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屋根裏部屋の少年ⅩⅦ


(屋根裏部屋の夜、エコーから着信。)
デビッド、K美術館に行ってみない?
良いよ。・・・僕、行ったことがない。
J R駅から送迎バスが出ているの。
知らなかったなあ。
きっと、楽しいよ。
そうだね。


(土曜日のバトル・フィールド。昼食時に声をかけるマッド・ブル。)
デビッド、昼飯、一緒に食うか?(自滅する者たち)
はい。
おまえと二人で、士官用食堂に行こう。
・・・・・・。
エコーか?・・・心配するな。ガーティと櫂が居る。あいつら、よく連んでるよなあ。
はい。


(士官用食堂。二人でテーブルを挟む。)
マディ、K美術館に行ったことある?
あるよ。
・・・あるんだ。
うん、女房に付き合ってな。春、夏、秋に行った。俺、美術の素養なんてねえから、女房と居ると視野が広がる。今は、縄文時代の勉強をしているよ。
意味がありますか?
意味かあ・・・俺には解らねえ。
意味も解らずにやってるの?
まあな。初めから解っていたら、やる必要ねえだろ?やってるうちに解ることもあるんじゃないかな。学ぶ喜びってやつだ。滅多に無いが・・・。おまえも何かやってみろよ。面白いと思うけどな。
何をやれば良い?
自分で見つけろ。あれこれやってみるんだな。おまえの時間はそのためにある。いくらでもやり直しがきく歳だ。
・・・・・・。
デビッド、自分の主人は自分だ。戦いは・・・終わるまでは、終わりじゃない。
・・・マディ。
説教じみたことを言ってすまんな。俺、筋肉系だから、頭の働きが足りないそうだ。女房曰くだが。
奥さんに頭が上がらないんだ。
ハハハ、俺のエンジェルだからな。・・・デビッド、エムという老人を知ってるか?
はい。Gと高校の同期だと・・・。
そのようだ。「本当に大事な事は頭の中にある。」彼の口癖だったそうだ。俺は、そのことに疑問を持った。
どうして?
納得できなかったからだ。頭脳に価値があるわけじゃない。今の社会はバランスが崩れている。現実軽視と言うのかな。
現実軽視?
ああ、例えば性行為を想像することと、実際にすることは違う。
・・・例えが不適切です。
そうかもしれんが、実態を良く表している気がする。・・・まあ良いさ、忘れてくれ。これから、おまえはいろんな場所で生きていくことになる。自分の意にそぐわない事もやらなければならない。そんなことは、いくらでもある。
はい。
周囲を憎んでも、何の解決にもならない。
はい。


喉が渇いたな。ビールでも飲もうか。ああ、おまえは行ってもいいぞ。そろそろバスの時間だろう。
はい。ご馳走様でした。


(バス停に向かうデビッド。エコーがベンチに座っている。)
やあ、待ったかい?
いいえ・・・昼食、どうしたの?
マディが、奢ってくれた。
そう・・・。
彼、ビールを飲んでるよ。
デビッド、私、文学部に入っていろんな本を読んでみた。そしたらね、人生を支配しようとして失敗した人達の話がいっぱいあるの。あなたには、そうした人生を歩んで欲しくない。
・・・・・・。
人生はあなたに合わせてはくれません。あなたが人生に合わせたらどうですか?
僕が、僕の人生に合わせる?
そう・・・あなたが支配できるあなたの人生なんてありません。
そうかなあ・・・。
そういう人生を送る人もいるでしょう。でも、それはあなたじゃない。
どうして僕じゃないの?
あなたには・・・幸せな人生を送ってもらいたい。
僕は幸せな人生よりも、人生の意味を探究する人生を送りたい。
デイブ、人生に意味なんてないのよ。
僕は、そう思わない。僕の人生だって、君の人生だって意味があるはずだ。
もう良いわ。この話はやめましょう。
怒ったの?
いいえ、物分かりが悪いから、呆れています。私の言うことを聞かないし。
エコー、機嫌を直せよ。僕は君と喧嘩したいわけじゃないんだ。
そんなふうには見えません。
K美術館、行くよね?
今は、寒いから嫌です。
・・・誘ったのは君だよ。
もっと、暖かくなったら、行っても良いです。
・・・・・・。
デイブ・・・?
君は自分勝手だ。自分の価値観を、僕に押し付ける。
そうじゃない。そうじゃないのよ。
もう良いよ、君の言うことは聞きたくない。
怒ったの?
少しね。・・・僕は君のペットじゃない。
解っています。そんなこと、思ったことはありません。


