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楽園の狂人Ⅱ


(人生は皮肉に満ちている。人生は思い通りにならない。では、人生は生きるに値しないのだろうか?)
(大型連休も終わり、そろそろ梅雨の季節になろうとする肌寒い日のことだ。朝、ゴミ出しをするエム。老人が先にネットを掛けている。)
おはようございます。
ああ、おはよう。君は?
エムと申します。
そうか、同じステーションだったんだね。と言うことは、この近所ですか?
はい。
良いね。見たところ、リタイア組かい?
ええ、一年ほど前に74でクビになりました。
その歳じゃ、再就職は無理だな。年金はあるのか?
まあ、それほど多くはありませんが・・・。
連れ合いは居るのかい?
いいえ。
寂しいね、俺と同じだ。一人暮らしかい?
老齢の雌猫と暮らしています。
やれやれ、お前さんとは話が合いそうだ。俺も一人暮らしだよ。女房に先立たれてな。
はあ・・・。
俺も、終わりだよ。
先輩、ひょっとして西公園の神様ですか?
そうとも、俺は西公園の神だ。だからって、何の御利益も無いよ。惰眠を貪るだけの老人だからな。社会的な価値もない。まあ、どうにもならんよ。君は、飲酒喫煙派かい?
はい。楽しみが少ないもんですから。
そうかそうか、立ち話もなんだろうから、また会おうや。
はい。


(数日後、郵便局に行った帰りに西公園に寄るエム。)
やあ、エム君、また会えたね。
はい、西公園の神様・・・。
いやいや、そんな他人行儀な口をきかんでくれ。出涸らしの余生を過ごしてるだけの老人だ。
俺も、同じですけど。
そうだねえ。君も俺も、どうにもならない老人だからな。
神様、ちょっと待って下さい。俺が老人であることは否定しませんが、どうにもならないって・・・。
不満かね?・・・君は老いを知らないな。
いや、それなりに識っていると思いますが。
そうかねえ、まあ、大した問題じゃない。ところで、君は人生コロコロを知っているかね?
はい。
なんと、此れはしたり。なんで知ってんの?
旧友から聞きました。東公園のGです。高校が同じだったんですよ。
南野高校か、出来が良かったんだね。
高校入試まではそうでした。合格したら、それで良いと思っちゃって。
それで?
別の場所で居所を見つけようかなあと思ったわけです。
見つかったのか?
まあ、苦労はしましたが、それから60年近くも生きていますから。
しぶといね。
経験から得た教訓があります。
ほう、どんな教訓かな?
学校と会社には、死んでも行く。
愚かだねえ。
いやいや、そもそもですね、人生コロコロなんて・・・。
巫山戯てると言いたいのかね?
いえ、そんなことは・・・。
まあ良いさ。人生コロコロだからな。
表現が軽いです。
ハハハ、そうだよなあ。俺の限界だ。所詮、その程度の男なんだよ、俺は。
いやいや、先輩は立派ですよ。
そうかなあ・・・。



(この歳まで生き延びて来れたのは、幸運だったと言うべきだろうか。)
なあ、エム君、公園神の会の話を聞くかい。(西公園の神、奇妙な日、生ける屍たち)
はい。
俺が西公園の神になったのは、かれこれ4年前のことだ。2代目から禅譲された。2代目は、体の弱い人だった。俺に、西公園の神を譲ると、しばらくして亡くなったよ。人格者で愛嬌のある人だったが、最後は無表情になって死んでいった。寂しいもんだんねえ・・・。
そうですね。
人生とは、そうしたものだよ。ああしたい、こうしたいという思いはあるのだが、力及ばずだ。人生の春に見た幻に裏切られ、年老いてなお夢を見る。残酷な話だよなあ。
はあ・・・。
Gはなあ、俺が東公園の神に推薦したんだ。年齢は少し足りなかったんだが、会員増強月間だったからな。彼は、東公園の神になったよ。資質があったからなあ。
資質ですか?
そうだな。彼は、老境を迎え、夫婦で暮らしている。穏やかな生活なのだろう。多少の波風はあったようだが、穏やかな生活だ。俺は、彼に東公園の神になって欲しいと思ったよ。東公園の神は不在だったんだ。彼の奥さんも、良くできた人のようだね。
そうですね。羨ましい限りです。
まあね、女房に先立たれると寂しいもんだなあ。君もそうだろうが・・・。
仰る通りです。最近は、ネガティブな感情を受け入れるようになりました。
ほう、どんな?
寂しいとか、辛いとか、泣きたいとか・・・。それまでは、そんな感情を否定していたんですが。
なるほどね。


ところで君、西公園の神にならんか?
いや、恐れ多いことです。
なあに、俺も歳だし、老い先短いだろうから、俺の跡を継ぐんだ。
はあ・・・。
だが、すぐにじゃない。俺がダメになったらだ。ただなあ、人生コロコロ、一寸先は闇だ。どうにもならんよ。俺は無力だ。


(西公園の神と別れ、自宅に帰ったエム。焼酎のお湯割を飲み始める。こじんまりした住宅だ。妻が存命だった頃から、喫煙は自室でと決めていた。妻が亡くなった後も、そうしている。)
(杯を重ねるうちに、夕暮れ時になる。それなりに酔いが回るが、心地の良いものではない。自分が何をやり残したのか、漠然と考えるエム。重苦しい気分になる。考えてみれば、若い頃から、なんの憂いもなく眠りに就けたことが少なかった。辛い旅路だったと想う。)
(パソコンで動画を見ながら、飲酒喫煙を繰り返すエム。やがて静かな住宅街を闇が包むだろう。)

   令和5年6月4日

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