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「産まれてきてくれて、ありがとう」

娘、たぴちゃんが産まれてから、寝かしつけの時に毎日欠かさず言っている言葉があります。


「産まれてきてくれて、ありがとう」


毎晩毎晩、1日も欠かすことなく、寝る前に怒ってしまっても、喧嘩してしまっても、時には気付いたらお互い眠ってしまっていても、一日が終わる前には
「産まれてきてくれて、ありがとう。産まれてきてくれて、本当に嬉しいよ」
と。


赤ちゃんの頃は布団に置かれるのが嫌いで、ぐっすりと眠るまで抱っこで母オリジナルソングを聴きながら眠っていました。
娘が眠るまで同じメロディーを繰り返し、寝息を聞きながらそっと布団におろして、最後に「産まれてきてくれて、ありがとう。」と。
その時間は、ほっとして優しい気持ちになれました。


少し大きくなって、布団で寝付くようになってから、娘は寝かしつけの時間が好きになり「ねんねするよー」と声をかけると嬉しそうに、お気に入りの絵本を何冊か持ってお布団に来てくれました。
絵本を読んで、「おやすみ」をすると、まだ言葉にならない娘だけの言葉でたくさんお話してくれていました。

「あーしゃ、たーちゃ、ういー♪」
「わわーん、ったー♪」
「うあーて、あいー♪」

ニコニコしながら、一生懸命何かを伝えようとしてくれていて、私もその時間が大好きでした。

そして、眠る前の娘の頭をなでながら
「産まれてきてくれて、ありがとう。」
本当に幸せで、あたたかい時間でした。


娘が1歳半を過ぎた頃、忙しさや疲れが重なって、ついイライラとして、娘に強い態度で接してしまったことがありました。娘は少し驚きながらも、「あい…」と返事をして、私の話に従って、悲しそうな顔をしていました。
その姿を見て、申し訳なさと、我が子の健気さに涙が出てきてしまいました。

すると、娘は驚いた顔で目を丸くして「あっ」と小さく声を出して、ティッシュを取ってきて、笑顔で涙を拭いてくれたのです。
嬉しくて、さらに泣く私、ひたすら笑顔で涙を拭く娘。
その日も寝かしつけの時には欠かさずに言いました。

「産まれてきてくれて、ありがとう。」


ある日、いつもと同じように絵本を読んで、つたない娘の言葉に耳を傾けていました。
「たーちゃ、あーしゃうきー♪」
「うあーてて、あいーと♪」

その時、ふと気づいたのです。

この言葉、いつも言っているから、娘にとっては意味のある言葉なのかも。


「もう一回言ってみて。」
「あーしゃ、たーちゃ、うきーの。
うあーてて、あいーと、の。」


「お母さん、たぴちゃん好きなの。
産まれてきてくれて、ありがとう、なの。」



嬉しくて嬉しくてたまりませんでした。
自分がしてきたことが娘の心にしっかりと残っていたことも、それを娘が理解して一生懸命伝えようとしてくれていたことも。
何度もありがとうを言って、抱きしめて、幸せな気持ちで眠りました。


それから数カ月経って、もう随分とお話が上手になった2歳前の娘。
ある日の寝かしつけの時間、ふと、あの寝かしつけの歌を思い出して、久しぶりに歌ってみたくなりました。
すると、少し歌うと娘がニコニコとしながら一緒に歌ってくれたのです。
私は驚いて、しばらく固まってしまいました。

「たぴちゃん、この歌知ってるの?!」
「ねんねのお歌だお、知ってうの♪」

嬉しくて涙が出そうでした。自分がしてきたことの答え合わせをしてくれているようで。

その日は二人で「ねんねのお歌」を熱唱してから、眠りました。
「産まれてきてくれて、ありがとう」も忘れずに。


それからまたしばらく経って、現在2歳3ヶ月の娘。もう大人顔負けのお喋り娘。
つい最近、寝かしつけの時に先回りして言ってくれました。

「今から、ねんねの時間だよ。
産まれてきてくれて、ありがとう、だよ。
たぴちゃん、産まれてきてくれて、ありがとう、なの。
お母さんも、産まれてきてくれて、ありがとう、ね。」



私にとっての「ゆたかさ」は間違いなくこの時間です。
どんなにお金を出しても買うことはできない、かけがえのない時間と気持ちです。

それをくれたのは、この、優しくてゆたかな心を持った、産まれてたった2年ちょっとの娘でした。


「産まれてきてくれて、ありがとう」


娘に対して思うと同時に、気付けば自分自身に対しても同じように思うようになっていました。


産まれてきてくれて、ありがとう。


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