(気まずい、バスの後部座席。エコーが話しかける。)
ねえ、デイブ・・・明日、K美術館に行ってみよう・・・。
寒いから、嫌なんじゃないの?
庭園エリアはね。でも、行こうよ。
良いよ。
じゃあ、約束ね。夜に電話する。
うん・・・。
(JR駅前でバスを降りるエコー。その後ろ姿を目で追いながら「案外、小柄だったんだ。」と思うデビッド。信号待ちで、ドライバーが話しかける。)
デイブ、喧嘩したのか?
はい。
なんで?
多少、考え方の違いがありました。
そうかい。俺がデイのドライバーをやってるの、知ってるよな。
はい。
お変わりございいませんか?迎えに行った時に、そう言うよ。「無いんですよねえ。」そう答える人がいる。どう言う意味なんだろうね。
解りません。
良いさ。解る必要はない。K美術館に行くのか?
はい。
そうか、仲直りできるチャンスだ。
今は、寒いから嫌だと言っていました。
大丈夫だよ。凍死する訳じゃない。何か、プレゼントを買うと良い。
プレゼントを?
ボーイフレンドからのプレゼントを喜ばない女は居ない。
はぁ・・・勉強になります。


(バトルが終わった後、ABCクラブでグラスを傾けるコマンダーとマッド・ブル。)
マディ、デビッドはどうですか?
まあ、Dランクに上げても良いでしょう。力は充分にあります。
入隊前に、デビッドとマッチをしたそうですね。
はい。公園で少し遊びました。
デビッドが勝った?
ハハハ、そうですね。やられました。1本目を取って、2本目は取られた。問題は3本目ですね。彼は、左利きのフリをしていました。右手で取られました。
そうですか・・・興味深いね。デビッドをDランクに上げますか?
・・・いや、エコーの事も考えないと。
エコーねえ、彼女、優秀ですね。
はい。とても上昇志向の強い娘です。同じような能力のデビッドと、大きな差をつけないように配慮しないと。
彼女もDランクに?
でも、席が足らない・・・。
Dランクから一人、午後に行ってもらいましょうか?
誰ですか?
僕の推しはジョンかな。
ジョニー・・・エコーの兄ですね。異存はありません。


そう言えば、エムに会うそうですね。
はい、Gに仲立ちをお願いしました。
理由がありますか?
Gに彼のことを聞いて、関心を持ちました。飲みながら話そうと思っています。
そうですか。そのうち、僕にも様子を聞かせて下さい。
解りました。
・・・今夜の酒代は、僕が持ちましょう。
いいえ、割り勘でお願いします。
はい。



(後日、一升瓶を二本下げて、エム宅を訪れるマディ。)
こんにちは。
よく来てくれたね。Gから聞いているよ。
厚かましく、押しかけました。
いや、この歳になると来客は少ないもんだ。まして酒まで持たせてすまんね。
いいえ、飲みながら話せればと思いました。
グラスを用意しよう。冷で良いよね?
はい。
どれどれ、仁勇と腰古井か。県産品だね。
はい。
どっちからにしようかな?
両方・・・飲み比べてみましょう。
ハハハ、良いね。(グラスを二つづつ用意するエム。)


