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『リコリス・リコイル』とアサウラ先生:百合ラノベでデビューした作家とその後のお話:その1 スーパーダッシュ文庫編

電光MMM

はじめに

 2022年夏アニメの中でもぶっちぎり独走状態の人気で放送中のアニメ『リコリス・リコイル』。皆さまも視聴していると思う。今作のストーリー原案はライトノベル作家として有名なアサウラ先生である。
 9月にはアサウラ先生自身が手掛ける同作のスピンオフ小説も発売予定で、こちらは発売前に大重版が決まったり、配信で偶然見てドハマりした小島秀夫監督がコメントを寄せたりと既に期待が集まっている。

 作家・アサウラ…TVアニメ化もされた『ベン・トー』『デスニードラウンド』などを代表作とする氏のデビュー作と2作目が百合要素のあるガンアクション作品だったことは百合のオタク以外にはあまり知られていない。

 先日バズっていたこちらのツイートで『アサウラ先生がデビューされた2006年の百合ライトノベルはなんもなかった』とされている。私の中での2006年頃の百合ラノベの史観もこれに近い。ただし私の『2006年の百合ラノベはなんもなかった』とは、マリみてブームに乗っかって各ライトノベルレーベルが百合要素のある作品を出しては1~3巻で打ち切られるという状況を指す。
 近年、特に2016年以降は百合ラノベが一定数発売される時代になり、ラノベ新人賞で大賞や入賞した百合ラノベが長期に続くのが当たり前の時代になったが、アサウラ氏がスーパーダッシュ小説新人賞の大賞を受賞した2006年前後~2014年頃は「百合ラノベで新人賞デビューを果たすが打ち切られるor百合ラノベをほぼ書かなくなるorラノベ作家辞める」がかなりの件数起きていた。アサウラ氏もデビュー2作が奮わなかったのか、その後は『ベン・トー』でも多少百合を書いたがご存知の通り百合ラノベとは縁遠い作家になっていった。
 当時は百合ラノベ読みたいのに供給がかなり少ない時代。新人賞受賞作品のあらすじを見て、百合要素がありそうなものを狙い撃ちして(当時は百合と明言したり、それをウリにしたあらすじが載った作品はほぼ無かった)買って読んではしばらくのちに打ち切りに涙したものだった。
 ここから記すのは百合ラノベ黎明期or冬の時代に百合ラノベで新人デビューを果たした作家とその作品についての備忘録である。自分が読んだものについてのみ詳しく記していくので、漏れなどある場合はご容赦を。

スーパーダッシュ文庫の新人賞と百合

 百合ラノベ黎明期に集英社スーパーダッシュ文庫から百合でデビューした作家はなんと3名。そのいずれも大賞受賞デビューである。スーパーダッシュ文庫には百合というジャンルに大いなる期待を寄せていたのかもしれないと、今では思う。
 そもそも百合ブームの火付け役であった『マリア様がみてる』のコバルト文庫は集英社の少女向けラノベレーベルである。百合ブームに火を付けた出版社が、少女向けだけではなく男性向けラノベでも百合の花を咲かせようとするのは自明の理だったのかもしれない。
 なお同レーベルがダッシュエックス文庫に名を改めて以降、集英社ライトノベル新人賞に百合ラノベが名を連ねたことはない。集英社が百合ライトノベルで一花咲かせようとした壮大な試みは、ちょうどマリみて原作完結に合わせるかのように途絶えたのであった。

『滅びのマヤウェル その仮面をはずして』岡崎裕信

 2005年(第4回)スーパーダッシュ文庫新人賞・大賞受賞作。山形石雄・著『戦う司書と恋する爆弾』とのダブル大賞。挿絵・西E田。(受賞時のタイトルは『その仮面をはずして』)アサウラ氏が『黄色い花の紅』でデビューする1年前、既にスーパーダッシュ文庫に百合は芽吹いていた。おそらく記録に残る史上最初の百合ラノベでの新人大賞である。(銀盤カレイドスコープも微妙なラインか?でもあれ百合要素をメインに据えてないから…)
 作者の岡崎裕信先生はゲーム会社勤務や同人ゲームなどを開発・頒布などを経て複数の出版社に投稿して本作でデビューした。かつてあった氏の個人サイト「岡崎探偵事務所」では氏がデビューするまでに投稿して選考落ちした作品群のほぼ全てがWord形式のファイルでDL・閲覧することができた。なんでこんな詳しいかって?この作者の大ファンだからである。
 さてデビュー作である百合ラノベ『滅びのマヤウェル』、Amazonのあらすじが分かりづらいのでネタバレ込みでもう少し物語を紹介する。電書化もされてないしね…

