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明かりなしで感じるということ

学生から最高難易度の質問が来た。

何だろうね。
分からないけど、「愛って何ですか?」と質問されてノリノリで持論を語り始める大人はロクな奴じゃないってことだけは確かだよ。
しかし無視するわけにいかないのでさっきから延々と悩んでいる。どうしてこんな目に遭っているのか。
オンデマンド授業の出席はMicrosoft Formsでアンケートに答えてもらって確認している。とうとう質問のネタが切れて「愛とお金、どっちが大事ですか?」と適当な質問にしたらこうなってしまった。そう、自業自得だ。

心の内を覗くということは
明かりなしで感じるということ
– Bibio『Curls』

愛とは何かと考える時、一人きりでなければならない。
なぜなら、私にとって愛は共有できないし証明することもできない自分の中に”ただ在る”ものでしかなく、決して「誰かを想う」ことではないからだ。
だから、愛とは何かと考えることは「心の内を覗く」ことであり、それは自分の内面を「明かりなしで感じる」ことである。

暗闇の中を明かりなしで進む道中、私たちは不安と恐れに支配される。自身を内観する時間は必要不可欠だが、過度な内省は心にとって毒となり得る。そうやって心に蓄積する毒を定期的に吸い出してしまえれば、生きることはもっと希望に満ちるだろうか。残念なことに、人生はそう都合良くいかないらしい。
しかしそうだとしても、私たちは暗闇の中を進んでいかなければならない。実体のないものや、正解も間違いもないものについて言葉を尽くさねばならない。
その過程を経るからこそ、美や愛が然るべき場所に宿るはずだから。

愛って何なのでしょうか?何だろうね。
学生からの質問は次回の講義動画の中で答えるというスタイルをとっているのであと一週間ばかり猶予がある。それまでに何とか答えを用意する必要がある。
分からないけど、動画の中で私がノリノリで持論を語り始めたら叱って欲しい。それだけはあまりにもダサ過ぎるし、どう考えても”正解”ではないから。

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