【祝・金メダル】野球日本代表・稲葉篤紀監督が日本野球界に残したもの


「侍ジャパン」こと野球日本代表チームが、東京五輪2020で金メダルに輝いた。
自国開催という最大のプレッシャーをはねのけ、稲葉篤紀監督以下、コーチと24人の選手たちは大会5戦全勝という最高の形で、大会を終えた。

稲葉篤紀監督には、NPBでの監督経験がない。これは前任者の小久保裕紀さんもそうだったが、就任にあたり日本代表監督としての資質を疑う声もあった。
実際に、試合の采配面では、投手の継投策など、経験不足からくる不安は的中した。
本大会の24人の選手の選出でも、批判が上がった。
しかし、稲葉監督はその弱点や雑音を乗り越えた。
その原動力は稲葉監督の類稀なるリーダーシップにあったと思う。

日本における野球という競技は歴史が古い分、アマチュアでもプロでも依然、悪い意味での体育会的な上下関係の上に、成り立っていることもあると思う。監督やコーチが言うことに、選手が唯々諾々と従う。それが当然とされてきた。
勝つためであれば、選手の心身への犠牲もやむをえない。

しかし、世の中は変わっている。野球界とて例外ではない。
稲葉さんが提示したのは、いまの時代に合った、「サーバント型のリーダーシップ」である。

サーバント型のリーダーシップとは、アメリカのロバート・グリーンリーフ博士が提唱したリーダーシップ哲学である。
英語で「サーバント(servant)」とは、「使用人」「奉仕者」という意味だが、「リーダーはまず相手に奉仕し、その後相手を導くものである」という考えのもとに生まれた、支援型のリーダーシップのことであり、部下の能力を肯定し、お互いの利益になる信頼関係を築くといったスタイルのリーダーシップのことだ。

リーダーというのは、強い言葉や強引さで組織を率いることがベストとは限らない。

選手の特徴を見極め、選手一人一人と対話をし、チームをつくっていく。
稲葉監督は、「いい選手を選ぶのではなく、どうやったらいいチームを作れるか」と常々、語っていた。
報道によれば、スタメンを外れる選手にも、頭を下げ、移動の飛行機でも選手達たちにビジネスクラスを譲り、自分はエコノミークラスに座ったという。
そうした一つ一つの言動が選手たちの間に自然と、「この監督のため」にという気持ちを醸成させたのではないか。

私は正直、稲葉監督が選んだ選手であれば、誰であっても機能すると思っていた。
実際、五輪の本大会の試合では、特に攻撃面で、走者を一つでも先の塁に進める、どんな形であれ、1点を取る、という戦い方が徹底されていた。
結果が出なかった投手にもチャンスを与え、不振の打者の打順を変えなかったのも稲葉監督の責任と覚悟の表れである。
勝負は時の運だが、稲葉監督はすべての責任を自らが背負うつもりで臨んでいたのだと思う。

今回、野球日本代表チームが獲得した金メダルというのは、結果だけでなく、稲葉監督が提示してみせた新しいリーダーシップという「プロセス」の勝利であり、古き悪き日本の野球界の残滓への勝利でもあるのだと思う。これには金メダル以上の価値がある。

そして、日本において野球という競技でその流れを逆方向に戻してはいけないと思っている。

私は一人の野球ファンとして、稲葉篤紀という人間に最大限の敬意を表したい。
「日本の野球界を先に進めてくれてありがとう」と。
本当にお疲れ様でした。

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