 天涯孤独の高校生・倉持ユーキ。彼女はとある事情で男性のフリをしながら(戸籍まで男性ということになっている)幼馴染の音無玉樹やクラスメイト達と平穏な生活をしていたが、ある日ユーキの男装の秘密を握る少女・神野真綾が押しかけてきて同居生活を始めることになる。真綾との同居生活の中で男装する理由(祖父からの言いつけ)がもう無いため友人たちに秘密を明かすべきかと思索したり、玉樹がユーキを男性と思ったまま告白してきたり…といった出来事をこなしていく中で街に漂う黒い魚の謎、真綾がなぜユーキのもとに押しかけたのか、ユーキの中に眠る本当の力が明かされる…

打ち切り

 と言った感じの青春&能力バトルモノである。まず先に言うとこの作品、大賞受賞で華々しくデビューしたもののわずか2巻(『この愛がナイフでも』)で打ち切られた。ダブル大賞を受賞した『戦う司書と恋する爆弾』はご存知の通りアニメ化までされたが対照的である。

 なお3巻の原稿を書き終えた直後に打ち切りを宣告されたそうで、その後作者の岡崎先生は自力で立ち絵を書いて第3巻にあたる内容を一部改稿したノベルゲーム『マヤウェルにさようなら』を自身のサイトで公開していた(現在は閉鎖)。1巻がよほど売れなかったことによる2巻打ち切りなのだろうが、売れなかった理由については主に

  • 主人公が男装女子であるということが伏せられていた

  • 作者が以前頒布した同人ノベルゲームと地続きの世界観

この2つである…と思っている。
 1つ目については作品の肝に関わる要素であると判断されたからか、少なくとも1巻は実際に本を開いてプロローグから1章中盤くらい(真綾がユーキの秘密を耳打ちするところ)まで、倉持ユーキが男装した女性であるということは一切わからない仕掛けになっている。これは当時ラノベ読者で大勢を締め始めていた男女モノラブコメを求めていた読者にはそっぽを向かれ、逆に百合ラノベを求めているオタクは実際に購入した読者からの口コミを聞かなければ警戒して買われないだろう。実際当時学生の自分もクラスメイトから口コミを聞いて遅れて買ったクチである。初動の遅れは其れ即ち死。ラノベの世界は非情である。
 2つ目について。岡崎氏は2003年に『紅葉乱舞』という同人ゲームを頒布したのだが『滅びのマヤウェル(以下ほろマヤ)』と紅葉乱舞は世界観を共にしている。作中で登場する能力に関する設定はもちろんのこと、ほろマヤ1巻のヒロインである神野真綾と2巻ヒロイン兼敵である黒崎黒子さらには3巻(出なかった…)のヴィランである深緑新はいずれも『紅葉乱舞』主人公・若菜ミサキ(男装ではないがボクっ娘)に能力バトルで敗走した後の時系列である。しかも1巻2巻ともに作中で真綾と黒子のクチから「ミサキ」という名前も出てくるが紅葉乱舞やってなければ誰だよ!?となること請け合いである。しかもこの紅葉乱舞、頒布された数が極端に少なかったせいでほろマヤが出た頃にはもうどこにも出回っていなかった。ヒロイン達の過去回想はそれらの作品を読んでいる前提の要素が多少あるため、いまいち感情移入しづらくそこも少し読書の敷居を上げていたかもしれない。(なお2010年に紅葉乱舞を全面改稿・スクリプトを自作プログラムから吉里吉里にチェンジしてリメイクした『紅帝陛下のオルタナティブ』が氏のHPで公開された。もうHP無いけどな…!)紅葉乱舞及び紅帝陛下のオルタナティブもボクっ娘少女が幼馴染の美少女に世話を焼かれたり、謎の転校生少女につきまとわれたり、謎の妹系女子中学生といい雰囲気になったり、変な能力者と出会って能力に目覚めた挙げ句に幼馴染vs妹系少女のレズ痴話喧嘩に巻き込まれたりする作品なので、読む機会があったら読んでほしい。(あるのか?)

