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屋根裏部屋の少年ⅩⅧ


(土曜日のフライトを終えたデビッドとエコー。食堂での昼食。)
デビッド、今日は負けちゃった。
君の日じゃなかったね。
私、頑張ったんだけど・・・。
そんな日もあるよ。
デビッド、勝ったの?
うん、やっとね。やられたと思った時、うまく反応できたよ。紙一重だった。
どうして、そうできたの?
説明できないな。体が、手足が反応した。今日はうまく行ったけど、次はどうなるか自信は無い。薄氷を踏むようだよ。
そうですか。
(スプーンの上で器用にパスタを丸め、口に運ぶエコー。)
エコー、高校生活はどう?
まあまあです。成績も悪くはありません。
勉強って難しいの?
不得意な科目もあるからね。
部活は面白い?
面白くてやってるわけじゃないから。部長のタカハシ先輩はやる気ないし。部を支えているのは2年のフクナガ先輩です。まあ、部長はもうすぐ卒業する。少ない部員が、また減るでしょう。
新入生が来るんじゃないの?
どうでしょうかねえ。私の同学年は二人だけでした。
いろいろあるんだね。
人気のある部じゃないけど、選んだのは私だから、最後まで続けるわ。でも、タカハシ先輩は問題だね。アルキメデスの点を探して、人生の大半を費やしてしまうようなタイプです。破滅型、そのうち、お酒に溺れるようになる。フクナガ先輩は堅実型。詩や短編小説をコツコツ書いている。・・・誰の注目も集めない、無視され続けてもね。どっちが良いのか解らなくなります。
君は・・・どんな本を読んでるの?
久坂葉子さんです。知ってる?
知らない。・・・どんな本?
プレティガールのサッドストーリーです。(顔を曇らせるエコー。)何十年も前の文章だけど、息遣いが聞こえてくるようです。言葉って、不思議だよね、惹かれるわ。
僕も読んでみようかな。
あなた向きじゃないかも・・・読まないほうが良い本もあります。何でもかんでも読めば良いってもんじゃないから。
君がそう言うのなら、そうなんだろう。
ヤメろって言ってるわけじゃないのよ。
解っているよ。・・・君はいろんな本を読むんだね。
そうでもないの。動画で、音声を聞くことができるから、楽してるの。途中で寝ちゃったり。不謹慎かもしれません。命を削って書いた文章かもしれないのに。
君もそうしたい文章を書きたいの?
いいえ・・・。私は穏やかな人生を送りたい。無理な努力をしなくても、平穏な日々を送って・・・そうなればいいわ。


(櫂がプレートを持って二人のテーブルに来る。)
仲間に入れてくれる、デビッド?
はい。
構わない、エコー?
もちろんです。
ありがと。
ガーティはどうしたんですか?
コマンダーと士官用食堂に居るわ。昇進の話かもしれない。あなた方も4月から昇進するでしょ。彼女にそういう話あってもおかしくない。
ガーティ、凄いね。
デイブ、あなたも組んだことがあるでしょ?
うん、不思議なフライトをする。
不思議な?
そうです。ポジション取りが抜群です。そこに居て欲しいと思う所に、いつの間にか居るんだ。
(エコーが席を立つ。)
お先に失礼するわ。デビッド、バス停で待ってる。
ああ、解った。すぐに行くよ。
(トレーを持って返却口に置き、食堂を出ていくエコー。)
・・・どうしたんだろう。気を悪くしないで下さいね。
大丈夫よ、デビッド。
櫂、エコーと何かあった?
何もないわ。心配しないで。



(櫂と別れ、バス停に向かうデビッド。背後の足音に気付き、立ち上がって振り向くエコー。笑顔だ。バスを待つ間、並んでベンチに座る。)
デイブ、ここって私達が初めて会った場所だよね。
うん、よく憶えているよ。君はサンドイッチを食べていた。
恥ずかしいわ・・・ワーズワスの詩の話もしたよね。
ああ、そんなこともあった。
・・・デイブ、風を捉えることが出来ましたか?
・・・・・・。
なぜ届かないものに手を伸ばすの?
いや、そんなつもりは・・・。
あなたは、ここで風に揺らぐ梢を見つめ、僕は風をつかみ損ねてるって呟いた。その時、私はあなたに惹かれた。木漏れ日があんなに綺麗だと思ったことはありません。
・・・エコー、先輩達に関心があるの?
それなりにですよ。
どういう意味?
特に意味はありません・・・デイブ、妬いてるの?
・・・違うよ。
(バスが来て、それぞれの降車場所を告げ、後部座席に並んで座る。エコーはJR駅前で降車するまでデビッドの手を握っていた。)


ただいま、母さん。
お帰り。今日は早かったね。
うん・・・勝ったよ。
見ていたわ。危なかったね。
はい、紙一重の戦いでした。運が良かった。
エコーは負けましたね。
今日はね・・・母さんの高校って共学だった?
そうでしたよ。
男子のこと、どう思っていた?
どうって、特には・・・なんとも思っていなかったな。
気になる男子とか、居なかった?
そうね、居ないこともなかったよ。
どこに惹かれたの?・・・見た目ですか?
違うね、届かないものに手を伸ばしているような人だったから。
女は、そういう男に惹かれるの?
ハハハ、どうかなあ。瞬きのうちに消えていく幻だよ。生きていく礎にはならない。
・・・・・・。
デイブ、エコーのこと?・・・うまく行ってないの?
そんなことない。
紅茶、飲もうか?
はい。
(テーブルに着き、無表情で待つデビッド。母が丁寧に紅茶を淹れる。)
デイブ、トースト食べる?
やめとく、夕食があるし。
おまえ、昔から引っ込み思案だったね。
そう思ったことはありません。
自分じゃ解らないからね。
・・・母さん、僕は僕だよ。

  令和6年3月6日

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