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恋の行方ⅩⅥ


(近くの神社に、初詣に行くジョシュアと櫂。総鎮守とは違って、訪れる人は少ない。賽銭を投げ、手を合わせる。気持ちが、スッと楽になる二人。)
櫂、これからどうしようか?
ここで別れるのは嫌だわ。
じゃあ、近くのファミレスで何か食って終わりにするか?
それも嫌です。今日は帰るけど、もう少し遅い方が良い。
そうか・・・時間を潰せば良いのか。
夕暮れ時くらいまで・・・一緒に居て。
良いよ・・・俺のアパートで御神酒でも飲もうか、新年だから。
はい。


(バス停まで歩いて、JR駅に向かう。駅近くのコンビニで昼食用の弁当などを購入し、ジョシュアのアパートに入る。)
あらぁ、ずいぶん散らかってる。少し片付けて、掃除機をかけるわ。タバコでも吸ってて。
ビール、飲んでも良いか?
どうぞ、すぐ終わるから・・・自分の部屋でね。
(6畳ほどの洋間に、机とベッド。机の上には、ウィンのデスクトップのモニター、MacBook、iPad Proとメモ用紙が置かれている。雑然とし、整理されていない。缶ビールを開け、タバコに火をつける。)


(暫くすると、居間の掃除を終えた櫂が声をかける。テーブルに、コンビニ弁当と缶ビール。ジョシュアがキッチンの奥から仁勇の一升瓶を持ってテーブルに着く。)
正月料理とはいかないね。
まあいいさ、御神酒があれば・・・。
飲めれば良いって感じ?
そんなところだよ。


(昼食にビール、その後、日本酒を少し飲んでジョシュアと別れる櫂。)
(家に帰ると、父母が居間のテーブルに居た。躊躇いがちに、声をかける。)
ただいま・・・帰りました・・・お父さん、お母さん。
お帰り・・・。(父が答える。)
櫂、テーブルに着きなさい。今日はどうだったの?
はい。ジョシュアと神社にお参りをして、コンビニでお弁当を買って、少しお酒を飲みました。
あら、そう、良かったね。楽しかった?
・・・微妙です。
どういう意味かな?(父が口を挟む。)
彼、難しいから・・・。
じゃあ、僕と同じだ。
お父さんと・・・同じじゃないわ。
ハハハ、そうかなあ。男も女も、みんな同じだと思うけどな。
(母が父の顔を見る。)
櫂、大差ないよ。人は五十歩百歩だ。
お父さん、これからの娘に言うべきことではありません。
・・・お母さん、お父さんは間違っていないと思います。
そうかしらねえ・・・。
櫂、僕達は特別じゃない。市井に生きる無名の存在だ。・・・僕は、特に不満は無い。一介の勤め人だったよ。その人生も残り少ないがね。おまえはおまえの人生を生きると良い。
はい。
(テーブルの正月料理に箸をつけ、父に勧められた酒を少し飲んで自室に行く櫂。)
お父さん・・・饒舌です。
ん?(父の口元が緩む。)正月の酒のせいかな。
そうですね。・・・片付けなくちゃ。まだ飲む?
うん。
おつまみを少し残しておくわ。ほどほどにしてね。


(自室のベッドで微睡む櫂。携帯の着信音で目を覚ます。時計を見ると、午後11時を過ぎている。ジョシュアだった。)
櫂、眠れないんだ。変な酔い方をしたみたいで。眠れないんだよ。
そう、今どうしてるの?
居間のテーブルに居る。
飲んでるの?
だけど、酔えないんだ。寝る気にもなれない。眠らなければならない時間なんだが。
ジョシュア、私の言う通りにして。出来る?
ああ・・・。
電話は切らないでね。
うん。
グラスに残っているお酒を捨てて、キッチンの火元を確認して。焦らず、ゆっくりやって下さい。
・・・確認したよ。
次はね、居間の照明を落としてベッドルームに行く。居間の照明は、常夜灯でも良い。エアコンが点いていたら、1、2時間後に切れるようにして。リモコンは?
ああ、あるよ。
セットできる?
うん、1時間後に切れる。
良いわ。次には、ベッドルームに行って横になる。転ばないようにね。
大丈夫だよ。
・・・横になって、目を閉じて。
そうしたよ。
スマホを切って下さい。おやすみなさい。無理に眠ろうとしなくても良いから。安静にしていれば良いのよ。明日の昼頃、行くからね。
ああ、ありがと。おやすみ。(スマホを切るジョシュア。)



(昼頃、ジョシュアのアパートに着く。家から持ってきた正月料理をテーブルに並べる櫂。)
少しだけど、お母さんに貰ってきたの。
気を遣わせてすまんね。
良いのよ、縁起物だから・・・。来年は、私が用意しなくちゃね。
・・・・・・。
(細めのグラスを用意し、酒を注ぐジョシュア。グラスを合わせる二人。箸を進め、少し顔を赤くした櫂が話し始める。)
最近、お兄ちゃんのことを思い出すの。順調だった。高校、大学、就職も。両親も喜んでいたわ。でも、社会に出て3年もすると肥え始めた。会社を辞めて、家の中でも肥え続けたの。
知ってるよ。
・・・家の中で暴れるようになって、お父さんもお母さんも成す術が無く、お兄ちゃんは肥え続けた。
大変だったね。
・・・地獄です。家族の誰もが自分を責めて、それでも何の解決にもならない。私達は何の罰を受けているのか・・・私には解りませんでした。
(沈黙するジョシュア。)
お兄ちゃんが死んで、お母さんは入院した。なんとか日常生活に戻り・・・お母さん、お兄ちゃんが死んだのは神の摂理だと言ったの。私は、兄の死に安堵している自分に気が付きました。恥ずかしい事です。
(ジョシュアは黙って櫂のグラスに酒を注ぎ足す。)


櫂、泊まっていけよ。このまま帰すのは心配だ。
・・・お母さんに電話する。

お母さん、飲み過ぎました。
だから?
ジョシュアの所に泊まります。
そう・・・困った子ね。
すみません。申し訳ないと思っています。
まあ良いわ。お父さんも飲んでるし・・・。明日は帰ってくるの?
はい。
櫂、私達の信頼を裏切らないでね。
はい。

怒られちゃった。
そうか。
しょうがない・・・私のせいだから。
大丈夫だよ、明日になれば元通りだ。
楽観的です。
楽観視しているわけじゃない。俺が死んだとしても、身内でさえ2、3日もすれば元通りになる。復元力があるからね。少し傾いても元に戻る、逆に傾いても元に戻るんだ。心配ないよ。


櫂、いつ頃、ここに来る?
そうですねえ、5月の連休にしようかなあ。それまでに、衣類や本なんかを少しづつ運ぶわ。必要な家具は買い揃える。
そうだな。俺、戸建ての物件を探すよ。
ローン組める?
なんとかなるさ。それよりも、ローンの心配をするよりも、めぼしい物件があるかどうかだ。まあ、不動産価格も下がっているし、大丈夫だよ。多少の妥協は必要かもしれないが・・・。
そうですね。


(その夜、櫂はジョシュアの腕の中で夢を見た。庭で男の子と遊んでいる夫を呼ぶ。「ご飯にしよう。」笑顔で振り向くジョシュアと息子。櫂が息子に手を伸ばすと、二人の姿がモノトーンになって、薄らいでいく。)


   令和6年1月12日

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