百合的な見どころ

 と、ここまでダメだし続いたが百合要素の話をしよう。
 今作の特筆すべき百合要素はメインヒロインだがどちらかというとユーキの妹分止まりな神野真綾ではなく、幼馴染の音無玉樹である。あらすじにも書いた通り、玉樹はユーキのことを男装した女子とは知らず男子と勘違いしたまま愛の告白をするキャラクターである。2006年当時だとこの手の「男装女子を男性と思い込んで恋する女性」は男装女子の正体を知るとそのまま恋をやめてしまうパターンだったのだが、この玉樹は1巻終盤でユーキの正体を知ると「男の子だから君を好きになったわけじゃないもん」とそのままユーキへの恋心を続行する。なんならユーキが戸籍が男性なら結婚も問題ないだろうと詰め寄る。これは百合作品全体としても未だに少ない事例である。のちに百合ラノベ『どろぼうの名人』を出す中里十氏(当時は中里一名義)は本作発売当時このような論評を残している。

 このパターンは『リボンの騎士』が有名だ。『リボンの騎士』は、主人公が女とわかると恋が終わってしまうという理不尽な展開で悪名高いが、類似作品はみなこの轍を踏んだらしい。性自認と恋愛対象が別だとわからなかった原始時代には、こういう愚行が繰り返されていたわけだ。
 かくいう私も、この日記を書くまでは、これが過去の愚行に終止符を打つ作品だとは気づかなかった。
 過去の愚行を避けるのは易しい。人はみなそうしている。しかし、愚行を正しい行いへと修正するのは難しい。本書はそれをやった。

"中里一日記 2005年10月17日 岡崎裕信『滅びのマヤウェル』(集英社)"より

 そんな百合作品の歴史全体で見ても特異点な本作。ぜひ手に取る機会があれば読んでいただければ幸いである。
 前述の通り登場人物の背景設定に作者の過去作である同人ノベルを下敷きにしているという難点はあるものの、作品全体は1巻副題『その仮面をはずして』という副題通り男性の仮面をかぶる少女、恋する乙女の本性を仮面で隠す幼馴染、◯◯の仮面を隠す少女…など人間は社会で生きている限り何かしらの仮面を被って生きているというテーマについて一貫して描いており、この辺のまとまりの良さが大賞に選ばれた理由なのかもしれない。
 当時の寸評での絶賛評を2つ引用したい。

"読みやすい文章で、プロローグも、ありふれた日常にちょっとした異変が起こるというところから始まり、すんなりと物語に入っていくことが出来た。"(堀井雄二)
"最も巧さを感じさせる作品だった。物語上の細かい疑問点は認められる。だがこの作品の場合、それは必要悪のようなものであって、抜群に安定した文章で各キャラが魅力的に描き出されているため、気にならずに読み進められる。反転を効果的に活かした構成も見事であり、主題の追及の面では、作者は困難な試みに挑んでもいる。クライマックスは心に響いた。"(阿部和重)

第4回スーパーダッシュ小説新人賞 寸評(Web Archive)より

その後

 デビュー作である百合ラノベ『滅びのマヤウェル』が2巻で打ち切られた岡崎裕信氏、その後は先述した同人ノベル『紅葉乱舞』のメインキャラが続投する直接的続編『フレイアになりたい』を出すがこれまた2巻で打ち切られる。こちらは紅葉乱舞のヒロインの一人で若菜ミサキのために生きる少女・風間瞳を主人公に据えた一応百合作品なのだが、これまた同人ノベルと地続きの世界観がよろしくなかったのだろうか。

※こちらは電子書籍版が購入可能。但し中村博文先生の美麗な本文挿絵は全てカットされている。
 その後も田中芳樹原案のリレー形式作品に関わったり、普通に男主人公作品を何作か書くがいずれも2~3巻で終了している。元々岡崎氏は百合にこだわりがあるのではなく、一人称:僕のキャラクターを主人公にした作品を書くのが好きな人だったと認識している。最終的に2012年にゲーマー小説『銀のプロゲーマー』全2巻を発売して以降、完全にライトノベルからは離れてしまわれたようである。個人サイトも2016年に閉鎖した。現在はTwitterアカウントは存在しているが作家としての復帰予定はなさそうである。ラノベ作家時代について氏はTwitterで「朝から晩までどうしたら売れるのかと考えて 毎日のように面白いってなんだろうと頭を抱えたが 結局扉は開かなかった。」と振り返っている。漫画にしろ小説にしろ商業プロというのはデビューが到達点ではなく、そこから始まり仕事として続けていくかに苦慮する生活なのだということを思い知らされる。しかし個人的には『紅葉乱舞』から続くあの作品群のキャラクターたちの続きはどこかで見たいものだったりする。

