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銀河売りのいるウエスタンで

 銀河売りの一日は、朝八時半にウエスタン瑞江店に並ぶことから始まる。そして、待ちながらパチンコの玉が流れて行く様子を思い浮かべる。そして、待ちながら隣のジャンクショップに売られていた、カードゲームのカードのこうかを思い出す。
「メテオバースト!」
 過去に一度だけ、技を決めたことがあった。銀河売りと言う商売をはじめる前、小学生のときに弟とカードゲームをしていた。超銀河ユニバース、と言うカードはそのカードの下に重ねたカードを解放することで、ゲームに勝利できると言う大技を持っていた。その大技は簡単に繰り出せるものではなく、超銀河ユニバースの下にカードを組み込むためには、召喚するコストが高いモンスターたちを進化させて、それらの上にさらに超銀河ユニバースを組み込まなければいけなかったからだ。通常はそんな複雑な手順を踏むのではなくて、相手のライフを削って勝つのが定石だった。しかし、弟に対して一度だけ上手くその技を決めたことがあり、それで勝ったとき、わたしはうれしくて笑っていた。負けたはずの弟も笑っていた。
 ウエスタン瑞江店が開く前には、銀河売りの後ろにも様々なプレイヤーたちが並ぶ。朝八時半というのは大して早くはない。十時開店の二時間前から並んでいる前のプレイヤーたちは、カジュアルな格好で並んでいる。サンダルのものが多い。Tシャツやゆるいズボンに、大きめのリュックサックを背負っている。彼らにとってはウエスタン瑞江店は仕事場であり、遊び場ではない。長く座っていられる格好と、店の中から出ないための充実した装備によって今日の仕事に備えている。
 銀河売りがあえて二時間前ではなく、開店一時間半前に並ぶのは、彼らたちが銀河売りの主な顧客だからである。銀河売りの仕事は、パチンコの玉の流れを売ることだった。銀河売りは、なんとなくパチンコの玉が当たりそうな予感を知っていた。そして、本人はあたりを引かずに当たるギリギリのところで、ほかのプレイヤーに席を譲る。そして、その際に、銀河売りはプレイヤーに、報酬を要求する。それは、銀河売りがあたりを予感する確証度合いによって上下する。銀河売りが強く確証すればするほど、報酬は高くなった。そして、銀河売りのあたりを読む目はプレイヤーたちに信用されていたから、銀河売りに声を掛けられたプレイヤーは大抵、報酬を払った。
 この店には、銀河売りがいる。それがウエスタン瑞江店の、ローカルな集会場が自然と持つような、暗黙のルールだった。銀河売りは、広い店の中をちびちびと打ちながら、当たりの予感を感じ取ろうと、釣り人のように糸を振る。そして、退屈そうにプレイしている仕事中のプレイヤーに声を掛ける。でも、6月18日の今日は少しちがっていて、銀河売りの目についたのは、金髪の少年だった。
 少年は、紫色の電子煙草のデバイスを片手にヱヴァンゲリヲンの台を叩いていた。銀河売りの観察では、彼はパチンコが好き、と言うよりもヱヴァンゲリヲンが好きな風に見えた。けれども、その球を打つ片手の仕草に銀河売りは惹かれてしまった。ヱヴァンゲリヲンの台は、よく店の前の旗や看板で宣伝されるが、銀河売りに取っては、当たりが狙いにくい台だった。当たりの可能性は確かに、ほかの機器より数値上出やすいのだが、当たりの予感、と言う天ではプレイヤーを弄ぶようなわかりにくいサインを多く発する。そして、そのサインのせいで、パチンコ店の賑やかな雑音に過敏になって、気持ち悪くなる。
 銀河売りはその少年が、そういった意地悪さにめげずに、ヱヴァンゲリヲンを打ち続けているのに、気に入った。そして、その気持ちを買って、銀河売りは彼に当たりをプレゼントしようと決めた。
 銀河売りは、金髪の少年の真横に座って、エヴァンゲリヲンに金を入れた。少年は煙草を吸う手を一瞬止めて、銀河売りが持っていた球の数の量に注目した。ヱヴァンゲリヲンの台はどちらかというと、空いていたから少年は隣に座った銀河売りを怪しく思ったのだろう。銀河売りは一瞥して、淡々と打ち始めた。
 逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。シンジがつぶやきはじめる。ブラフだ、と銀河売りは経験から判断する。アニメのシーンのように上手くいかない。パチンコ台の玉は物理法則に従って、物語のルールをいとも簡単に崩す。上手くいきそうなときに、たった一つの玉の動きがすべてを台無しにする。反対に、想像もしなかった幸福を、玉はもたらしてくれる。本当は、シンジよりも、アスカがエヴァに乗った方が当たりやすい。アニメのシーンに左右されてその玉の流れに凝視すると、物理法則の冷酷さに足下を掬われる。
