「ルーズベルト・ゲーム」、その由来の謎

NPBの2023年シーズンも開幕から1か月を過ぎ、ゴールデンウィークに突入して、セ・パ両リーグの試合もさらに熱気を帯びてきた。

5月3日、甲子園球場では阪神タイガースが一時あった6点ビハインドをひっくり返し、9回裏に木浪聖也がサヨナラタイムリー安打を放って勝利した。


その直後、東京ドームで行われていた読売ジャイアンツ対東京スワローズも、ジャイアンツが6点差を跳ね返して、8-7で勝利した。

さらに、翌日の5月4日、同じカードで、ジャイアンツが9回裏に丸佳浩のプロ入り16年目で自身初となるサヨナラホームランで勝利したが、このスコアがまたもや8対7。
メディアやネットでは「2試合連続ルーズベルト・ゲーム」という言葉が躍った。

さらに、さらに、この日、PayPayドームで行われた福岡ソフトバンクホークス対オリックス・バファローズの試合も、延長11回裏にホークスがサヨナラ勝ちを収めたが、このスコアも8-7であった。

つまり、NPBでは2日間で、4試合もの「ルーズベルト・ゲーム」が誕生するという、非常にレアな出来事が起きたというわけだ。

https://www.nikkansports.com/baseball/professional/score/2023/pf-score-20230504.html

「ルーズベルト・ゲーム」の由来の謎



「ルーズベルト・ゲーム」というのは野球ファンならお馴染みだろうが、「米国第32代大統領のフランクリン・ルーズベルトが『野球でいちばん面白いスコアは8対7だ』と言ったことに由来される」と説明される。

▽ルーズベルトゲーム

両軍が点を取り合い、最終的に僅差の8―7のスコアで決着する野球の試合のこと。2桁得点となると大味な展開になりがちで、野球を愛したフランクリン・ルーズベルト第32代米大統領が「一番面白いゲームスコアは8―7」と語ったことに由来。同名の池井戸潤氏作の小説やテレビドラマもヒットした。


おそらく、2012年に池井戸潤さんの小説「ルーズヴェルト・ゲーム」が世に出て、2014年にTBSテレビ系列でドラマ化されたあたりから、人口に膾炙するようになったと思われる。

しかし、「NPB史上初の2試合連続での『ルーズベルト・ゲーム』」と盛り上がったところで、水を差すようだが、、、

フランクリン・ルーズベルト大統領が「野球でもっとも面白い試合は8対7」と言ったかどうか、はっきりとした確証はないのである。

そんなバカな?とお思いの方もいると思うので、検証してみよう。

F・ルーズベルトが書いた手紙



フランクリン・デラノ・ルーズベルトは1882年、米国ニューヨーク州生まれで、ニューヨーク州知事などを歴任した後、世界恐慌に突入していた1933年に第32代の米国大統領に就任、政府が積極的に財政出動を行う「ニューディール」政策を引っさげて、米国経済を復活させ、1941年、日本のハワイ真珠湾攻撃の後に、米国が日本へ宣戦布告を行うことを決めた大統領でもある。

F・ルーズベルトはその名前から”FDR”という略称でも親しまれ、第二次世界大戦時下の経済政策の成功も相俟って非常に人気が高く、米国大統領初の4選を果たしたが、その直後、1945年4月に脳卒中で倒れ、そのまま亡くなった。

彼が大の野球好きであったことは事実である。
野球をプレーするほうは得意ではなかったようだが、ハーバード大学在学中に野球部の監督も務めている。
さらに、ニューヨークで弁護士を務めている頃、仕事中にこっそり、MLBの試合を観に行ったことがバレて、クビになりかけたこともあるという。
彼が野球について書いた書状や手紙が数多く残されている。

その中で特にフランクリン・ルーズベルトが、MLBの初代コミッショナー、ケネソー・マウンテン・ランディスに、1942年に送った手紙「グリーンライト・レター」は、米国の野球史にとって重要な意味を持つとされる。

戦時下にある米国で若者の徴兵に協力するため、ランディスはルーズベルト大統領に対して、MLBのシーズン開幕を見合わせることを申し出た。
だが、ルーズベルト大統領は、「野球は大衆にとって大切なエンターテインメントだ」として、「グリーンライト」(=青信号)、すなわち「シーズン開幕へのゴーサイン」の返事を送ったのだ。


さらに、「ルーズベルト・ゲーム」の由来とされるのは、F・ルーズベルトが1937年1月、ニューヨーク・タイムズのドーソン記者に対して宛てた手紙が出典のようだ。

ルーズベルトはこの時、「全米野球協会」から夕食会に誘われていたものの、欠席せざるを得なかったため、この手紙をしたためたとされる。



January 23, 1937
My dear Mr. Dawson:

I regret very much that I shall not be able to be with you at the Fourteenth Annual Dinner of the New York Chapter, Baseball Writers Association of America. But while not there in person I shall be with you in spirit, as will millions of other Americans who follow through the sports writers of the Nation not only baseball, but football, boxing, track and field sports, golf, tennis, winter sports—when there is winter—and many other games through which, as participants or spectators, we as a people benefit physically, mentally and morally.