『黄色い花の紅』アサウラ

リコリス・リコイルに繋がる遺伝子(MEME)

 2006年(第5回)スーパーダッシュ文庫新人賞・大賞受賞作。スーパーダッシュ文庫は2年続けて百合作品を大賞として世に送り出した。『滅びのマヤウェル』より百合度は控えめで、能力バトルではなくガンアクション作品となる。
 上記Amazonのリンクの商品は2012年に電子復刻された際にアサウラ氏による電子版あとがきが新たに書き下ろされている。あらすじもAmazon概要欄に書かれているものがそのものズバリに分かりやすいので特に補足説明も必要ないであろう。
 序文にも書いた2022年8月現在絶賛放送中の大人気アニメ『リコリス・リコイル』に繋がる遺伝子(小島秀夫的なフレーズ)は全てここに凝縮されている。
 限定的に拳銃の所持が合法化された架空の日本を舞台にヤクザの令嬢・紅花と彼女の雇われ護衛・奈美恵。信頼し合いながらも一方的に守られるだけだった紅花は自身も『力』を求め銃を手にすることになる。
 奈美恵の視点で守られる可憐な少女・紅花との関係性が丁寧に描かれる前半と、力を求め銃を手に取る紅花視点の物語が描かれる後半で話の雰囲気もガラッと変わる一作。
 他にも『リコリコ』に通じる要素として主人公コンビの味方である大人たちがいずれも魅力的に描かれていることだろうか。電子版あとがきで「当時の自分が書きたいもの、読みたいものを何の考えもなしにぶっ込んだ、良くも悪くも荒削りな内容」と表する通り、作品を構成するあらゆる要素がリコリコに繋がる原液となっている。一読の価値あり。
 アニメ監督・脚本家でこの審査員として参加した高橋良輔氏は本作をこのように絶賛している。

私はアニメーションの演出をやっているのですが、一般的にはちょっとハードなアクション系を専門分野にしているとみられています。ということもあってこの作品にはよりシンパシィを感じるのかもしれません。ま、例えれば、街のオンボロジムのロートルトレーナーが新人に練習ミットの間からうっかり一発食らって「いいねいいね。重いのにキレのあるいいパンチだね」とやに下がっているようなものでしょうか。一戦二戦と地道に戦績を上げて、やがてビッグなチャンプになることを望んでいます。

第5回スーパーダッシュ小説新人賞 寸評(Web Archive)より

 この寸評から約15年後、ビッグなチャンプになったアサウラ氏はかつて放った「重いのにキレのあるいいパンチ」を再び引っ提げて、アニメ業界に殴り込むことになったのだ。

『バニラ』と百合ラノベ暗黒時代


 さて、百合のオタクにおすすめのアサウラ先生作品は?と質問すれば、デビュー作『黄色い花の紅』よりは次作『バニラ』を挙げるだろう。

 2007年4月発売。挿絵は当時ゲーム『旋光の輪舞』のキャラクターデザインで一躍知名度を上げた高山瑞季&曽我部修司のイラストレーターユニット・シトロネットである。曽我部修司氏のほうはペルソナ3~4などのコミカライズでアトラスのオタクには有名だと思う。
 こちらの作品はデビュー作と同じ世界観を舞台にしながらもケイとナオという親族によって傷を負った二人の少女が、それらを含む自分たちに降りかかるあらゆる暴力や抑圧からの解放のための手段として狙撃銃を手に取る物語である。
 前作の紅花&奈美恵と違いケイとナオが明確に恋人同士として描かれ当時の百合ラノベでは大変珍しかったキスシーンなんかも描かれた。ここまで踏み込んだ女性同士の恋愛描写が描かれたライトノベルは当時皆無に等しかった。百合ラノベの先駆者である上遠野浩平のしずるさんシリーズですら達していない領域だった。
 さてこちらの作品も紙の本が長らく絶版ながら踏み込んだ描写の百合ラノベとして一定の需要があったせいで若干のプレ値になったりしつつも2012年にとうとう電子書籍として復刻された。長らく絶版状態になった理由について『ラノベといえば学園ラブコメみたいな雰囲気が漂い出した時代にコレだったので、当たり前のようにろくに売れなかった』と電子版あとがきでハッキリ明言している。売れなかった要素とはガンアクションだったのか、それとも百合か、或いは両方か。ラノベでガンアクション作品ならば今作の半年前にPSYCHO-PASSでおなじみ深見真先生による『疾走する思春期のパラベラム』1巻が発売され、こちらは売れてしっかりシリーズ化した。2007年、まだまだライトノベルで百合は売れない時代だったと当時を振り返りながら主張していきたい。

