ファミリー #9

 僕らは、長い動く歩道を歩いていて、その前にも何人も人がいる。列はスムーズに進み、僕らは脱衣所でも簡単に服を脱いで、黒いロボットがなかなか脱がない人を運び出していくのを横目に見た。
 レインの体の肌の色も見たことがないはずなのに、夢の中ではしっかりと鮮やかに想像することができた。
 そして、裸足で柔らかい床を踏んで浴場に向かう。ガラス張りのドアが開き、温かい湯気が僕らの体を包む。冷たいタイルの床を踏んで、視界いっぱいに広がる緑色のお風呂に僕らは進んでいく。
 レインが浴槽の縁に腰掛けて、長い指を緑色の湯に入れる。
「温かい」
 そして、ためらうことなく両足を湯船に浸していく。
「だめ、だめ、だめ、だめ」
 僕は叫ぼうとするが、なぜか大きな声を出すことができず、冷たい汗が流れていくだけだった。
「テルハ、早く入ってよ」
 レインが僕の手を引っ張って、浴槽に招き入れる。僕は縁に腰掛けたまま、足の先が水面につかないよう足を伸ばしていた。
 けれどもレインが立ち上がって僕を抱きかかえ、浴槽の中に引き込もうとした。
 僕は必死に叫んだけれども、叫ぶことができなかった。そして、レインに抵抗できないまま、僕らは温かいお湯の中でお互いに抱き合っていた。 
 肌の柔らかさも、お湯の温度も僕の足下からゆっくりと感覚を支配していって、もう抵抗ができないと思った。僕はこのときのために考えていたことを思い出していった。
「だめだよ、レイン。僕らはまだ生きるんだよ。だって約束したじゃないか、逃げられる場所があれば逃げだそうって。」
「逃げられる場所。どこにもないよ。」
 レインは僕の耳元に頬を当てたまま話した。それは対話をしているときの声と違った人が話しているようで、レインのそのままの声が耳に入ってきているような気もした。
 僕は立ち上がって、浴槽から出た。そしてレインの腕を思い切り引っ張って浴槽から引っ張り出した。レインは力なく僕の手を握り返して、ゆっくりと浴槽から立ち上がった。
 逃げようとした僕らを、周りの人が穏やかな目で見つめている。そして、黒い円盤のロボットが奥から滑り込んで来る。僕は、とてつもない速さで走って、壁際まで逃げる。

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