを買おうかとしていました。
ハハハ、そうか。なら、俺たちと一緒に食おうか、奢るよ。
嬉しいわ、ジョシュア。
カナデ君、どうかな?
ありがとうございます。
}
{
(ファミレスの席で、メニューを見る4人。ジョシュアと櫂は、すぐにオーダーを決める。)
櫂、俺、少し飲もうかな。
良いですよ。あなたの払いだから。
ああ・・・。
(エマとカナデが顔を寄せて、メニューを見ている。)
ジョシュア、ドリンクバーとデザートも有り?
そうだな、良いよ。
(カナデが肘でエマを突く。【エマ、少しは遠慮しろよ。良いのよ。ジョシュア、お金持ちだから。・・・でもなあ。】)
で、決まったのか?
ええ、同じ物を食べるわ。
あなた達、仲が良いのね。エマさん。
櫂先生、私達、付き合ってる訳じゃないから。カナデ、気が弱いし。
カナデさん、そうなの?
いいえ、エマは思い違いをしています。父を嘲り、母への従順を蔑んでは、いけないそうですから・・・そう見えるのでしょう。だけど、俺、弱気なだけじゃないんで。
(表情の乏しいカナデを見るジョシュアとエマ。二人とも無言だ。櫂は、同じく無言で横を向いている。)
}
=恋の行方ⅩⅪ=
{
(日曜日、ファミレスの片隅に櫂とエマ。)
櫂先生・・・。
エマさん、どうしていましたか?連絡が無いので心配していました。
少し、考え事をしていて。考えがまとまらなかったので・・・。
そうですか。私に相談してくれれば、力になれましたよ。
そうかもしれないけど、自分で考えたかったの。
それで、何か解りましたか?
疑問が残りました。
どのような疑問ですか?
先生方が、ジョシュアと櫂先生がファミレスでランチをご馳走してくれた時のことです。カナデが、私は思い違いをしていると言った。ずっと気になっていたの。先生方もカナデの味方をして・・・。
私達はカナデさんの味方をしたわけではありませんよ。
だって、何も言わなかったじゃない。
それは、異論が無かったからです。カナデさんは、何と言いましたか?
それは・・・父を嘲るな、母への従順を蔑むな・・・ですか?
そうでしたね。エマさんが、カナデさんは弱気だと言ったから、彼が反論したんでしょう。
そんな遠回しなことをしなくても良いのに。
・・・彼のやり方なのでしょうね。
面倒くさい。
男と女は、面倒くさいものです。
先生方も?
まあ、例外はないと思いますが。
そうですか。
カナデさんは家族のことを想っているのでしょう。その意味では、エマさんは劣っています。
私がカナデより劣っているの?
そうですね。エマさん、あなたは自分勝手です。自省したほうが良いでしょう。
先生、私よりカナデのほうが優れているの?
今のところはね。彼の知力はあなたより優れていると思います。
・・・・・・。
彼は、人の動機の源泉が家族にあることを識っている。
何を言っているのか、解りません。
・・・肉親への憎悪は、愛に似ているかもしれません。
・・・・・・。
別に、カナデさんが、肉親を憎んでいると言ってるわけではありません。
}
】
帰宅するエマ
ただいま、お母さん。
お帰りなさい。少し遅かったね。
カナデと話していました。
何を話していたの?
他愛もない世間話です。
そう・・・自転車、修理に出しておいたわ。明日、届けてくれるって。
ありがとうございます。
お爺ちゃんのラジヲ、使えた?
はい。それで、エマのラジヲになりました。
(二階の自室に行き着替えるエマ。短い雑音に続いてラジヲが鳴る。)
お帰りなさい、エマさん。
・・・ただいま・・・。
令和6年10月8日
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