その後

 『バニラ』執筆当初から担当に「学園要素を入れろ」と言われたアサウラ氏(バニラではその要求に対して高校での籠城戦を書くことで応えた)はその後、自身の激安弁当生活経験やあとがきでの軽妙な文体を学園ラブコメとミックスした『ベン・トー』を発表。これが大ヒットとなりTVアニメ化もされる。そこには百合のオタクがかつて愛した要素はほぼ無くなっていた。いや一応百合カップルが添え物みたいに出てくるが、ヘテロラブコメに添え物で用意される別の百合カップルというの正直百合のオタクは全然ありがたく思ってません。今後男女ラブコメに百合カップル入れようとか考える作家や編集の方いましたらそこのところご一考くださいマジで。
 これは別のレーベルの新人賞百合ラノベを語る際にも言及するが百合という要素がかなりマイナス要素扱いされていたであろう当時のライトノベル新人賞で、そのマイナスを跳ね除けて大賞を取るほどの"読ませる力"を持つ作家がそれらを排除して普通にヘテロ作品を書いたらラノベ市場でバカ売れすることは必定なのである。
 ベン・トーでは鳴りを潜めていたガンアクション要素も『デスニードラウンド』などで磨きをかけ、2018年頃からは松智洋氏の遺作にして百合作品『メルヘン・メドヘン』のアニメ版を皮切りに徐々にアニメ脚本の分野でも活躍を見せるようになる。
 そして2022年『リコリス・リコイル』のストーリー原案としてアニメ・ガンアクション・百合・ライトノベルの分野で再び脚光を浴びることになる。彼はライトノベル以外にも才覚を発揮していき、最終的にはビッグなチャンプになって百合ジャンルに帰ってきたのだった。

『ニーナとうさぎと魔法の戦車』兎月竜之介

 第9回(2010年)スーパーダッシュ小説新人賞・大賞。(受賞時のタイトルは『うさパン! 私立戦車小隊/首なしラビッツ』)挿絵をソードアート・オンラインや結城友奈は勇者であるでおなじみのBUNBUNが務める。

 魔動板と呼ばれる金属板を噛むことでほぼ全ての女性が魔法を行使できる世界。この世界ではかつての大戦でこの魔動板を搭載・動力源とする魔動戦車とそれを駆る女性が活躍した。その大戦も極東に落ちた魔力爆弾で集結したかと思われたが、爆弾から放たれた魔力を動力にパイロット無しで動く無人魔動戦車・通称野良戦車が世界中で被害をもたらすようになる。
かつて人買いに売り飛ばされ魔動戦車の動力手としてこき使われ続ける生活から逃げ出した少女ニーナは盗み食いを働こうとした街で出会った野良戦車を狩る私立戦車隊・ラビッツの砲手として雇われることになる。

 スーパーダッシュ文庫が次にデビューさせた百合ラノベは戦車モノ。なんかガールズ&パンツァーを思い出してしまうが、ガルパンが世に出るのはコレよりさらに2年後となる。大戦で何かを失ったものたちが、その戦争が残したものから人々を守るために戦うという骨太のテーマを描きながら個性豊かなラビッツの面々との交流でニーナが人間を信じる気持ちを取り戻していく人間ドラマも魅力的。
 魔動戦車というガジェット・設定自体は本作のオリジナルであるが作中に登場する戦車のほとんどは我々の世界に実在する戦車をモデルとしているため、戦車好きならニヤリとする要素もあるだろう。

