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「1時間で1200字」がプロのスピード

キャリアを積めばおのずと速くなる

福田和也さん(評論家)の『ひと月百冊読み、三百枚書く私の方法』(PHP)という本がある。タイトルに謳うくらいだから、著者自身、「ひと月百冊読み、三百枚書く」ことが「スゴイこと」だと認識しているのだろう。

しかし、ライターの立場から言わせてもらえば、「百冊読む」ほうはともかく、月産400字300枚くらいはプロのライターならあたりまえにこなす量である。300枚といえば平均的単行本1冊分相当だが、ライターなら、正味1ヶ月あれば1冊の本が書けるものなのだ。

もっとも、中身の違いを無視して、書く速さだけを比べることにはあまり意味がない。1日に50枚書き飛ばせる仕事もあれば、筋肉質の文章が要求される評論の仕事など、1日5枚書くのに辛吟する場合もあるからだ(その意味で、評論プロパーで月産300枚をこなしていた全盛期の福田氏は、たしかにスゴイ)。
 
だが、それでも“基本速度”というものはある。つまり、「仕事によって違いはあるにせよ、平均してこれくらいのスピードで原稿を書かなければいけない」という平均執筆速度だ。

では、ライターの仕事に要求される「平均執筆速度」は、どれくらいだろう?
フリーになりたてのころ、ある先輩から、「1時間で原稿用紙3枚書くのがプロのライターだ」と言われた。
私は驚いた。「ヒエ~! とてもそんなに速くは書けない」と思ったのである。「この先やっていけるだろうか?」と不安にもなった。
 
また、ライター1年生であった編プロ時代には、社長から「2ヶ月に1冊本を書くことを目安にして働いてくれ」と言い渡されていた(※)。1冊300枚として、月産150枚。いま思えばゆったりとしたペースである。しかし、当時の私にはその程度の量すらこなせなかった。

※注/編プロにもいろんなタイプがあるが、私がいたところは書籍の仕事が大半だった。ゆえに私は、ライター1年目からいまでいう「ブックライター」をしていたのだ。

それから30数年――。
いまの私が毎月こなしている仕事量から平均執筆速度を割り出してみると、なるほど、おおむね「1時間に3枚(=1200字)」くらいである。

その間、私はとくに「原稿を速く書くための訓練」をしたわけではない。いつのまにか速くなっていたのだ。ライターの仕事を普通にこなし、ある程度のキャリアを積めば、おのずと「1時間で1200字」くらいのスピードで書けるようになるものなのだ。

ライターは拙速を尊ぶ

私の経験から言うと、最短で10日間あれば、1冊の本が書ける。もっとも、それはかなり書き飛ばすケースだから、原稿の質はまあ「それなり」である。

出版界には、そのような特急仕事の需要がけっこうある。たとえば、大きな事件が起きたときの緊急出版や、賞味期間がごく短い時事ものや暴露本のたぐい、あるいは、脚本完成と放映開始の合間を縫って書き上げねばならないテレビドラマのノベライズなど……。

そうした急ぎの仕事にちゃんと対応し、「それなり」程度の質であっても速くこなせるライターは、貴重な存在である。半年かけて100点満点の本を1冊仕上げるライターより、半月で60点の本を書いてくれるライターのほうが、何かと重宝なのだ。

そもそも、1冊の本でライターが得るギャラの額を考えたら、とてもじゃないが、1冊書くのに半年もかけていられない。それでは食っていけないのだ。ライターとして「ちゃんと食っていく」ためにも、速さは必須条件なのである。

総じて、「巧緻」よりは「拙速」を尊ぶのがライターの世界である。原稿を速く書くことも、ライターにとっては才能のうちだ

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