 「おっ。すげえ」
 少年はわたしの盤面に、興味深々だった。声はほとんどかき消されていたが、口元を見て、笑っているのがわかった。銀河売りは、席を立って、少年に譲った。そんなことをしたことがない少年は戸惑いながら座った。
 銀河売りは、初めての客に、丁寧に隣から指導をした。大げさにハンドルを握って玉を打ち出す。少年もまねをする。当たるかどうかわからないが、少年は素直にまねをする。ひねっては玉の流れを見て、また、ひねる。ひねっては玉が流れ落ちるのを見て、またひねる。その繰り返しはまるで、流れ星を見ているようだった。自分の魂からの栄養を吸い取って流れる流れ星。打てば打つほど虚無になっていく気がする。この、大人の遊びをいつまで続ければ良いのだろう。
 銀河だねぇ。あるとき、この仕事を始めてから、おばあさんが流れる銀の玉を見てそうつぶやいた。わたしはそのときから、自分の仕事を銀河売りだと思うことにした。別に仕事のたびに名乗る必要はない。けれども、盤面を整えて、交渉をするとき、わたしは銀河を打っているような気になる。ぎっしりと皿に詰まった銀の玉を見て、おばあさんは満足そうに目を輝かせていた。それが楽しかった。その打ち方をまたしようと思った。
 パチンコ店を宇宙だと思った。玉が流れ落ちる法則がきっとあると思った。流れ落ちる玉は星で、光り輝く銀河を構成している。銀河は等間隔に並んで、人の欲望を吸い取りやすい配置になっている。しばしば変わるその配置は、宇宙そのものの動きのようだ。店に入り込むときは、音圧と別の空気に圧倒される。でも、なじんでいく内に、人の声もBGMも聞こえなくなる。耳栓をすると打つことに集中できる。だから、ここは、空気が掻き混ざってまだ熱い始まりの宇宙なのだ。
 ぐごおおおおおおおおおおおおおお
 少年が乗ったエヴァが覚醒した。少年は目を見開いて、舌なめずりをする。わたしはもうそのまま打てば良いと、手を止めて見守った。エヴァが、使徒を蹂躙する。ナイフで刺す。噛みちぎる。蹴飛ばす。そのたびに筐体は、その血を流し失禁したように玉を流す。少年はそれを、初めてと知りながら目を見開いて目をそらさない。わたしはこの少年もまた、来るだろうかと考えていた。考えている内に、わからなくなった。
 今でも考えることがある。なぜ、超銀河ユニバースは、ゲームのルールを無視して勝つことができる能力があるのか。普通だったら、相手のライフを削らない限り絶対にか勝つことができない。普通それが、このゲームの勝ち方だ。でも、複雑な手続きを踏むことで、超銀河ユニバースはルールを変えてしまう。これは一体どういうことなのだろう。複雑な手順を達成することはほぼ不可能に思える。たまたま、弟と遊んで一回だけ、条件が整ったことがあった。数々の小さな銀河たちが、ユニバースの中に吸い込まれていき、解放する。それは、銀河そのものの勝利だった。それは、勝ちとか負けとか関係がない、カードゲームの世界そのものの勝利なのではないか。実際、負けた弟も笑っていた。おにーちゃん、もう一回やろう、と笑っていた。
 隣を見ると少年は、山盛りになってこぼれそうなほど皿に玉をためて笑っていた。声は聞こえないが大きな口を開いて、のけぞって笑っていた。今になって、わたしは少年に教えなければ良かったと少し後悔した。これが元で、またやり始めるのならば、わたしはおすすめしない。けれども、ここはそんな複雑な会話や、忠告をする場所ではない。魂を賭けて玉を生み出し、力尽きたら帰る。満足する結果が帰ってきたら帰る。ただそれだけで、それ以外の言葉は宇宙の中では伝わらない。
 おい、見ろ。見ろ。
 少年がわたしの機械を指差した。わたしの機械も、アスカがエヴァに乗り込んでいた。わたしはとっさにハンドルを握って、玉を打ち込んだ。迷いのなく、玉は狙った方に落ちて流れていった。アスカのエヴァも覚醒した。使徒を同じく蹂躙する。わたしの手元に玉が流れてくる。少年がうれしそうに笑ってわたしの肩を叩く。もう、今日の分は十分稼いだ気がして、わたしは玉が流れるのをただ見ていた。

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