長寿作品

 新人賞でデビューした百合ラノベとして当時としてはトップタイの全8巻続いた長寿作である。1巻・2巻はメインキャラが女性だらけでそれらの交流をメインに描くという点以外は百合要素も控えめだったのだが、3巻からエンジンが掛かりだし主人公ニーナのヒロインとも言えるキャラクターが登場し、4巻ではとあるラビッツメンバー2人が事実上カップル成立したりと作者が百合のアクセルをベタ踏みにしていく様子が読んでいて楽しかった作品である。1巻を試し読みして百合的に物足りないと感じたオタク、ぜひ4巻まで読んでほしい。損はさせない。

メディアミックスという生存戦略

 前述『ほろマヤ』『黄色い花の紅』の2作と違い長期シリーズ化されたからか、それともこの頃のラノベ新人賞作品を売り出す施策からか薮口黒子氏によるコミカライズ・そしてドラマCD化などのメディアミックスが積極的に行われ、アニメ化の4文字を期待させる予感がある作品だった。
 雑誌付録という形で出たドラマCDはニーナ役に悠木碧、他ラビッツメンバーもかなり豪華な声優陣を揃えて集英社が本作に力を込めているのを感じさせるものだった。
 このドラマCDがついていた隔月誌『スーパーダッシュ&ゴー!』こそが本作のコミカライズが連載された雑誌であり、同時にスーパーダッシュ文庫のコミカライズ・アニメ化などのメディアミックス中核として生み出された漫画雑誌だった!…のだがなんと10号で紙媒体の休刊が決定、本作はWEB連載に以降して原作1巻分を足早に消化して打ち切り。奇しくも原作の最終巻が出た直後であった。WEB版ダッシュ&ゴーもそのまま2014年1月をもって更新を停止。2014年11月にはスーパーダッシュ文庫での新刊が停止。ダッシュエックス文庫に完全移行となる。本作はスーパーダッシュ文庫とダッシュエックス文庫の移行期の狭間に揺れた作品だったのかもしれない。
 原作の完結が2013年6月。完結が本決まりになったと思われる6巻と7巻の間にガールズ&パンツァーが放送されオタクは戦車ブームに染まった。もう数ヶ月完結の決定が遅ければ、本作もガルパン人気に乗っかる形での延命が模索されたのかもしれない。

その後

 ニーナ完結後の兎月先生はスチームパンク系ボーイ・ミーツ・ガール『流星生まれのスピカ』や単発作品をいくつか出すがあまり続かず。近年でオタクの記憶にあたらしいのはホロライブ所属Vtuberときのそらを書いた2019年発売のノベライズ作品だと思われる。

 近年は商業ライトノベルでの目立った活躍はないが、デビュー前から続けていた文芸サークルやWEB小説方面での活動は氏のTwitterなどで確認することができる。不思議なことしか起きない寄宿舎を舞台に女性同士のアレコレを描く『少女九龍城』シリーズや『ニーナ』世界の数年後を舞台にした小説などが読むことができる。いずれも作者の百合を書きたいという情熱を感じられる作品なのでオススメ。
 まだまだ作家として現役のようなので、兎月先生が再び商業ラノベレーベルで百合作品を出すことを期待してやまない。

終わりに

 リコリス・リコイルのおかげで久しぶりに百合というジャンルが老若男女を問わない派手なバズの中心にいるのを感じている。2022年現在百合ラノベは比較的潤沢に供給される時代ではあるのだが、同時に早期打ち切りや百合オタクを釣る詐欺的な作品は以前にも増して目立っている。
 「百合ラノベ流行っている」という言説は数年前から百合オタクの間で自己催眠のように囁かれているが、私は百合ラノベそのものが流行っているのではなく他ジャンルラノベの付帯的な要素として百合が愛好されているだけであって商業ライトノベルにおける百合というジャンルは10年以上前とさほど変わらず薄氷の上にあると思っている。
 そんなときだからこそリコリス・リコイルのブームが、そしてそのスピンオフノベルが薄氷の上にある商業百合ラノベの足場を固めてくれるという希望を抱かずにはいられないのである。そしてそこにいたるまでの百合ラノベ冬の時代に思いを馳せるのであった。
 今回はスーパーダッシュ文庫を紹介していったが、次回以降の各ラノベレーベルの新人賞を軸に百合ラノベ冬の時代を振り返っていきたい。(時期未定)
 あとコメントとかで百合ラノベ冬の時代を思い出や呪詛をいっぱい吐き出してくれたら嬉しいですね!


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