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長い一日(世にも奇妙な物語)

時計とカレンダーを交互に見比べながら落ち着きなく過ごす日々もあともう少しの辛抱だ。

15年前、知り合いの男を殺し今日に至るまで生きた心地がしなかった。あれは正当防衛だったはずだ。自首しておけば無実は証明されたという心残りか凶器の包丁がいまだに手許にある。

時効が成立したら何をしようか。
まず15年間ひた隠しにしてきた俺の才能を世間に知らしめたい。今の今まで三流雑誌で糊口を凌ぎ目立たないようにしてきたのだ。それがおれにとってどれほどの屈辱か。
そして世間へのカムフラージュとして仕方なく同棲している女も用済みだ。あれこれ思案を巡らしているとガラスの割れる音が聞こえ目を向けるとボールが部屋の中に転がり込んできた。

ガラスを片付け終えて一息つくと、インターホンが鳴った。幾分警戒しつつ玄関を開けると、小学校高学年位の子供が決まり悪そうに立ちすくんでいた。すぐにガラスの犯人であることが分かった。聞けばガラスの弁償をするからボールを返してくれというのだ。
すると部屋の中に体を向けるや否や、外国人の男が半開きの玄関からなだれ込んできた。

隣のいつも近所迷惑な夫婦喧嘩をしている旦那だ。追い出そうとするも逆上して警察を呼ぶから電話を貸せといい受話器を取ろうとする。それは不味いので引きはがそうとするも相手は応じようとせずもみ合うが、こちらの気迫に圧倒されたのか逃げ惑うように立ち去った。

時効成立まで残り約4時間、同棲の女も仕事で暫らくは帰ってくる気配もない。高ぶる気持ちを抑えるかのように凶器の包丁を凝視していた。そこでドアのノックする音が、玄関を開けると親子連れでその子供をみるなりボールの件であることが分かった。親は加藤と名乗り、詫びと弁償する意思を伝えるとともにボールが子供の宝物なのでどうしても返して欲しいとのことだった。

仕方なく家に上がらせると電話を貸してくれとのことだ。
決して気は乗らなかったが、こちらの返事を待たずに電話機に手を伸ばした。

そして受話器をとるなり「捜査一課の加藤だ」と相手側に名乗った。
それを耳にした瞬間震え上がり腰を抜かした俺はベッドにへたり込んだ。
何とか平静をを装うも電話を終えた加藤はじわじわとこちらに歩み寄ってくる。
そして俺の足元のベッド下を覗き込み手を伸ばす。


顔面蒼白になった、確かその辺りには凶器のナイフを忍ばせているのだから。緊迫した時が流れる。しかし、手ごたえのあった加藤の手に握りしめられていたのは昼間のボールであった。親子も帰り、寸でのところで危機を逃れた俺は安堵感からベッドで知らぬ間に眠りについていたようだ。

目覚めた俺は息も絶え絶えだ、いつものように時計に目を見やると11時58分あと2分で時効成立だ。
横になって天井を見上げながら頭の中でカウントダウンを始める。その片隅で物騒がしさを感じた。玄関前で例の夫婦が喧嘩しそれを加藤が止めているのだ。その喧騒をかき消すかのように時計の針がカチリと12時を刻んだ。

「おれは自由だ」
「おれは人殺しだ」
積年の鬱屈を晴らさんとばかりに叫んびながら凶器の包丁を振り回した。
玄関のドアが破壊される音がした。おれの慟哭を聞きつけ心配して隣近所の住人がドアを開けるなり押し入ってきた。
しかし、それにも構わずおれは雄たけびをあげ続ける。
玄関のたたきで口を開けて立ち尽くす住人達。


始終喧嘩が絶えない夫婦、警察官の加藤、そしておれの妻、またあと一人見慣れない老人。その老人の顔を確認しようと近づくと不思議と何処かであったことがあるように思えた。
その老人こそ鏡に映し出された発狂した俺の姿であった。

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