インドの脱炭素目標と 再エネ開発をめぐる政策矛盾
インドは、2021年のCO2排出量が2,648.8Mtと世界全体の7.0%を占め、中国(32.9%)、米国(12.6%)に次ぐ世界第3位の排出大国である。インドの排出動向は世界全体の多大な影響を及ぼすとはいえ、一人当たり排出量は1.90t/人と、世界平均(4.81t/人)の40%弱にすぎない。経済発展と脱炭素の両立は容易ではなく、目下のところ、自国製造業振興策が、再生可能エネルギー開発の柱である太陽光発電推進の障壁となっている。
2070年炭素中立化宣言と脱炭素数値目標
インドの脱炭素政策では、2021年11月にCOP26(国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議)において、モディ首相が2070年までのネットゼロ(温室効果ガスGHG純排出ゼロ)の達成を表明するとともに、2030年までの数値目標として、以下の4項目を示した。
①非化石燃料による発電設備容量を500GWに引き上げ
②エネルギー需要の50%を再生可能エネルギー由来とする
③今後のGHG総排出量の見込みを10億トン削減
④単位GDP当たりのGHG排出量(原単位)を対2005年比45%削減
その後、2022年8月にUNFCCCに提出した改訂NDC(Nationally Determined Contribution)では、数値目標に上記4項目のうち②および④の再生可能エネルギーのシェアとGHG排出原単位の目標値を盛り込み、2070年までのネットゼロの実現は、改訂NDCをステップとする長期目標と位置付けている。
因みに、2015年に提出したNDCでは、2030年までの数値目標として、以下の3項目を盛り込んでいる。
①発電設備容量に占める非化石燃料由来のシェアを2015年の30%から
40%に引き上げ
②単位GDP当たりのGHG排出量を対2005年比33~35%削減
③カーボンシンクを25~30億トン追加
今次改訂NDCでは、これらの2015年提出NDCの数値目標うち、カーボンシンクの追加目標を維持する一方、非化石燃料の発電設備容量のシェアとGHG排出原単位の削減の目標を上方修正している。
改訂NDCに盛り込まれなかった数値目標
2021年11月にCOP26で示した数値目標のうち、非化石燃料による発電設備容量(500GW)とGHG総排出量の見込みの削減目標(10億トン)の2項目は、改訂NDCに盛り込まれなかった。
その背景として、前者については、2022年3月末時点で156.6GWの設備容量を2030年までに約3倍に拡大するのは、容易ではないということがある。また、後者については、そもそも、GHG総排出量の見込みの試算は公表されておらず、ベースラインがないままの議論であることが指摘されている。
電源開発については、2022年9月に中央電力庁(CEA:Central Electricity Authority)が、2022~27年の期間を対象とする国家電力計画(NEP:National Electricity Plan 2022-27)のドラフトを公表している。今次NEPは、2022~27年の電力需給の見通しと電源開発計画および資金需要、2027~32年の展望を含む。
同計画によると、2022~27年に追加が見込まれる建設中または計画中の非化石燃料の設備容量は139.4GW、2027~32年には10.2GWとなっている。2032年時点で306.2GWまでが見えているといったところで、2030年までに500MWにまで増強するという目標には、未だかなり隔たりがある。
再生可能エネルギー開発と太陽光発電への期待
2027~32年に建設・計画中の非化石燃料追加能力149.6GWの内訳は、水力が10.9GW、揚水発電が1.6GW、太陽光が92.6GW、風力が25.0GW、バイオマスが3.8GW、そして原子力が15.7GWである。
再生可能エネルギーの開発では、太陽光への期待が大きい。太陽エネルギーの賦存量はインド全土で5,000兆kWh/年で、ほとんどの地域で4.7kWh/㎡/日と豊富である。また、分散型発電に適し、短いリード期間で能力増強が可能であるほか、エネルギー安全保障の確保への寄与も期待できる。技術開発に伴うソーラーパネルの価格低下に規模の経済も相まって、太陽光発電のタリフは低下してきている。
2022年10月には、モディ首相がグジャラート州モデラ―を、「インドで初めての100%太陽光発電で賄われる村」と宣言した。モデラ―は、スーリヤ寺院(太陽神殿)で知られる人口6,500人の村落で、村民の職業は陶工や仕立て屋、靴職人、農夫などである。中央政府と州政府が970万ドルを投じて、1,300枚のルーフトップ型ソーラーパネルの設置を含む太陽光発電システムを構築した。バッテリーエンジン貯蔵システム(BESS:Battery Engine Storage System)の導入により24時間安定的な電力供給が可能となっているほか、余剰電力の買取も行われ、住民の生活水準は大幅に向上した。
太陽光発電をめぐる政策矛盾
インドは2014年9月以降、「メイク・イン・インディア」のスローガンの下、製造業の新興を図っている。2020年5月の中印国境紛争の再燃は、経済関係の対中依存の脱却に向け国産化を加速する契機となった。太陽光発電のソーラーパネルの対中依存も問題視され、国産化の推進とともに、関税・非関税障壁が導入された。
2020年11月には、国産品の売上高増加分を補助金として支払うという生産連動型優遇策(PLI:Production Linked Incentive Scheme)の対象分野に、太陽光発電モジュールが追加され、翌2021年10月に16社の承認が発表された。2021年には、ALMM(Approved List of Models and Manufacturers)を導入し、太陽光発電プロジェクトの入札に際し、指定する事業者からの調達を義務付けるようになった。指定事業者リストに中国企業は含まれていない。さらに、2022年4月から、太陽光電池のセルの輸入に25%、モジュールに40%の基本関税(BCD:Basic Custom Duty)を課している。
ところが、国内生産が需要に追い付かず、ソーラーパネルの供給不足やコスト上昇が生じ、プロジェクトの遅延が深刻化してきた。これに対して、2023年1月に、25/40%の基本関税の適用除外を検討中であると報じられた。対象となるのは、同関税の導入を発表した2021年3月9日以前に、中央政府によるタリフ・ベースの入札で落札したプロジェクト(合計30GW)とされている。
次いで、2023年2月に入り、ALMMの2年間の適用猶予を発表する予定と伝えられた。因みに、ALMMの指定事業者は83事業者で、生産能力は合計21GWである。ALMMの適用猶予の下では、中国やASEANからのソーラーパネルの調達が拡大すると思われるが、自由貿易協定締結先のASEANはともかく、対中輸入には40%の関税が課されることになる。
脱炭素政策の重要な構成要素である太陽光発電の推進は、国産化政策との政策矛盾に直面している。
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