君は息子の同級生だったそうだね。
はい、中学、高校と一緒でした。クラスが違ったこともありましたが、家が近かったので・・・。
君、バイクのケンちゃんか?
はい。高校の頃は125CCに乗っていました。ご迷惑をおかけし、申し訳ありません。
今でも?
いいえ、もう結婚して息子も居るんで、トヨタの大衆車でゆっくり走っています。
それは良いね。・・・息子のことを少し聞かせてもらえないか?
はい、彼は、もう少し上の高校を目指していたようです。
もう少し上?
偏差値です。
そう・・・南野高校には届かなくてね。
でも、俺の高校で、彼は常に上位10%でした。


そうか、俺は、定年後も再雇用で勤めてね。退職を迎えた時、何もかも失ったと思った。女房も亡くしていたし。何を考えたと思う?
さあ・・・奥さんの後を追うとか・・・ですか?
それもあるが、どんな状況になっても生きていける人になれないかと思ったね。で、考えたよ。
どんな状況になってもって・・・超人ですね。
足りない頭で、いろいろ考えた。2年くらい考えて無理だと解った。遅きに失したが・・・。頭の中には、何も無かっ たよ。
あいつ、どうしていますか?
うん、詳しくは知らないが、なんか機器メーカーの営業職らしい。勤務地がちょっと遠くてね。最近は疎遠だ。
そうですか。


俺、いろいろ考えたよ。断捨離とかな・・・。
断捨離ですか?
そう、余計な物を捨てる。ミニマリストになろうとか。
それにしては、そうなっていないようですが・・・。
俺には、覚悟が無いんだろう。いつも先延ばしだ。やれば出来るって、俺、やってねえじゃん。
みんなそうですよ。俺もです。
気休めかい?
いいえ、事実です。
そうかそうか、君は良い奴だなあ。息子も君のことを信頼していたんだろう。
買い被りです。俺、成績下位の20%だから。
そういう問題じゃなく・・・。
エムさん、俺の考えを言っても良いですか?
ああ、ぜひ言ってくれ。
あなたは、見たところ立って歩けますよね。
うん、そうだが。
失礼ながら、あなたの歳では亡くなっている方もおられるでしょう。でも、あなたは生きて、立って歩ける。飲酒も喫煙もしている。就寝時、何度も排尿に立つようですが、一人暮らしなら問題ありません。飲み過ぎなければ良 いでしょう。自分で食材の購入もしているようですし、餓死することもありません。何か問題ありますか?
緩い生き方をしてもなあ。反発が怖い。
苦労して、悩めば人は進歩しますか?俺も昔はそう思っていました。土曜日戦争に志願して、力任せに飛んだ。でも、Fランクにも届かなくて短気を起こした。たまたま会ったスリーピーJに絡んで、あっさり負けました。俺には精神力が足りなかった。額に脂汗を浮かべ、悩み尽くせば強くなれるのか。考えましたよ、アビエーターの陥る心理的な罠です。
克服できたのか?
どうでしょうか。いまだに解りません。ただ、頭の中で考えることに、そんなに意味はありません。頭の中で、あなたは奇跡的に超人になれるかもしれません。でも、あなたも俺も、いずれ老化して死にます。脳も体の一部です。
反論はせんよ・・・。
すみません。出過ぎたことを・・・。


最近、よく考えるんだ。明日の昼飯、何にしようかと。
そうですか。
うん。君、昨日の昼飯、何を食った?
そうですね、焼きそばだった。
焼きそば?
はい。女房が作ってくれました。
やれやれ、幸せな男だ。俺は自分で作るよ。炭水化物だけじゃダメだからね、ソーセージとかを加えるんだ。それに酢と辛子だね。味付けと言うのか・・・。炭水化物だけじゃダメだからタンパク質も食わないとな。
工夫しているんですね。
そうだよ、ただボーとして生きてるわけじゃない。すき家の汁だく牛丼を食うこともある。この前は牛カレーを食った よ。香辛料が効いていたな。君は食ったことがあるかな?
いいえ、ありません。
・・・なあ、マディ・・・みんな飛び去って行ったよ。女房も息子も。
手放すのも、有用な方法ではないでしょうか?
うん・・・寂しいもんだなあ・・・。

   令和6年2月2日

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