Writers with your highly developed sense of fair play and your ability to inform and interest and entertain us with your accounts of the different sports contribute greatly to the spirit of good sportsmanship which we all like to think is an American characteristic.

When it comes to baseball I am the kind of fan who wants to get plenty of action for his money. I have some appreciation of a game which is featured by a pitcher's duel and results in a score of one to nothing. But I must confess that I get the biggest kick out of the biggest score- a game in which the batters pole the ball into the far corners of the field, the outfielders scramble, and men run the bases. In short, my idea of the best game is one that guarantees the fans a combined score of not less than fifteen runs, divided about eight to seven.

I do hope the dinner will be the rousing success that good sportsmanship deserves.

Very sincerely yours,

Mr. James P. Dawson,

The New York Times,

New York, N.Y.


F・ルーズベルトが書いたこの手紙で、黒い太字で書いてある部分を日本語に訳すとこうなる。

「私は投手戦で1-0で終わるような試合も嫌いではないです。
しかし、白状すると、私は大量点が入るような試合のほうがもっとも楽しくて仕方がないと思うのであって、フィールドの遠くの角にボールを打ち込んだり(=オーバーフェンスのホームランを打つ)、外野手が駆けずり回ったり、男たちが塁上を走り回ったりするような試合のほうが好きなのです。
然るに、私の考えだと、野球でもっともよい試合というのはは両チーム合わせて15点以上、入る試合ですね、8対7あたりになるような


F・ルーズベルトは投手戦よりも乱打戦を好み、具体的に言うと、両チーム合わせて15点以上、入る試合と書いていたのは間違いない。

しかし、「8対7」というのはその一つの例に過ぎないのである。
その根拠が、"diveded about eight to seven"という箇所にある、"about"という単語である。

英語の"about"という単語は、非常に沢山の意味があるのだが、この場合は、品詞でいうと前置詞で、「周辺」を表す、「・・・の周りに」という意味になろう。
つまり、「8対7あたり」という意味である。

F・ルーズベルトはなぜ、「8対7」と断定せずに、「8対7あたり」と書いたのか、本人でなければその意図は判然としない。
だが、もし、ルーズベルトが野球でもっとも面白い試合になるスコアについて確固たる信念があったとすれば、「8対7」と断定するはずではないだろうか。

従って、「ルーズベルトが『野球でいちばん面白い試合は、8対7』と言っていた」と解釈するのはちょっと強引で、ニュアンスが異なるのではないかと私は考える。

"'Roosevelt game”はアメリカの野球ファンに通じない?



百歩譲って、F・ルーズベルトが「野球でもっとも面白いスコアは8対7」と言っていたと解釈できたとしよう。

では、ベースボールの本場のアメリカで、ファンに「ルーズベルト・ゲーム」はどのように捉えられているのだろうか?

実際のところ、Google 検索で、"Roosevelt game"というキーワードで検索しても、上位にヒットするのは、小説・ドラマの「ルーズヴェルト・ゲーム」について英語で書かれたものばかりで、MLBについて書かれた記事などは一切、見当たらないのである。

つまり、アメリカの野球ファンに「ルーズベルト・ゲーム」の話をしても通じない可能性があるということだ。

フランクリン・ルーズベルトも、死後80年近く経って、日本人が自分の名前を持ちだして、8対7のスコアの試合を「ルーズベルト・ゲーム」と呼んでいる事態に驚いているかもしれない。

ちなみに、アメリカ大統領で初めて始球式を行ったのは、第27代のウイリアム・ハワード・タフトである。
1910年4月14日に行われたワシントン・セネタース(現ミネソタ・ツインズ)対フィラデルフィア・アスレチックス(現オークランド・アスレチックス)戦で、球場はワシントン・セネターズの本拠地「ナショナル・パーク」であったという(ワシントン・ナショナルズの本拠地である「ナショナルズ・パーク」とは異なる)。

始球式といえば現在は、ピッチャーズマウンドの前からホームベースに向かって投じるものだが、当時は客席にある貴賓席から大統領がグラウンドに向かってボールを投げ入れるものであった。

以後、米国大統領は代々、MLBの公式戦で始球式を務めるのが伝統となっているのだが、その伝統の例外は、ジミー・カーターとドナルド・トランプの二人だけである。

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