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071:「マテリアル」を包含するグレーゾーン

そしてアナログとデジタルの差異は,プロセスにおいてあらわれる.アナログな変調のプロセスとは,とは,ウェーブにおける電荷量変化の連続性,およびフローの時間的連続性を保持したプロセスとして定義することができよう.つまりそれは連続的なデータを連続体のまま工学的に処理するのである.一方デジタルなシミュレーションのプロセスは,ウェーヴとフローの連続性を離散的な数値へと置き換え,その数値をいったんメモリ化し,演算的に処理して,再度連続的なデータへと戻してやるのである.p.38
リフレクション,河合政之

プログラムの支配のなかに「連続的なデータを連続体のまま工学的に処理する」マテリアルを作成するための環境として,マテリアルデザインを考えてみたらだろうか.環境自体もプログラムに支配されているので救いがないかもしれないが,それでもなお「オブジェクト」ではなく,情報以前のノイズを取り込んだ「マテリアル」を求める試みとしてのマテリアルデザインを考える.それはヒトとコンピュータとの複合体のなかでの,あたらしい触感を考えることにつながるのではないだろうか.タッチパネルとともに出てきたデータに触れる感覚とも言えるものを,河合政之が『リフレクション』で提示する〈視とデータ〉に〈触とデータ〉を接合させる形で考えてみたい.

〈データと視〉のフィードバックに〈データと触〉のフィードバックを入れ込んで,フィードバックを多重化するなかにひとつのサーフェイスを考える.そして,そのサーフェイスを抽象的な面と考えるのではなく,バルクと接合したものとして捉える.その結果として,デジタルで離散化している〈データと視〉と〈データと触〉とが接合されて,あたかも連続体のような「マテリアル」が生じる可能性が生まれるのではないだろうか.

​​〈データと視〉と〈データと触〉とによる多重化したフィードバックによって,デジタルデバイスが,情報以前のデータを扱うような「道具」となっていく.それは,ビックデータと呼ばれるものとも違うし,映像の高精細化とも異なる.データがもっとプリミティブな感覚を伴うようになっていく.いや,プリミティブな感覚を捏造し,擬態していくということかもしれない.それは,ブライドルが『ニューダークエイジ』で示した「グレーゾーン」を生きることかもしれない.

意識的にグレーゾーンで生きることは,もし私たちがそうすることを選べば,振動する世界の半=真実にマスクをかぶせるような,私たちの限られた認識力を引き伸ばす,無数の解釈を試させてくれる.それはこれまで望まれてきたいかなる厳密な二進コードよりも,より良いリアリティの近似だ───あらゆる懸念は近似であり,そうであるほうがより説得力があることを認めることだ.グレーゾーンは,現在私たちが意味ある行動をとることを妨げている.普段は折り合いのつかない相反する世界観を和解させてくれる.p.254
ニュー・ダーク・エイジ,ジェームズ・ブライドル

データと私たちの視と触とが接合されて生まれる「マテリアル」を包含するグレーゾーンに意識的になることが求められている.

一方電子的データとしての映像においては,コピーは電圧をかけるだけで即時的に可能であり,したがってその再入力と多重化によりフィードバックが発生する.このプロセスは複製というよりも,電子技術的なデータの増幅と分配である.だが後に見るように,その中でもアナログな電子映像では,デジタルと異なり必然的に遅延や揺らぎをともなう.この遅延はフィルムの遅延よりは圧倒的に早く,瞬時的ではないものの,連続的で即時的である.一方デジタルな電子映像のコピーにおいては,データの処理は精確であり,また結果はメモリー化されるため,その処理時間は内臓クロックに準拠している.そこで扱われる時間は現実の連続的な時間ではなく,クロック的に整序された時間であり,その処理結果は完全に規則的なものとなる.p.67 
リフレクション,河合政之

デジタルデバイスでグレーゾーンをつくるには,クロック的に整序された時間と規則的な処理とのあいだを亀裂を入れるだけでは,そこには何も表示されないだろう.グリッチは整序された時間と規則的な処理とのあいだに亀裂を入れ,その結果が映像として表示されているものだと考えられる.ucnvの正常の映像とグリッチされた映像を並置して示す手法は,その亀裂を示していると考えられる.さらに,「光るグラフィックス展2」で展示した《Volatile》は,ucnvが亀裂を示す二つの映像を一つの映像のフレームの中に収める再帰的プロセスによって,亀裂を接合し,あらたなサーフェイスをつくってることを示しているのではないだろうか.クロック的に整序された時間という「バルク」と規則的に処理された「サーフェイス」とのあいだに一度亀裂を入れ,「攪拌接合」のようなあらたな方法で「接合」することであらたなマテリアルが生まれるのだろう.そこから,デジタルデバイスで〈視とデータ〉と〈触とデータ〉とが接合されるグレーゾーンを考えることができるかもしれない.

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