見出し画像

098:デジタル時代の次元の折り重なりの先

大学でのレクチャーも終わり,次の発表についてのリサーチをしていかないといけない.「ポストインターネット」という観点から写真・映像についての発表をお願いされているけれど,どうしたらいいのだろうかと迷っている.

『イメージ学の現在 ヴァールブルクから神経系イメージ学へ』の第10章「メディウムを混ぜかえす───映画理論から見たロザリンド・クラウスの「ポストメディウム」概念」で門林岳史さんが書いていることが気になっている.

すなわちクラウスは,一定のジャンルとそれが用いる技術的支持体が可能にする「約束事」まで含みこむようなかたちで,メディウム固有性概念を再定義した.そのようなメディウム固有性の理解において,モダニズムの芸術家の使命とは,一定のジャンルにおける約束事に基づいてそのジャンルが可能にする表現の「新しい一事例」を創り出すことではなく,そのジャンル内部に「新しいメディウム」を創出ないし発明することである.それは同時に,新たな約束事を,すなわち「新たな自動性」を発明することを意味している.クラウスにとってはこれこそが,異種混交的なメディウムの使用が所与となったポストメディウムの時代において,モダニズムのプロジェクトを継続するためのひとつの道であった.p.263

デジタルを作品制作のツールとして使い始めて,私たちのなかにもデジタルの「お約束事」の感覚が蓄積されていっているのではないだろうか.しかも,デジタルの約束事は簡単に「デジタル」という一括りにしてしまうことも多いが,実際はPhotoshop,Illustrator,Unity,Cinema 4Dなどのソフトウェアごとに別々の約束事が設定されていている.「デジタル」という大きな括りと,ソフトウェアごとの小さな括りがごちゃ混ぜになって,作家が新しい約束事=「新たな自動性」を発明している.

キャンバスや写真という「二次元=平面」ありきではなく,ソフトウェアごとにディスプレイがデフォルトで表示するのが「二次元=平面」であったり,「三次元=空間」であったりする.そして,キャンバスや写真と同じ条件だが,制作の主体は「三次元=空間」にいて,これらの次元がディスプレイごと,ウィンドウごとに変わっていくなかで,私たちはこれら二つの次元を行き来するというか,同時に表現することを試みているのではないだろうか.

ということを考えていたら,以前,自分が書いた「第4回 新視覚芸術研究会:デジタル時代の次元の折り重なり」の研究会の趣旨文を思い出した.

ヒトは三次元の物理空間を絵画や写真といった二次元の平面に変換してきた.次元の折り重ねが最も成功したのは,ボタン一つで撮影できる写真であろう.写真は三次元を二次元に落とし込み,二次元のなかに三次元を見せる.写真の平面には二次元と三次元とが折り重なっている.そして,20世紀はまさに写真と映画とが見せる次元の折り重ねを見続け,考え続ける時代であった.
20世紀後半にテレビ,そして,コンピュータが登場し,写真・映画の次元の折り重ねに変化が起きた.テレビは三次元を一次元の電気の流れに,コンピュータは三次元を一次元の情報の流れにした.三次元から一次元へと変換され,写真・映画がもつ世界をそのまま写し取るインデックス性が曖昧になった.しかし,コンピュータは写真や映画に擬態して,世界をそのまま写し取っているように見せている.あるいは,写真・映画のインデックスを保持しようとコンピュータがプログラムされていると言ったほうがいいのかもしれない.コンピュータはインデックス性を絶対的なものとしないため,どんなものにも擬態できるのである.
コンピュータ科学者のアラン・ケイは,「Doing with Images makes Symbols(イメージを操作してシンボルをつくる)」というスローガンを掲げて,コンピュータの画面のほとんどを占めているグラフィカル・ユーザ・インターフェイス(GUI)を完成させた.コンピュータにはプログラムというシンボルとディスプレイ上のイメージがあり,これらを操作できる.イメージを操作すればプログラムが動き,プログラムを操作すればイメージが変化する.コンピュータは三次元の物理世界をプログラムという一次元の流れで制御し,それをディスプレイが提供する二次元の光平面に表示する.ディスプレイのイメージは一次元のプログラムと三次元に位置するヒトから操作されている.
20世紀を支配した映画・写真がインデックス性を絶対視するものだったのに対して,21世紀のイメージを担うコンピュータはインデックス性が曖昧になっている.その代わりに,コンピュータは物理世界から遊離した一次元のプログラムと二次元のディスプレイと三次元のヒトとが折り重なる場となっている.だとすれば,コンピュータを経由することで,二次元のディスプレイに表示されているイメージを三次元の物理空間に折り返して重ねることが可能なはずである.今はまだ二次元の平面に縛られている状態ではあるけれど,いずれは三次元そのものを操作可能にしていき,次元を自由に折り重ねた表現を生み出すだろう.コンピュータとともに生まれる次元の折り重なりとその表現を考えたい.

2年前に書いたテキスト・発表から,発表をアップデートできるであろうか.「二次元↔️三次元」ということを「重なり」ではなく,もっと直接的に「イメージ↔️モノ」という約束事が自動的に入れ替わる作品から考えてみたい.

取り上げてみたい作家・作品


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?